8.異世界再び
「何言ってるんだ? ナツミが国の敵だなんて‥そんなわけないだろ? 」
目の前から急に色が消えた様な気が一瞬した。
絶望。
それに近い感覚。
今まで味方だと勝手に思ってた者に、裏切られた様な気分になった。
勿論、ナツミのことを言ってるんじゃない、
ミチルだ。
付き合いの長さだって、今まで築いてきた絆だって、ナツミとミチルだったら比べるまでもない。
ナツミと俺との付き合い‥。
‥ちょっと、最後があれ(ブレスレットの件)だったから母さんには誤解されてるけど、ミチルまで何も知らないくせにそんなこと言う権利なんてない。
そんな奴だなんて思わなかった。
良くも知らない癖に俺の大事な友人を侮辱されるなんて‥ミチルがそんなやつだなんて‥思わなかった。
否‥。
思えば、何故ミチルのことを味方だって思ったのか分からない。
‥俺は、おめでたすぎる。
馬鹿みたいだ。‥いや。馬鹿だ。
勝手に信じて、勝手に頼って、家に呼んだり迄した。朝はもう会うこともないって思ってた相手を、だ。
ミチルとナツミ、どっちを信じる? って聞かれたら、迷うことなくナツミって言うだろう。つまり、ミチルは‥敵なんだ。ミチルが! 敵なんだ。俺とナツミの仲を攪乱させる‥敵なんだ(※ 何のために、とか今はそんなこと考えられていない)
‥そう気付いたら、自覚したら、もう震えが止まらなくなった。
ミチルを一刻も早くここから追い出さなきゃって思った。
‥父さんや母さんにまで迷惑を‥被害を出すかもしれない。
だって、‥ミチルは俺の敵だ。
ぐっと拳を握って、一歩後ずさった。
母さんは、父さんはどの場所にいる? 二人ともいっぺんに引っ張ってこの場所から離れられるか?
視線だけで、二人の位置を確認する。
玄関までの距離は?
握った拳にぐっしょりと汗をかいていてきた。
血の気は引いているのに、汗が額を伝った様な感覚を覚えた。
ごくり、と唾を飲みこむ。
母さんと父さんまで、もう少し距離を詰めておかないと‥。
ミチルの表情はさっきから、変わっていない。
さっき、ナツミのことを敵だと言った時の、真剣な‥少し不機嫌な顔をした、そのまんまだ。
「逆に何故敵じゃないっておもうの? 」
怖いくらい整ったミチルの顔がひたり、と俺を見る。
真っ黒じゃない瞳は、自分と両親で見慣れている。寧ろ周りの友人の漆黒の瞳を、綺麗だな羨ましいな‥って思う。だから、‥オリーブのその瞳に違和感を感じたわけではない。
だけど、‥怖い。
綺麗な顔ってのは、何か怖い。
ミチルは親しみの持てるタイプのイケメンだと思っていた。でも、今彼の表情にそんな親しみやすさは、
ない。
企んでいるとか、じゃない。
俺のこと心配してくれてるんだってことも、分かる。
だけど、‥彼は、今、俺自身ではない存在として俺を見ている。
異世界人、そして(かの国の)国家的に「要注意人物」であるらしい俺だから、心配している。いや、寧ろ自覚を持たせようとしている。
あっちの俺はどうやら、自分の感情で気ままに動いていい存在では無いらしい。
リバーシ‥。
国が重宝する人材。そして、‥その中でも俺は、膨大な魔力をもっているらしい。
俺は細く長く息を吐いた。
ぴくり、とミチルが動き、俺ははっとして、まず母さんを確認した。
‥動くのか。
「もうすぐ、12時だ」
ミチルが時計を見る。
‥そういうことか。
ちょっとほっとしたが、ここであからさまにそんな隙を見せてはいけない。
ぐっと、ミチルを睨み返す。
12時。
こっちのミチルが、ダウンする時間。
そして、あっちの世界に行く時間。その時に一緒に連れて行ってもらうということだった。それには膨大な魔力がいるが、それ位ならミチル一人で問題は無いらしい。
ミチルに父さんと母さんを任せて本当に大丈夫なんだろうか‥。ミチルを信頼していないのに‥。
一つ短く息を吸って、ミチルを見た。
ミチルは母さんと父さんに指示を出しているようだ。
いつもは一人に付き一人リバーシが付き添うらしい。だけど、ミチルは自分一人で大丈夫だといった。そして、俺も一緒に「運べる」とも。俺は首を振って「俺にも教えて欲しい」と頼んだ。
いざとなったら両親は俺が守る。
そんな俺にはお構いなしって感じで、父さんと母さんがバタバタと動き回っている。
久し振りにあっちに帰るんだ。準備もあるんだろう。
「ミチル君。我が家のベッドで良かったら‥」
父さんがミチルに言い、
「ヒジリのベッド貸してね」
母さんが俺に許可を取った。許可の確認って言って、拒否権は無いんだろうけど。
俺がしぶしぶ頷くと、
「ありがとうございます。では、そこでしましょう」
ミチルはベッドに横になり、上半身を起こした格好で両親と手を繋ぐ。右手に母さん、左手に父さん丁度輪になるような形だ。
視線だけで俺に
「あんたは自分で。大丈夫、目をつぶってればいける」
と言ったミチルに
「わかった」
俺も了承したが、無理矢理両親とミチルとが繋いだ手に自分の手を重ねた。
ふわっと緑色の光が母さんたちとミチルを包み、母さんたちが消え、ミチルがベッドに倒れるのが最後に見えた。
俺は、黄色い光に包まれている。
あ、これ俺の目の色みたい。‥そうか、さっきのミチルを包んでいた光はミチルの目の色にそっくりだった。あっち側の、だ。
引っ張られる様な感覚が一瞬して、
次の瞬間、目の前に、あの時の‥イケメンが居た。
おはよう
っていう状況なんだろう。本来なら。
だけど、‥人形かなんかに憑依しちゃった感が、半端ない。
肩でふわりと揺れる髪の感触がはっきり言ってうっとおしい。。
瞬きをするたび、風がおきそうな睫毛の感覚も慣れない。うっかり、逆睫毛になっちゃいそうだ。
視線に、鼻の先がはいってくるような気がするし(※鼻が高いからね)、‥どうも、違和感しかない。
何度か瞬きをして、何度か、ふわっふわつるっつるの肌に触れる。
‥もう、懲りたから胸は揉まないけど。
「あんた、まだ自分の顔に慣れないの? 」
くすくすとミチルが軽い笑い声をあげた。
こっちのミチルだ。
服装も、あっちの服とは違って、王子と同じ様な服を着ている。
コスプレか。
俺は、シンプルなワンピースだ。寝巻替わりに丁度いい、飾りがついてないシンプルなタイプ。肌触りも問題ない。
これ、(例の)魔道具なんだっけ。国宝級の。成長する服。
「ミチル。さっきから、あんたとか‥女の子に失礼だろ? 」
あの時のイケメンがちょっと顔をしかめてミチルを窘める。
甘い! 窘める時は、もっとビシッと! そんな甘い言い方じゃ、誰も聞かないよ~。いやいや‥。
「いや、お構いなく。俺、そういうの気にしないんで。ところで、差しさわりがなかったら、お名前をお聞きしてよろしいですか? 」
ミチルからラルシュって聞いたけど、また聞きで名前を呼んではまずいだろう。ミチルは親しいからあだ名で呼んでるってことも、十分あり得る。そんなに親しくない俺がミチルと同じ名で呼んでいいわけがない。
別に、特別に興味を持ったとかでは、ない。
名前くらいは聞いておいた方がいいだろう。
って位だ。
ってか‥王族に俺から話しかけるとか、‥アウトだっけ。俺、そういう作法とかも分かんないんだけど‥。
だけど、イケメンは俺に嬉しそうな顔で微笑みかけると、
しゃがんで俺に目線を合わせて(今も俺はベットで半分身体を起こしているだけだから、さっきから、皆の顔は遥か目線の上にあった。思えば、昨日からずっとこのベッドから出てない)
「ラルシュローレです。でも、ラルシュって呼んでください」
と、丁寧に上品に、そして美しく微笑んで、それはそれは丁寧に自己紹介してくれた。
‥見事!!
なんか、分からんが、これは、凄い。まさに、ロイヤルって感じ。チャラさなんてない。嫌味なんてどこにも感じさせない。まさに、お手本! (何のだ)
真似できない。出来る気がしない。
母さんが、半分魂抜かれかけてる。
父さんは、母さんの背中に手を添えて、ちょっとオロオロしている。
そうだね、‥王子様の前だもんね。緊張するし、女子ならちょっとくらっとくるのかもね。父さんも、こんなレベルじゃ嫉妬するのもばかばかしいって感じになるよね。わかる。その反応、両方、分かる。
「あ、初めまして。聖っていいます」
ま、俺には、関係ないけど。
あっさり答えちゃうよ~。あんな百点の笑顔の後で、俺のお粗末な笑顔を披露しても仕方ないから、思いっきり素で。
ってか、俺は男なのか? 女なのか?? 一体、俺の状況はどうなってんだ??
「あんたって呼ぶなっていうけどさ~。彼女の名前がヒジリっていうのも聞いてたけどさ、でもさ。考えてもごらんよ。王子の想い人の名前呼ぶとか、‥失礼だろ? 。それも、俺みたいにカッコイイ男が‥さ? 女の子ならふらっときちゃわない? 」
ふふ、とミチルが笑う。
はい、チャラい笑顔、チャラいセリフ。
俗っぽいわ~。カッコいいかもしれんが、ロイヤル感ゼロ。
所詮、街のイケメンクラス。
ミチルの負け!
‥でも、俺は、そのレベル(ミチルクラス)にも勿論達してないんだ。
「いえ、お構いなく。俺は、ふらっと来ませんから」
男ですから。
は、見た目上の問題も考慮して、言わないことにしました。進歩したね!
男って言っても‥同じ男って感じはしない‥。
‥それに、ミチル。さらっと、「想い人」とか、キショいこというんじゃない。肌がチキンになっちゃうだろ。ほら、ここの俺って(今まで寝てたから)キモい程白いわけじゃん? その肌で鳥肌立ったら、それこそ、チキンだから。毛をむしった鳥皮そっくりだろ? ドン引きだよ。
はあ、軟弱な身体、不健康に白い肌、嫌になっちゃう。
よし、起き上ろう!! お日様の下で動いて、この病人肌だけでも何とかしよう。
だって、いつまでもここにいるわけにはいくまい。もう、俺は起きたわけだしさ!
俺は、手をぐっと握り、腹筋に力を入れる。
「ずっとこんな格好で申し訳ありませんでした。せめてベッドから出ますね」
「いえ! 」
無理しないで。と止める王子に構わず、俺はえいやっと立ち上がろうとしたが、勿論、転んだ。
頭からそのまま床にダイブだ。
そう、ちょうどあれ、前回りし損ねた感じ。
もう、コントか? って感じで無様に転んだ。だけど、幸運にも、王子が立ってた方と反対側に転んだ。俺、グットジョブ! ‥王子を巻き込んでたりしたら、‥もう、大変だ。
しかし、‥悲しいかな、即座に立ち上がれない。
恥ずかしい‥。痛いし‥。
まあ、そりゃあ、そうだろうけどさ‥。
何年間も寝たままだったもんな。
「ヒジリ!! 」
俺にとっては、スローモーションのように長い時間だったんだけど、実際、俺が俯けで倒れたまま呆然としていたのは、ほんの数秒だったと思う。だけど、再起動した母さんがそりゃあ凄い速さで俺に駆け寄り、ほぼ同じタイミングで動いた父さんが俺をひょいと抱き起し、ベッドに戻す。
‥コンビネーションばっちりですね。‥回収、ご苦労様です。ありがとうございます‥。
「軽!! 」
って‥父さん、思わずなんだろうけど、叫ばないでよ‥。