7.メインの世界を選択しよう。
確かに、母さんにナツミを許す理由はない。
だって、俺にあのブレスレットを着けたのは、‥ナツミだ。
そして、俺は死にかけた。
本当に、‥危なかったんだ。
その時の母さんたちの気持ちを考えたら、仕方が無いだろう。
俺がその立場だって、そうしただろう。
だけど、‥当事者の俺は、ナツミが俺に呪いをかけたなんて信じてない。
だって、ナツミには理由がない。俺を殺す理由なんてない。
俺とナツミは幼馴染だ。
ナツミの性格は俺が一番知っている。
しっかりしてて、勉強家。だけど、ちょっとおっちょこちょいで。
いつも俺と魔法の練習をしてた。先生に新しいスキルを作り出しては発表会して。
だけど、時々失敗して。てへ、って大笑い。
多分あれだって、「魔道具作ったけど、失敗しちゃって、思った以上に強力だった! そんなつもりなかったんだよ? てへぺろ」って感じだろう。
ナツミだから有り得る。
つまり、‥俺は、これっぽっちもナツミを疑っていない。
でも、‥ナツミはどこなんだろう。何処にいるんだろう。
もしかして、俺に呪いをかけたから、捕まって処刑されちゃったとか‥? だって、‥確かに考えたら、そんな強力な魔道具をつくったわけだ。相手が友達でも‥普通にアウトだろう。‥でも俺は生きてる。‥意識も戻った。問題は無い。もうない。
だから‥。
俺は、ナツミのことを考えて、祈った。
無事で居てくれるように、って。
ただ、それだけでいいから‥。
何故、とか聞かないし、まして恨み言を言うつもりもない。
ただ
「下手くそだなあ、ナツミは」
「今回は流石に死にかけたよ」
って笑いあいたい。
ナツミに会いたい。
ナツミの笑顔で
「ごめんごめん」
って聞いたら、俺は直ぐに許すんだ。
「仕方が無いなあ」
って。
だから‥。
「さ、父さんに、説明しなきゃね。‥今日は、あっちに私たちを連れて帰ってくれる? 目が覚めたあなたが見たいわ」
母さんが機嫌よさげな声を出す。
あっちでの本当の俺‥自分の娘に会えるのが嬉しいんだろう。
そして、故郷に帰るのが。
俺は、黙って頷いた。
「自分の娘って感じは、‥実はしないんだけどね。寝てる顔見たら、本当に芸術品みたいで、この子が本当に私たちのヒジリだって思えなかったもの」
くすくすと笑う母さんに、また頷いた。
母さんの顔と、あの「ヒジリ」。
髪の色は‥似てるみたい。だけど、顔の様子は全然違う。
それは母さんも言っていた。
‥ある日どんどん綺麗になっていった。って。
「ただいま! 」
事前に知らされていたんだろう。興奮した様子で父さんが部屋に飛び込んできた。
はちみつに若葉を溶かした様な色の目と、栗色の髪。
‥ちょっと、日本人とは違う顔。
肌の色も、黄色というよりは、外国人の様に白い。
外国人どころか、異世界人だったのか‥。
「ヒジリ。良かった。もう、君が明日死んでしまうんじゃないかって怯えなくていいんだね。ヒジリ‥よかった‥」
涙を流して喜ぶ両親と、俺も抱き合うと自然に涙が出て来た。
‥実感もなく、名前も知らないドラマの主人公のことの様なのに、もらい泣きしてしまう。
そんな感じ。
「父さん、母さん。‥あっちに帰る方法、俺は分かんないんだけど教えてくれる? 」
「え? 私たちも知らないよ? だって、私たちには出来ないことだから」
「言ったでしょ? リバーシの方が連れて行って下さるって」
‥そうでしたね‥。
‥今朝、俺はミチルに連れて帰ってもらった‥ってことは‥ミチルはリバーシだってことだ。(そういえば何度もそんなこと言ってたな)
俺は時計を見た。
9時。今ならミチルも起きてるだろう。
絶対俺からミチルに用事なんてない。一生連絡とるかと思ってたのが、今朝。
で、その日の夜にもう連絡を取る羽目になろうとは‥。
お世話になるんだったら、「今日は有難う」くらい書いといた方が良かったか?
で、俺から住所を聞いて駆けつけてくれたミチル。
‥いい奴だ。
今朝振りのミチルは、やっぱり腹立つくらいイケメンで、母さんがご機嫌に微笑んでいる。
「王子様も格好のいいお方だけど、ミチル君も格好いいわねえ」
って、ホントに俺はどうでもいいよ?! 男の顔なんぞ! 何、娘の親の気持ちに戻ってんさ! いや、娘の親なんだろうけどさ‥俺は、まだそんな自覚ない‥。
あの子が俺の本体で、この身体は幻影にすぎないってことに。
「やあ、ミチル君。ヒジリがお世話になったね」
父さん‥。何気なくミチルを睨むの止めてあげなよ‥。ホントに関係ないんだからさ。
ミチルに迷惑だよ。
ミチルはイケメンだから彼女がつくれなくても(※そうヒジリは決めつけている)も、会社とかではきゃあきゃあ言われてると思うよ?
そりゃね、いくらイケメンでも12時にばったり寝ちゃう奴に彼女なんて作れないよ。学生ならともかく大人の恋愛しようって思ったら無理だよ。バーとか言っても12時前に「じゃあ」とかなったら‥、ねえ‥。(※ 恋愛経験値の驚くほど低い聖は頭が固いし、想像も稚拙)
ミチルは俺に相変わらず腹立つくらいのイケメンの微笑みを向けて
「やあ。ヒジリ。昨日は説明もせず連れまわして悪かったね。女の子を拉致解禁するなんてとんでもないよな。‥今日、仕事しながら気が付いて、汗が止まらなかった」
って、肩をすくめた。無駄にキラキラしながら。(いや、普通にしゃべってるだけだけど、キラキラして見えるんだ)‥イケメンだから?
‥(ってか)いや、男でも拉致解禁はまずいだろ。
しかも、見た目どう考えても男な俺をさらっと女扱いするとか、女っタラシは違うね。
‥気色悪いから、止めて欲しい。
「いや‥。説明されても信じなかったと思う‥から」
なんとなく目を合わせるのも違う気がして、目を伏せたら思ったよりも歯切れの悪い話し方になってしまった。
ミチルがまた、くすくすと笑い
「ホントに良かったね。ラルシュも喜んでた」
言った。
俺は「ああ。アリガトウゴザイマス」ってごにょごにょ言う。
‥ってか、だれだよ。ラルシュ。
「王子様が! 」
ミチルの言葉に、母さんが頬をバラ色に染める。
おお、ラルシュっていうのは、王子様なのか。
俺を保護してくれた、変態‥いや、もごもご‥。
恩人恩人‥。
「それで、‥今日はあっちに両親を連れて帰りたいと思うんだけど、‥俺、方法が分からなくて‥」
視線を上げて、ミチルをおずおずと見上げた。
お、昨日は気付かなかったけど、ミチルは結構身長が高い。
完璧俺が見上げなくちゃ視線合わないじゃないか。こうまで(好条件が)揃ってると、‥腹立つな。(※さっきから、腹しか立てていない)
「ん。いいよ。分からなくて当然だよ。任せておいて」
にこ、と笑ったミチルの顔は
(やっぱり)イケメン。眩しいわ~。
やっぱり、腹立つ‥。
「で、そのままあっちに残るの? まあ急に今日行って明日からってわけにはいかないけど、手続きとかラルシュに任せとけばいいと思うし」
あっちに残る‥?
そうか、俺はミチルとは違う。
俺の故郷はあっちなんだ。そして、勿論両親も‥。
だけど、10年近くこっちに住んできた。今まであっちが故郷だって知らなかったわけで‥今更あっちに「帰る」っていわれても‥。
「俺は‥」
俺は、顔を伏せた。
母さんたちは帰りたいだろう。だけど‥俺は‥。
ミチルは、だけど「そうとは言っても‥」と言葉を濁した。
「君がでも、あっちで暮らそうと思ったら、心配があるのは確かなんだ。‥君の魔力を狙ってくる者たち。君にそれに対抗しうる力が十分につくまで、‥あっちに住むのは考えた方がいいのかもしれない」
「俺の魔力を狙う者? 」
物騒な言葉に顔を上げ、ミチルを見る。ミチルの深刻そうな表情がその言葉が真実だということを物語っていた。
ひたり、と肝が冷える。
‥誰かに俺が狙われている?
「君の魔力は強力だ。その者たちにとって、喉から手が出る位欲しいだろう。‥魔力の使い方は無限大だからね。悪いように使うのもいいように使うのも、だ」
ミチルの真剣な表情に、落ち着かなくなる。
実感はできない。だけど、これは現実だ。
「その者たちに、君の強大な魔力が悪用されるのは、‥彼の国にとって見逃せない案件になる。君が誰と付き合っても問題は無いんだけど、‥国家の危機になるような相手との交流は、やっぱり許可するわけにはいかない」
「‥? 何言って? 」
交流も何も、俺にあっちの世界での知りないなんていない。
先生と、ナツミだけだ。
‥同級生は俺を嫌っていたから‥。
「そのブレスレットを君につけた幼馴染。‥俺は、その人物も国家の敵だと思っている」
‥ナツミが国家の敵?
‥何言ってるんだ?!