6.ナツミは悪人じゃない!
城と王子様と、
魔法。
「‥‥‥」
俺は完全に固まってしまった。
母さんは、そんな俺の様子に気にする様子はない。うっとりとした顔のままそんな俺に、説明を続けた。
‥王子だから、褒めなきゃダメ的な感じなんですか? 不敬罪とか怖いですもんね? でも、ここだけの話だから、大丈夫だと思いますよ。
‥寝てる女に一目惚れとかキショい! とか言っても誰も聞いてませんよ。
いや、そうか‥そのキショい奴いなかったら俺死んでたんだっけ‥。じゃあ、まあ、いいか‥。
‥いや、良くない。良くないよ?
「国宝である魔道具‥「持ち主の成長によって服も成長する服」を着用させて下さったのも、王子様だわ」
‥なにその、ダサい魔道具。
ってか、それも魔道具か。
魔法、何でもありだな。
ってか。
‥キショい上にダサい。
「そして眠っている間に、栄養その他が不足しないように最高位の医療魔法を施してくださったわ。そして、「もしこの方が目覚めたら、この方を私のお嫁さんにください」って」
ひいぃ!
俺は、全身の毛が逆立った気がした。
‥それは、‥ない。
絶対に、ない。
「まさか、承諾してないでしょうね!? 」
声が思わず裏返る。口調はこれだけど、決して「女言葉」になったわけではない。
これは、敬語だ。
無意識に敬語が出る位、驚いた。
涙目(これも、無意識)で母さんを見たら。
母さんは首を傾げていた。
「え? 嫌なの? 何か嫌な要素あった? あなたもさっき言ったじゃない。凄いイケメンって。あなたに良くしてくださって、そしてイケメン。あなたは、リバーシで国の為に働ける膨大な魔力を持つ。そもそも、そんな魔力があったら、民間で暮らしていくのって大変よ? あなたの魔力を悪用する悪い人たちに狙われるかもしれない。そんな、危険性からも守ってもらえるし」
俺は、膝から崩れ落ちた。目の前は真っ暗だ。
え? だからって‥。
お母さん、考え直して。
だって、‥寝てる女に一目惚れとかキショい奴ですよ? ‥そんなキショい奴と本気で娘(?)を結婚させようとか思ってませんよね?
てか、俺は‥娘なのか? そもそも。
「それにね‥、城以外でリバーシが生活するのは不可能だわ。だからミチル君だって城から出たりしないわ。出るときには城が信用した護衛が同行するのが義務だわ。それは身辺警護というより誰かと密会しないためにね。‥魔力が強いリバーシにそう敵う者なんていないもの。‥そうやって常に監視がついて、自由がない生活をするの」
‥。ミチル‥なんであっちに行くんだ?
疑われて、‥利用しようと狙われて‥。自由もない。
俺が、城で暮らすってこともそういう事なんだろう。
‥俺は、いっそのことこのままこっちで暮らした方がいい。
だけど、ミチルが言った通りあっちが俺の本体だったら、あの本体で生きて行った方がいいってことだよな。
‥あの本体が死ぬと、俺は死ぬってことだよな。
‥あの少女が‥俺‥。
当たり前の様にあっちで暮らしていた俺、そして幼馴染のナツミ‥。
何が何だか分からないよ‥。
魔法‥。
「魔力って‥ミチルも言ってたけど、俺にはそんなのあるように思えないし、魔法なんか使えない」
実際には覚えてないけど、‥使える気がしない。
椅子に座り直しながら言った俺の声は、思った以上に冷めていて、
‥でも、それも仕方が無いようにも思えた。
自分の事、って実感なんてない。
話を聞いてるよってアピールで適当にする相槌に、それは本当に似ていた。
「こっちでは魔法はないからね。魔力はある人もいるけどその使い方がわからないのよね。でも使えなくても無意識に使っちゃってるってことはあるわ。「奇跡」やら「降ってわいた幸運」なんて形でね。
普通では考えられないような力や出来事が起こる‥。魔法は、偶然じゃなく、奇跡じゃなく自分の意思で「作れる」の。
でも、使い方を知ってても、こっちでは使えないわねえ。
私もあっちではちょこっとだけど魔法が使えるのよ。治癒魔法だけど」
だから、母さんのいう事も、適当に流してるだけ‥
と思ったら、
‥ん。さっき母さんん変なこと言ったな。
‥魔法の使い方をしっていても、こっちでは使えない。
使えるのは、あっちだけ?
だって、‥ミチルは結構使ってたよ? 俺を昏倒させたり、周りの動きを止めたり(後で冷静に考えたら、あれは、時間を止めたんでは無くて、周りの動きを止めたんだ。だって、時間自体は動いてて、俺は12時になったらやっぱり眠くなったわけだしね)
‥純粋なあっちの住民には出来ないけど、なにかとでたらめなリバーシには出来るってことかもしれない。
ってか、母さんさっきなんかさらりと言ったな。
治療魔法が使える?
だったら‥。
「治療魔法が使えるんだったら、‥俺のことも治癒してくれたら良かったのに。何も王子様の手を煩わせないでも‥」
‥治療は違う気がするな。
自分で言いながら、ちょっと思った。
ブレスレットを着けて怪我したとかじゃない‥。
「怪我したわけではないんだもの‥。呪いは、解けないわ。‥今回だったら、魔道具を外さない限りは。強力な呪いで、あなたは、‥あなたはすぐにでも死んでしまうところだったの‥」
‥呪い。
じくり、と胸が痛くなった。
その呪われた魔道具っていうのは‥ナツミがくれたブレスレットで‥。
「どんどん、ベットで痩せて行って」
母さんが当時を思い出したのか、暗い顔をしている。
自分の子供が目の前で死んでいこうとしているのに、親として何も出来ない絶望感。それは、‥子供がいない俺にも想像が出来た。
‥というか、当事者なんだよね‥。なんか、やっぱり全然実感ない。
「‥だけど、あなたはどんどん美しくなって‥。それは、本当に怖かった。死ぬ前に野生の魚が、最後に凄くキレイになる‥あの、生命の最後の輝きを思って怖かった。でも、今考えたら、あれはあなたの生存本能だったのよね」
母さんの沈んだ顔が俺を見る。その顔に、ちょっと赤みがさしたように見えた。
「生存本能? 」
母さんの肩を支えるように、後ろに立った俺が聞き返すと、母さんが頷いた。
「魔道具によって眠り続ける呪いをかけられあなたは、まあ、術者の目論見通り、普通だったら眠り続けたまま衰弱して死んでいくしかなかった。そして、私たちもただそれを見守るしかなかった。‥だけど、術者が思う以上に、あなたの魔力はあまりにも膨大で‥使われない魔力は、その身体に溜まり‥、容姿を磨くことに全部使われた。アレね、危機を感じた植物が無理に花を咲かせるとか言ったアレと一緒。生存本能から、種を残すために花を咲かせる‥。あれは、死にゆくまえの最後の生命の輝きじゃなくって、‥生命を持続させるためのあがきだったのよ。
花の香りに、虫が寄ってくるように‥おびき寄せる為に‥」
ふっと、
本当に、ふっと微笑んだ母さんに、俺は、またぞっとした。
生存本能‥。虫をおびき寄せる‥。
え‥。てか‥。
そんだけ魔力があるなら、‥自分で呪いを跳ね返せよ‥。
無駄この上ないことに使うなよ‥。あっちの世界の俺‥。
咄嗟に、そう思った。
「‥そんだけ力があるんだったら、さっさと呪いを解いて起きられたんじゃ‥」
あ、言っちゃった。
「それだけ、このブレスレットはあなたと相性が良かったのよ。‥異物として、身体が排除を考えない位にね。流石幼馴染ね、あなたのこと、全部知ってたからこそ、って感じね‥」
母さんの目がまたブレスレットに注がれた。
その視線に悪意がこもっていたのは、言うまでもなくって‥。
「ナツミのことを悪く言わないでよ! 」
俺は、叫んだ。
‥ナツミは‥ナツミは悪人なんかじゃない!
母さんの視線が俺に向けられる
泣きそうな、苦しそうな顔。
真剣な眼差し。
ぼそり、と低い声「私は‥」呻くような低い声に、俺は肝が冷えた。
「私は、あなたが何を言おうとも、ナツミちゃんを許さないわ」