76.無 (side ネル)
「お茶を用意してきますね」
って言って、ナツミが部屋から出たのと入れ替えに、カタルが入ってきた。
だけど、出会っていれば声ぐらいかけただろうから、きっと「全くの入れ替わり」になったんだろう。ナツミはカタルが好きだから残念がるだろうだって思ったけど、ここにカタルがいれば会えるわけだから、引き留めておいてあげようって思った。
‥ナツミがカタルを好きなこと、ナツミは隠してるつもりなんだろうけど、僕にはわかってるよ。だけど、それは僕の特別な能力‥とかがあるからじゃない。
ナツミの態度でバレバレだからだ。
あんなに小さかった子供がねえ‥って思う。時が経つのは早いね。
「あれ? ナツミは? さっきまで声が聞こえてたと思ってたけど‥」
相変わらず腕に書類やら本をいっぱい抱えたカタルは、それを机の上に置くと、どさり‥とソファーに倒れこむみたいに座った。
目をつむって、小さく息を吐く。
顔色が悪い。
カタルはいつも無理をしている。
「お茶を用意してくれるってさっき部屋から出て行った」
ナツミはきっと二人分のお茶のセットしか用意してこないだろうから‥僕の分をカタルに譲ってあげればいい。
そんなことを思っていると、カタルは
「じゃあ、ナツミが帰ってくるまでに話そうか」
って「仕事の顔」で僕に書類の説明を始めた。
「ネル。集中して、ナツミが帰ってきちゃうでしょ」
‥カタルはカタルを慕う女の子と休息をとる気なんてないみたいだ。
「カタル、忙しいの? 一人で抱え込まないで僕にも仕事を振ってよ」
って書類に目を通しながら言うと、
「これは僕の仕事だからねえ」
って苦笑いした。
「それに、仕事量だったらネルと僕は別に変らない。僕の方が疲れて見えるのは、僕はリバーシじゃないから睡眠が必要だからだ」
その必要な睡眠を取ってないんだから、困る。
魔法使いは普通の人間と同様に睡眠が必要。
だけど、リバーシと違って24時間全部「自分の時間」だから‥羨ましい。
身体は疲れるけど、夜中に起きていようが寝ようが自分で選べる。
リバーシは時々魂だけ飛ばされたりするから‥。自分の意志関係なく‥ね。(ネルは自分で「魂だけ飛ばされる時間」を設定していない)
「あと‥疲れてるように見えるのは、睡眠時間が足りてないんじゃなくて、精神的なもんなんだ。この頃城の僕たちに対する攻撃が派手になってきててね。物理攻撃だけじゃなくって、随分嫌な噂も流されているようなんだ。「汚い手を使ってくる」「放って置け」ってメンバーには言ってるけど‥聞いてて気持ちのいいものではないだろ? そういう‥気疲れみたいなもんさ」
悪い言葉はまるで白い紙に落ちた染料の様に‥こころに染みをつける。
そして、それは消えることなく、いくつもいくつも重なっていく。
皆を見ていたらそういう風に見える。
だけど、僕はそうならない。
僕が全くの「黒」だからだ。
たくさんの色がついた染料が黒い紙である僕の上に落ちてきたって僕の色を変えることはない。
僕のこころに染みを残すこともない。
僕の「黒」は何にも染まらない。
それは僕の妹も同じ。
僕と僕の妹は全く違うけど‥だけど一方では全く一緒なんだ。
僕の妹は「白」じゃない。「光」だ。
全部の色がついた光りは重なり合って‥全くの透明になる。
虹で溢れた大気が普段は全く透明なのと同じだ。
色んな色の感情を僕の妹は全部吸収して‥透明の大気を作っている。
僕のこころにたまっていくのは、皆の不満。
毎日の生活の不満だとか、不安だとか。
王家は、全部それを僕らに押し付けて来る
僕はそれを吸収する。
妹のこころにたまっていくのは、皆の希望。
毎日の生活が少しでも良くなるように‥少しでも幸せになれるように‥
王家は、全部それを妹に丸投げする。
妹はそれを吸収する。
それだけ。
王家はそれを一つ一つ拾い上げて、何とかしようとなんて思ってない。
僕らは、みんなのごみ箱みたいなもんなんだ。
僕らは全く違うけど、同じような生き方をしている。
同じような生き方を課されている‥。
「ここのところ、城の僕たちに対する攻撃が激しくなってきたのは‥二番目の王子の結婚の為だね」
僕がカタルに言うと、カタルは少し驚いたみたいだった。
僕が「それ」を知ってるなんて思ってなかったみたいだ。
カタルは僕にその話をしてこなかった。だけど、僕は知っている。
‥夜に飛ばされた街角でそんな話を聞いたからだ。
「二番目の王子の結婚相手は、美しいリバーシだって聞いた。‥妹のことだね」
城は、二番目の王子と結婚という形をとって「世界の災厄」を城に監禁することを正当化しようとしている。前々からわかってたことだけど、とうとうそれを実現することにしたらしい。
なんでこのタイミングなのか。
国民の不安や不満が溜まってきて、それを一気に消し去る必要が出て来たから‥だろう。
結婚式はおめでたいビックイベントで、国民の鬱屈した気分を晴らすことが出来るだろうし、海外からもお客さんが来て、経済も多少は活性化するだろう。そして‥そのタイミングでもっと「ビックイベント」を開催する。
それが「聖女の鬼退治」だ。
鬼‥それがすなわち僕たちってわけ。
その為に、僕らを完全な悪者に仕立て上げようとしているんだ。全部の不安や不満を僕たちに押し付けて、妹に祓わせる。そして、悪が滅び‥全部の不安や不満も消える‥。
完全な悪に立ち向かう、清らかで正しい聖女‥そして聖女は自分の命を犠牲にして完全な悪を倒す。
一番の被害者になる‥それが妹の役目だ。
完全なる悪者を倒すために、歴史的な聖女はその高貴な命を失った。‥彼女の貴重な犠牲により、不安や不満の象徴であった「完全な悪者」は滅んだ。‥それ以上、国民は何を望むのだろうか? 望むことが出来るだろうか?
国はそう言うだろう。
そう言うために、国は妹を殺すのだろう。
城がやることは、全部嘘ばっかりだ。
国民を騙して‥見せかけの安心を与えて‥国民の一人である「ヒジリ」をこの国の「人柱」にしようとしている。
「僕の妹を助け出さないとねえ」
僕はため息交じりに呟いた。
つい‥声に出てしまったことに、僕は驚き焦った。
カタルが僕を見る。
「ああ‥そうだな。
彼女こそが‥一番の被害者になるだろうからね‥」
僕の呟きは‥カタルにとっては「何の突拍子もない言葉」だっただろうに、カタルは僕の言わんとしていることが分かったようだ。
付き合いの長さだなって心の中で苦笑いするも、同時に心強いなとも思う。
その瞬間、食器の割れる音が響き渡った。
いつの間にか、扉の前にナツミが立っていた。
彼女は‥さっきの僕らの話を聞いていたんだ。
「ヒジリがどうしたんですか? ヒジリが‥危険な目にあうのですか? 」
目に涙をいっぱいに浮かべて、座り込むナツミをカタルが助け起こす。
心配そうにナツミの肩を抱くカタル。
カタルは‥気付いてた?
気付いてて、‥今この話をナツミに聞かせた?
僕は何となく‥そんな気がしたんだ。




