61.勝てる戦いっていうか、戦う必要はないと思う。
「魔法使いの学校? 」
月曜日、ミチルに会ったヒジリは、前日母親たちと話した魔法使いの学校において、在学中にいなくなった魔法使い予備軍の有無についてラルシュに訪ねて欲しいという旨を伝えた。加えて、魔法使いの学校の概要が知りたいということもだ。‥そもそも、この学校自体がよくわからない。
自分を襲った魔石商人とその販売ルートについては次の機会にすることにした。
多分いっぺんに聞いても‥理解できない。
「魔法使いの学校って、ヒジリが卒業できなかった学校か? 」
‥そんな言われようだったら、まるで成績が悪くて卒業できなかったみたいに聞こえて嫌だな‥。
「いや、俺が通っていたのは一般の学校だ。一般常識や、スキルも学ぶ。魔法は‥魔法が使える人間が少ないから、魔法を学ぶためには、専門の『魔法学校』に行かなければ学べない」
「ふうん‥。成程ねえ? うん、分かった。学校のことはラルシュに聞いておく」
ミチルは、sideA出身のリバーシだから、俺とは事情が違う。子供の頃から、sideBに来てはいたが、ミチルがsideBに来る時間は夜中だ。だから、ミチルはsideBの学校には通っていない。その代わりに、城の者が、ミチルに「こっちにおける一般常識」やなんかを教えたらしい。異世界‥sideAからリバーシが来たら、その為に夜起きて、代わりに昼寝るという昼夜逆転した生活を強いられる教育係がつくってことだ。
その「一般常識」の中には、学校のことは含まれていなかったようだ。‥まあ、必要な知識でもない。
知っていること、知らないこと。
ミチルは学校教育を(強制的に)中途でやめた俺より、‥例えばsideBの歴史やスキルのことやなんかで‥知っていることがあったりする。だけど、俺には当たり前に分かっていることだって、ミチルは知らないってことも、勿論あった。(成人式のこともそうだ)住んでいる者には当たり前な知識が無くって、一般常識と言われる知識があるって感じだろうか。そういうのが、いかにも「客人扱い」な感じがする。
だけど、‥ずっと眠っていた俺は、その間ずっとsideBで生活‥たとえ夜の間だけでも、だ‥ミチルより知らないことも多い。
ラルシュ様のことなんかが最たるものだ。
俺は、ラルシュ様のことは、名前くらいしか知らなかったのだから。
‥婚約者でも、だ。
きっとあんなことがなかったら、ラルシュ様と本当に結婚するまで会うことすらなかったかもしれない。‥結婚しても、俺の暴走を恐れる城の者が合わせないかもしれないな。名目上は、公務と称して、俺には俺の仕事と屋敷があてがわれ、式典でもなかったら顔を合わせることすらない。‥そういうことは容易に想像できる。
ラルシュ様はそれに対して、異を唱えることは無いだろう。いくらラルシュ様がいい人だって言っても、だ。ラルシュ様は見かけ通りの性格‥友達想いで、優しく友情にあつく、「正しく」「キレイ」でカッコイイ「王子様」‥ではない。ラルシュ様は、ラルシュ様本人である前に、王族の一人であるから。
ラルシュ様は誰よりもその「つとめ」に対して忠実な‥「王族」である。その一言に尽きる。ミチルの友であり、ヒジリに優しく接している「友人」として振舞いながら、彼は常に計算し、無駄なく行動している。‥ふとした折にそれを思いだすと‥再認識すると、目の前にいるのが、酷く冷静沈着で巧妙な詐欺師に見えてくる。‥リバーシに比べて、魔法使いの方が腹黒だし‥それも関係があるのかもしれないな‥。
寧ろ、天真爛漫なサラージ様の方が、まだ人間味がある。だけど、‥それでも、サラージ様も王族だ。
二人を友人だと信じている振りはしても、‥信じ切ってはいけない。友達なんかじゃない、一線を引いた付き合いを心がけなければいけない。‥手懐けられてはいけない。利用されるだけの存在にはなってはいけない。‥なりたくない。それが一市民である俺の唯一の矜持だ。
ミチルは‥どうか分からない。ラルシュ様にとってミチルは‥本当の友達なのかもしれない。俺とは違う。‥そして、俺は、ミチルと同じ存在には絶対になれない。
10年弱の時間と彼らの交流が、彼らの今の関係を作って来たのだ。
‥そんなの、今更言うまでもないや。
だから、本来なら一国民である俺がラルシュ様に質問とはいえ、頼み事をするなんてとんでもないことだ。‥だけど、今はそんなことは言っていられない。友達の伝手を使ってでも、婚約者としてのお願いでも何でもいいから、‥今の俺にはラルシュ様の強力が必要なのだ。
迷惑はかけない、一人で何とかするって決めてたのに、‥ざまぁない。せめて直接迷惑はかけない、これだけは初志貫徹させよう。
「聞きたい理由を聞いても? 」
「うん。反政府組織にどれくらい魔法使いがいるか知りたいんだ。‥やっぱり予想外の動きをする魔法使いってのは、脅威だよ‥。ナツミがどれくらい魔法が使えるか、とか、一緒に切磋琢磨して来たであろう魔法使いが組織にどのくらいいるかだとか‥ね。だけど、今のところ、組織の中に魔法使いはいないっていう報告だし、‥GPSも反応していないから、組織のアジトの把握が出来ていない。正規の魔法使いってのは、国で保護されてるし‥GPSで管理されている。だから、その反応がないってことは、いないかもしくは、‥国で保護されていない、魔法学校を卒業していない『魔法使いの様なもの』がいるのかな‥って思って。卒業をしたと同時に‥魔法を覚え終わったと同時に国にGPS的なものを付けられると仮定したら、卒業前に失踪したら、GPSがついてない魔法使い(の様なもの。ただし無資格)っていうのが出来るかな‥って」
自分で言いながら、「なんか変だ」って気付いた。
「う~ん。俺なら、入学時に付けるぞ。ってか、俺もついてるよね? 」
案の定、ミチルにも指摘された。
確かにそうだな。魔法を習ったら、それだけで、一般人と違って、危険人物だもんな。
そもそも‥分からないことが、多すぎるんだ。だのに、俺は気持ちだけで突っ走っていた。
‥やっぱり一人でやる、ってのは、難しい。自分に足りないところが自分で見えない。母さんたちと話した時に気付いたはずなのに‥。
だけど、俺は一人でやろうとしてたし、‥一人でやっている気になっていた。
だけど、実際は‥俺は、何も出来ていなかったし、一人でもやっていなかった。ミチルはそんな俺に気付いていただろうに、何も言わなかった。ただ、俺の(馬鹿みたいな)思い付きに付き合ってくれた。否定することもなっく話を聞いてくれた。それに感謝することなく‥いや感謝はしている‥、悪いと思っているし、ありがたいとも思っている‥俺は俺の推測の元に、ミチルを利用してきた。ミチルに協力してもらっていたっていうより、‥利用してた。でも、俺は、ちっともミチルを信頼していなかった。
助けてくれって‥言ってこなかった。一緒に考えてくれって‥。
ほら、こうして「聞いたら」答えてくれる。‥自分がいっぱいいっぱい過ぎて、周りの意見が聞けていなかったんだ。
ナツミと喧嘩するのは、自分一人だって気持ちが前に出過ぎて、‥空回りしてた。
自分で何とかしなければいけないんだ、誰も、俺を助けてくれる者なんていない、甘えちゃいけない。大丈夫‥俺は出来る。って、いじけて、そして自惚れていた。
そう勝手に悩んで、勝手に焦って、あがいて‥周りに迷惑かけて‥だのに、‥自惚れてたんだ。
俺は最低だ‥。
ナツミの周りにも人はいる。‥ナツミなら、きっと周りの意見も聞いてただろう。
ナツミの友達‥。
自分の知らないナツミに、‥心がぐっと痛くなった。
あの時は、自分にはナツミしかいなくて‥、それは、ナツミにも言えた。
世間は異分子に容赦なくって、‥子供はあからさまに攻撃して、大人は‥関わらない‥大人の対応をした。
だけど、ナツミがいればいいや‥家族とナツミがいればいいやって‥。
ただ甘えてだけなのだろうか? ‥依存してただけなのだろうか‥。
「ヒジリ? 」
ミチルが俺を覗き込んでいた。
「え? 」
‥ボーとしてた。ミチルと話してたのに。
時間を見ると、ミチルがsideBに行く時間が近づいている。
「ごめん、GPSだよね? 」
ミチルは頷いて、まだ心配そうに俺を見ている。‥ミチルには心配させてばかりだ。ミチルはいい奴だな。‥いい奴過ぎて心配になるくらいだ。
「GPSは、俺もついてるけど。‥魔法使いはリバーシと違って、生まれた瞬間には分からないから、‥生まれながらにして目を付けられることは無いんだ。多くは、誰かが気付いたりするんだけど、中には成人の儀式で言われて初めて気づくって子もいる。酷い場合だと、妊娠して、急に魔法が使えるようになったりする人もいる。魔法がちょっとでも使えるようになったら、正しい利用法を学ぶ義務が生じる。‥で、それから魔法学校に入る。だから、魔法学校の学生の年はバラバラなんだよ」
「ふうん」
GPSをつけるタイミングと、学習カリキュラムを含めた、魔法学校の概要ね。分かった。
そう確認すると、ミチルはベッドに向かった。
「ん? ラルシュは? 」
目を閉じて、次に開くとsideBに来ている。執務室に向かうと、今日は、ラルシュはいなかった。その代わりに、いつもラルシュが座っている一際大きくて立派な椅子にサラージが座っていた。
ラルシュは寝てるのかな?
リバーシではないラルシュは、睡眠時間が必要だ。寧ろ、よくいることの方が問題だ。‥きちんと睡眠をとってほしい。‥能力としては、まだ不十分ではあるが、サラージの方が夜の勤務という点では向いているんだ。‥‥でも、まあなんだ。仕事ってのは昼間にするものだ。サラージも昼間も仕事をしていただろう。(それは、俺もそうなんだけど)サラージがここに居るのは、リバーシ(今は俺だけ)が来るから、に過ぎない。仕事はついでなのだ。
サラージがリバーシで、ラルシュが魔法使いだってことは、ヒジリとミチルの中では確定していた。‥間違いでは無いだろう。まだ、確認はとっていない。
ちらり、とサラージが視線だけ寄こして、また書類に向き直す。ラルシュならここで「やあ」って爽やかな笑顔で挨拶してくれるだろうなあって、思いながら、自分の席に着く。
ああ、そうそう。ヒジリの質問‥なるべく早い方がいい。別にラルシュじゃなきゃいけないわけではないし、サラージもヒジリの事を知っているから問題はない、かな?
「ヒジリが、魔法使いの学校に入学したけど卒業していない人はいないかって聞いておいてほしいって言ってた。それと、魔法学校の授業カリキュラムを含めた概要が知りたいって」
座ってからちょっと顔を上げてサラージに言うと、ヒジリという名前に面白い程反応して、サラージが顔を上げた。
「ヒジリが? 」
ちょっと顔が赤い。
その顔に、ちょっとイラっと来た。
婚約者であるラルシュはヒジリをそういう目で見ていないようだが、‥サラージの方は多分‥。
‥ああ、そうだった、サラージに聞くんじゃなかった。
「うん。‥反政府組織に魔法使いがいるかどうかを調べようとしてるんだと思う‥いや、思います」
「敬語はいい。ミチルはラルシュ兄の友達だから‥ってか、今更じゃないか? 」
‥今まで、ラルシュとの話に入ってきたことはあったが、思えばサラージと一対一で話したことは初めてだったかもしれない。あんまり馴れ馴れしいのは良くない。
‥恋敵かも、だし。
「‥ヒジリは本気なのか? その、‥ナツミって子とやり合うって、ナツミは一人で来るってヒジリは言ってたけど、‥ナツミは反政府組織なんだろう? 信用できるのか? ってか、‥なんでヒジリはそいつを信用してるんだ? 」
サラージは、眉間に皴を寄せて、不機嫌な顔をしながらも、魔法学校の件を引き受けてくれた。それに礼を言うと、「別にミチルに礼を言われたいわけじゃないんだけど‥」って小声でぼやいてた。はは!
「ヒジリは‥ナツミは、そんなちゃちな嘘はつかないって」
「えらく信用してるんだな」
サラージが不機嫌な顔のまま呟き、ミチルがそれに同意して黙って頷いた。
ヒジリはナツミを信用している。‥それこそ、ここにいる俺たちのことよりずっと‥信用している。
ナツミはヒジリを殺そうとしていて、ヒジリもナツミと戦おうとしている関係になっても、だ。
「‥一言助けて、って言ってくれたらいいのに。死なせたくない‥。ヒジリのことをナツミに渡したくない‥」




