最終話 日常への帰結
今日、香菜は俺の家を出て行く。当たり前のことだ。いつかそうなるとわかっていたことだ。いつまでもこうしていることはできなかった。そんなことはわかってる。だけど・・・。
「なに辛気臭い顔してんの?」
「あー、ごめん。色々感慨深いなぁと」
「まあ、確かに色々あったしね」
そうだ。俺と香菜はあくまで日常を過ごしていた。だけど、香菜との日常は普段の俺の日常とは少し違った。
「香菜」
「んー?」
「告白したの後悔してるか?」
「してた」
香菜の顔は穏やかだった。相変わらずジト目ではあるが。
「だって、告白してなかったら悟さんに会えなかったもん」
「そっか」
ふふふ。最後だから素直になったか。良きかな良きかな。
「そこ。気持ち悪い顔しない」
どうやら、ニヤけてしまっていたようだ。普段の漢らしい引き締まった顔に戻さねば。
「悪い悪い」
こんな軽口も最後になってしまうのかと思うと少し、寂しい。いや、だいぶ寂しい。
ベルが鳴った。日常を日常に戻す音。ドキドキしながら、鍵を開けドアを開く。
「はじめまして。香菜の父の誠也です。娘がお世話になりました」
「いえいえ、とんでもない。こちらもいい刺激になりました」
とりあえずそれっぽいことを言っておく。少し白が混ざった頭髪に、細い目と高い鼻。背は高く、高級そうなスーツに身を包んでいる。いかにも、できるサラリーマン然とした出で立ちと顔つきだ。ぱっと見、厳格そうなお父さんだ。
「その。ありがとね。悟さん」
「ああ。いいってことよ」
なんとなく香菜の態度がよそよそしい。やっぱり、まだ抵抗があるのかもしれない。
「本当に娘がお世話になりました。ありがとう」
そう言ってお父さんは頭を下げた。俺も慌てて頭を下げる。
「行くぞ。香菜」
「・・・うん」
二人が遠ざかっていく。たぶん俺の日常もこれを皮切りに戻ってくるのだろう。
「まったく。面倒かけさせやがって・・・」
「ごめんなさい」
少しだけ、親子の会話が耳に入った。ごめんなさいと呟く香菜の声が、少し悲しげだったのは俺の気のせいだったのだろうか。
「その、なんだ。香菜、おかえり」
「お父さん。・・・ただいま」
二人の背中が遠ざかっていく。俺はそれをただただ見ている。
「戻るか」
誰に言うでもなく、ボソッと声がもれる。
香菜のいない部屋。キッチン。同じ7畳の部屋なのに、妙に大きく感じられる。
ピンポーン。ドアを開けると香菜が立っていた。ん?なんだ?忘れ物か?
「ごめんごめん。忘れ物」
「わかった。早く取ってこい」
「ああ、いや。そういうのじゃなくて・・・さ」
「ん?」
「あ、あはは。なんか、照れるね。その、悟さん、ありがとう。悟さんのおかげで私は救われたよ」
「なんだよ。そういうことか。俺のおかげじゃない。最終的に乗り越えたのは自分だ。だから、これは香菜のおかげだ」
俺はニカッと笑った。ふ。落ちたな。まあ、正直言うと救われたのはこっちの方だしお互い様な気もするけど、ここは俺がカッコよく見えるように振舞っておこう。
「ありがとう」
香菜は透明なよく通る声で言った。相変わらずのジト目ではなく、満面の笑顔で。ずるいなぁ。そういうの。
「悟さん。また、来てもいい?」
「もちろんだ。また来いよ。逃げ場所を守るって言ったろ」
「あー。あの痛いやつね」
「痛いの!?」
そんな風に思われてたのか・・・。カッコイイ事言ったなと思ってたんだけど。
「悟さんのいいところは、痛いことを平然と言ってのけて、しかもそれをさも当然のようにやってのけそうなところだよ」
「褒められてるのかわからん」
「褒めてる褒めてる」
えへへと香奈は笑った。
「なんか、こういうのも最後だと思うと寂しいね」
「お。やっとデレたか」
「で、デレてなんかないよ!」
ポカポカと俺の腹を殴る。ご褒美です。いや、嘘。結構痛い。
「も、もう!とにかく、また来るから!ちゃんと部屋の掃除しておいてね!」
テテテと香奈は駆け出す。十字路を曲がって、見えなくなった。今度こそ、バイバイだな。
「またね!」
十字路の壁からひょっこりと顔と手だけを出して、香菜は手を振る。まったく。何度お別れをするんだか。
「ああ。またな!」
香菜はニコッと笑って今度こそ、帰っていった。
多分、人生でこんな経験をする人間ほとんどいないんだろうな。そもそも、ホモとの遭遇率自体少ないだろうし、カミングアウトする人も少ないだろうしな。
こんな経験滅多にないし、せっかくだし、小説家になろうで投稿してみるか。俺と香菜の変な日常を、彼女たちの思うことを知ってもらおう。タイトルは、そうだな。「ホモ、拾いました」だ。
これにて完結です!読んでくれた皆さんありがとうございました!次の連載作品も構想中なので、ぜひ読みに来てください!
後輩の言っていたことを元に書いたのですが、ちゃんと彼らの苦しみを書けたのか心配です。これを読んで少しでもLGBTについて考えるきっかけになったのならば作者冥利につきます。それでは、次の作品で!