49.思い当たる『手がかり』①
思い当たる手がかりは一つじゃない。‥整理しないとよく分からない気もする。
ラルシュ様の事だって‥。
ヒジリは、でも、頭を振ってそれを頭から追い出した。
‥今は、『ラルシュ様』の事を考えている時ではない。
‥『手がかり』を探っている際、‥最終的に『ラルシュ様』に行きつくことは‥あるかもしれないけど、『ラルシュ様』から俺のこのイライラの原因になっている『手がかり』を探るのは、良くない。きっと‥先入観が邪魔をするだろうから。
ベランダの柵にもたれていると、いつの間にか空の色が変わるのが目の端に映った。
紫色から、緑‥そして、その緑が徐々に沈んだオレンジ色に変わっていく。
‥もうミチルも起きる時間だろう。
と思ったら、ミチルが後ろに立っていた。
何も言わず、持っていたタオルケットですっぽり包んでくれて、そのまま家の中に連れて入れられた。
「座ってて。暖かいお茶を入れるから」
ミチルは、何も聞かなかったし、
余計なことなんて何も言わなかった。
暖かいお茶を手渡され、初めて自分の手が冷え切っているのに気付いた。
「ひー」
ぼそり
と、言葉が口から‥零れ落ちた。
呟いたというより、寧ろ、ついうっかり零れ落ちたって感じ。
涙が自然と落ちるみたいに、
ちょっとあったかくなった心から、その言葉が‥思い出がぽろっと
転がり落ちた。
「ん? 」
「自分のこと俺って呼ぶようになる前、‥自分のこと俺‥『ひー』って呼んでた」
「ヒジリの『ひ』だね」
「うん。でも、‥父さんも母さんも、『ひー』って呼ばなかった。‥呼び慣れてたから。俺が、リバーシだってわかって、他の子と区別するために「ひじり」に変わって‥それからずっと、ひじりって呼んでるから。だけど、‥他の子たちには、呼びにくかったんだろうね。‥思い出したけど、俺のこと、ひじりって呼んでた子なんていなかったんだ。
ヒジリ・リノフェィン
元々の名前がリノフェィンだったから、名前の後ろに付けたままにしてたんだ。
だから他の子たちには皆、俺のこと‥『リノ』って‥」
ミチルが自分もマグカップに入った暖かい飲み物を一口、口に含んで頷く。
相槌を打つだけで、俺の言ったことを反芻したり、何か口を挟むようなことは無かった。
「リバーシと関わりたくなかったんだろうねぇ。皆。だから、如何にもリバーシだって分かる‥特別な名前は「聞かなかったフリ」したかった‥っていうか‥関わりたくなかったんだろうね。
ヒジリって呼ぼうとしたのは、ナツミだけだった。だけど、やっぱり呼びにくくって、「ひー」って」
自分で言ったんだけど、‥ちょっと面白くなって、軽く笑ってしまった。
‥ひーって。
なんか、悲鳴上げてるみたいだし、「彼」の英語「He」みたいだ。
「それがなんか気に入っちゃって、気付いたら俺も自分のこと、ひーって呼んでたんだけど、ナツミの方は、もうちょっと大きく成ったときには、結構あっさり普通に「ヒジリ」って呼ぶようになってたな。大きく成ったから、発音できるようになったのかもしれないな。
その結果、俺だけが自分のこと「ひー」って呼んでるだけ、みたいな。
‥ナツミ以外で俺のこと本名のヒジリで呼ぶのは‥先生ぐらいだったな。後は‥ラルシュ様? くらいかな」
確かに、ラルシュもヒジリって呼んでいたな。
ミチルは頷いた。
ヒジリ、ナツミ‥「他の子と区別するために」「変わった」。つまり、他の子と区別するために、変えられた。ナツミは知らないが、ヒジリの元の名前は、リノフェィン‥。
ヒジリとナツミってちょっと‥日本人みたいだな‥。
そう思って、ふと‥思い当たった。
「日本人みたいな名前が、「リバーシ」の証ってこと? じゃあ、「ナツミ」ちゃんもリバーシだった? 」
ヒジリが首を振る。
「いいや。‥リバーシだから‥じゃない。普通の人と違う者は全部、「一般の人」と区別されたんだ。魔法使いも、普通じゃない。特別なんだ」
「なるほどね‥」
ミチルが何度か小さく頷いた。
特別‥と口の中で微かに呟く。
「だから‥ああ、そうかだから、ナツミは俺のこと「ヒー」って呼んでたんだ。ヒーだったら、「ヒースクリフ」とか「ヒーナ」とかいった普通の名前の愛称に聞こえるよね。ああ、‥そうそう。出会ったばっかりの頃は、ナツミも「ナーミって呼んでね」って言ってた」
幼ない子供の、その気持ちは、‥普通に理解できた。
隠したいってことだろう。
自分が、他の子と違うってことを隠したかったんだろう。
でも、その後、何故かナツミは自分のこともヒジリのことも「愛称」で呼び呼ばれるのをやめた。ヒジリは「大きく成って発音できるようになったから」って言っていたが、‥多分違うだろう。
多分それは、彼女の意志表示。
もう逃げ回って‥隠れまわってはいないぞという意思。
「あ‥そうか‥」
そのことに、ヒジリも思い当たったらしい。
「意志表明だったのか‥」
「別に私たちが悪いわけじゃないのに、隠れたりとか‥なんでしなきゃならないのよ。堂々としてるわよ」
ってナツミは言ったらしい。
リバーシや魔法使いは、国が保護すべき貴重な存在であると同時に‥でも、未知なるもので、驚異の対象でもあったらしい。
「だけど、‥10歳の俺はそんなに気にしてなかったけど、‥あの頃からナツミは色んなこと考えてたんだなあ‥」
しみじみと言ってちょっと泣きそうな顔になる。だけどそれを振り払うように首を軽く振り、
「さ、‥会社に行く用意をしなきゃね‥」
って弱弱しく微笑むヒジリに、微笑み返す。
そうだ。
なるだけ、別のことを考えた方がいい。日常生活をおろそかにしない方がいい。
あそこだけが、‥ヒジリの世界じゃない方がいい。
寧ろ‥ここだけがヒジリの世界になっても構わない。
「うん。でも、ここに帰っておいで。話を聞くくらいなら、いくらでも聞くから」
姿勢を落としてヒジリの目を覗き込む。ヒジリの‥ハチミツに若草を溶かしたような瞳。自分がそこに映っているのを確認したら、凄く満足した。
「うん」
ヒジリがちょっと赤面してミチルから視線を逸らすと、はにかむみたいに微笑む。
ミチルはその様子に目を細めると、ぽん、とヒジリの頭に手を置いた。
「リバーシの中でも、俺は特に‥最強最悪の災厄って危惧されてたんだって」
「災厄‥」
「そんな‥危険物と自分の大事な息子をよく結婚させようなんて思ったなあって、思った」
ふうと、一息つくと、ヒジリはすっかりMyカップみたいになったいつものマグカップで甘いミルクティーを飲んだ。
いつもは夜に甘いミルクティーなんて自分だけだったら絶対飲まない。甘いミルクティーは、ヒジリのお気に入りなんだ。
考えるときちょっと上を向く癖。
男の恰好をしている時はちょっと子供っぽく見えたけど、今の女の子にしか見えない姿では、とにかく可愛い。元々、童顔で幼く見えるのに、あの仕草はちょっと‥駄目だろ、ってくらい可愛い。
そんな顔で、結婚とか言われちゃうと、‥現実に引き戻されたような気になる。
「え? 」
結婚させようなんて‥?
首を傾げて聞き返した。
ラルシュが結婚しようと思ったんじゃなくて? 息子と結婚させようと‥?
誰が思ったんだ? ‥息子っていうからには、王様‥だよな。
チラリとヒジリを見ると、ヒジリが頷いた。
「王様が言いだしたんだって。あれ。‥ラルシュ様の意思じゃない。国が持て余した危険物で取り扱いに困ったし、国に保護する‥取り込んで監禁する必要があったから、ラルシュ様の婚約者にしてっていうシナリオだったんだって。わざわざ成人の儀式前に出会いの場をセッティングして、あたかも「ラルシュ様が一目惚れしました」っていうようにする手筈だったらしい」
‥危険物。
国に解禁って‥。
物騒な単語に思わず目を見張った。
‥さっきも、最強最悪の災厄って言ってたし。
「成人の儀式って‥成人式? 」
物騒な単語にはあえて触れず、聞きなれない言葉を聞き返せば、ヒジリは頷き
「いや。ここでの成人式とは違う。魔力持ちの子供の魔力量の成長が止まる10歳の年に、魔力量の測定やらスキルの確認を監視と立会いの下で行うんだ。勝手にやったら危ないからね。で、そこに見に来ている各職業の親方だとかがスカウトして、訓練を付けるのも、その親方ってわけだ。専門的な技術なんて親じゃつけられないからね。あ、でも、実家の仕事を継ぐ子供もいるよ。
だけど、‥俺はリバーシだからそれはやらない。普通に‥危ないからね。俺みたいに災厄って呼ばれないでも、リバーシはやっぱり普通じゃない。‥普通の立会いの下で魔法は使えない。普通の立会人位じゃ、リバーシの「もしも」に対応できない。もっとも、‥俺は魔法は使えないんだけどね」
説明してくれた。
「じゃあどうするの? 」
「王家が張った最上位の結界の中で、国民に『お披露目』をするんだ。だから、リバーシは成人の儀式前に内密に城に呼ばれて、属性だとか魔力量だとか、そういうのをいろいろ調べられるんだって。で、お披露目の内容を専門家と一緒に考えて、国民の前で披露する。発表会みたいなものだね」
「だいぶ違うんだね」
感心した様な表情をするミチルに、ヒジリは何でもない顔で再び頷く
「そりゃね」
ミチルは「そうかあ‥」ともう一度呟いていた。
「その後、リバーシも訓練なんかを得て、国やら神殿やらで働くことになるわけだけど、‥俺の場合は、ラルシュ様と婚約して城に監禁されることが決まってたから、お披露目の後、国民に婚約の発表をする予定だったってわけだ」
ってことは‥今はまだ国民はヒジリとラルシュが婚約していることを知らないってことだろうか?
気にはなったが、今はあえて頭に留めるだけにした。




