74.あたしの後悔
(side ナツミ)
何にもする気になれずに、ぼんやりと座っていたら、コツ‥と硬い足音が私の後ろに止まったのが気配で分かった。
「ナツミ。どうしたの? 」
‥柔らかな優しい声。
振り向いて確かめなくても声の主が誰かってことは分かる。
ここで一番優しくって、一番冷静で、一番麗しい‥
木漏れ日の様な金色の髪。泉に映った森のような、透き通った、黄緑の瞳。
初めて見た時、涙が出たのを覚えている。
あの時より、若干年を取ったはずなのに、ネル様は出会った時と同じように、若々しくって、綺麗で‥神々しい。
あたしは、つい今日も‥ネル様に見惚れた。
ネル様を‥見慣れるって日が来る気がしない。
あの時‥はじめてネル様に合った時‥
神様や、女神様なんて見たことが無いけど、‥きっとこんな感じなんだろうって思った。
神々しい‥
悲しかったり、悔しかったり以外の感情で涙が出そうになったのは、初めての経験で、「自分にもそんな純粋な感情があったんだな」て単純に感動した。
否、‥本当に神聖で純粋な存在を見たら、人は自然に浄化されるんだろうな
‥そんな気がした。
感動したら、‥余計に泣けて来た。
「こんな自分」が感動したり、安堵したり‥そんな感情で泣く様なこと、有り得ない。
泣くのを、精一杯我慢して唇をかんでいたら、
「大丈夫。大丈夫だよ。ありのままのナツミでいいんだよ。ここにいるみんなは、ナツミを虐めたりなんてしないよ。ナツミの友達の事も、直ぐに助けてあげるからね」
って‥ネル様は言ったんだ。
その声が、あまりに優しくて、その微笑みがあまりに優しくって‥
あたしは声を上げて泣いた。
「あたしは、‥ヒジリと一緒にいたいだけなの! ヒジリは、この国に脅威を与えたりなんかしない! なのに‥! 危ないから‥何をするか分からないからって、ヒジリは、この国に‥この国の王様にとじ込められちゃうって! なんて?! ヒジリは何もしていないのに! どうしよう‥そんなこと知らなかった! 知ってたらあたしは‥」
泣きながら一生懸命今までの事をしゃべるあたしの話をネル様は黙って、あたしの頭を撫ぜながら聞いてくれた。
「知ってたら、王子様にヒジリのこと預けたりなんかしなかった! ヒジリが安全だと思ったから‥ヒジリを「約束の時」まで預かってもらうには、最適な場所だって思ったから、あそこにヒジリを預けたのに! 」
「約束の時? 」
ネル様が首を傾げる。
私は、泣きながら頷くと、カタル様に促されるまま話を続けた。
「約束の時っていうのは‥ヒジリが、覚醒する時のこと。
ヒジリは、今はまだ覚醒しきっていないんだけど、いつかきっと覚醒するって、預言者の偉いお坊様がおっしゃったの。それでね、ヒジリを支えることが出来る影星を探さないとヒジリは暴走した自分の力に耐えきれないで死んじゃうって‥そして、その為にみんながまきこまれたりしない様に、ヒジリは殺されちゃうかもしれないって‥」
しゃくりあげながらしゃべるあたしの言葉を、ネル様は時々確認しながらずっと聞いてくれた。
「でも、影星なんて、何処にいるか分からないから、あたしがヒジリを守るしかないって‥」
「うん」
「だから、魔法を覚えようって思って‥」
「うん」
「でも、あたしの家は貧乏だから、魔法学校になんて、行かせてもらえないかもって‥」
「うん」
「お金を貯めるためにね。‥魔石を売ったの」
「魔石を? 」
今まで相槌を打ちながら黙ってあたしの話を聞くだけだったネル様が首を傾げて、あたしの言葉を反芻した。
「うん」
今度はあたしが相槌をうつ。
心がぐっと痛くなった。‥思えば、あたしのこの短絡的な考えが、ヒジリを眠らせることになったんだから‥。
だけど、今更嘆いても仕方が無いことだった。
事実として‥それはあたしが確かにしてしまった過ちだった。
唯一の過ちで‥全ての元凶だった。
「あたしに、魔石に魔力を込めることなんて出来なかったから‥ヒジリのこと騙して、魔力を魔石に込めさせて‥魔石をつくって売ったの。
そしたら‥魔石商人が「この子に会いたい」って言って‥。あたしは断ったわ。‥勿論だよ。ヒジリを危ない目に何て合わせたくない。
だけど、魔石商人が‥「この子は、今に国の最厄って呼ばれて、殺されちゃうよ」って‥私しか知らないはずのあの予言を言ったの」
‥胡散臭い相手だって思ってたのに、‥でも、胡散臭いけど、この男は何か「知っている」って思った。だから
「どうしたらいいの? 」
気が付けば、私はその男に質問して‥その男の話にすっかり巻き込まれていた‥。
「覚醒しないようにすればいい。そしたら、この子は苦しむこともないし、誰も不幸になんてならない」
‥あ、って思った。
私はずっと最悪の状況の起こった時の事を考えていた。でも、そう言えばそうだ。
ヒジリが覚醒しなかったら、‥ヒジリも、皆も無事なんだ。
「それは、影星がヒジリが覚醒しない様に傍でささえるってこと? 」
「影星? ああ、‥いやいや。最終的にはそうなるだろうが‥まずは、もっと単純なことさ」
魔石商人は、影星の話をあたしがしたことに驚いている様だった。‥いや、影星なんて‥もしかして知らなかったけど、あたしに適当に話を合わせたのか‥あの時の魔石商人の反応は‥なぜか覚えていない。
魔石商人は、‥そういえば、まったく表情が読めない男だった。
表情というか‥ローブで顔を隠してたから、口元しか見えない‥感じだった。
それ以上に、‥なぜかあの男の顔の印象が驚くほど薄くって‥? 全然あの男のことを思い出せない。
言った言葉以外、顔も仕草も記憶が曖昧なんて‥
それは、今考えるとめちゃくちゃ怪しいんだけど、当時の私は、そのことに気付かなかった。
単純にあたしが子供だったからかもしれないし、心身的に「それどころではなかった」からかもしれない。
‥今となっては確かめるべくもないことで‥よくわからないんだ。
あの後
「単純なこと? 」
聞き返した私に、魔石商人は頷くと、一際優しい微笑みを浮かべて
「この子の余剰にある魔力を魔石で吸い取ってしまえばいいんだ。今までだって、君はそうして来たんだろう?
余分にあるからこの子が他の子から恐れられる‥だから、吸い取って魔石に込めようって。売ろうって思ったのは、まあ、資源の有効利用‥そうじゃないか? 」
分かっているよ
って言ったんだ。
君は、間違ってなんていないよって。
‥初めて、分かってもらえたって思った。
‥ああそうだった。
だから、私はあの男に言われた様に、あの大き目な魔石を渡したんだ。
まさか‥ヒジリが死んでしまう程、あの魔石が魔力を吸い取ってしまう‥なんて思ってもいなかった。
なんて‥言い訳だ。優しい言葉でころっと信じ込んで‥友達を売ったんだ‥。あたしの罪は、明白だ。‥今でもあの時のことは、後悔しかない。
‥ぐったりとしていくヒジリを見て、私は焦った。
焦って、魔力の無限流出だけは止めようって、有限の魔力吸収魔石を魔石商人からもらった大き目魔石との間に挟んだんだ。
いっぱいになっても外れてしまわないように‥外れて、無限魔力吸収魔具とヒジリの腕がゼロ距離にならないように‥あたしの作った魔具に固定して、だ。
その後、偶然通りかかった王子にヒジリのことを任せたのは、王子なら、必要な医療をヒジリに受けさせてくれるって思ったから‥。
そう
そして、ヒジリを王子に任せると、あたしはあの魔石商人を探した。どうして、あんなものをあたしに渡したのかって聞きたくて、‥聴きだして、ヒジリをどうしようとしていたのか問いただそうって思って‥。
でも会えなかった。
ヒジリは城で眠ったまま目覚めないままだ、って風のうわさで聞いた。
ヒジリに「一目惚れした王子」がヒジリを目覚めさせるために、つきっきりで看病している‥って。
若い女の子たちは、美しい王子の優しさと純愛、ヒジリの美しさを夢を見る様に語った。
そして、その後だった。
ヒジリが‥「生まれた時から」覚醒するのをおそれた王家に飼い殺しにされる予定だったって知ったのは‥。
だのに、あたしはヒジリをそこに‥。
ネル様と初めて会った当時のことを思い出すと、ヒジリを「失った」時のことも同時に思い出された。
あたしは‥
‥あたしは、自分が許せない。
そして、ヒジリを閉じ込めようとしている王家が許せない。




