5.理解が追い付かないんです。
「あっちでの俺は眠り続けてた。それで‥ミチルが言うには、これが俺の力を封印していたから、あっちでの俺は眠りっぱなしだったって。起きるのがもうちょっと遅かったら、死んじゃうところだったって」
俺は、外したブレスレットをダイニングのテーブルに置きながら言った。
「‥‥」
母さんは、黙ってボロボロ涙を流しながら、俺を抱きしめた。
「よかった‥。ヒジリが死んじゃわなくて良かった‥」
何度も何度も呟く。
「‥あっちでの俺は、血色も良くって、そんな「死にそう」な感じなんてなかったよ? 」
母さんを椅子に座らせ、取り敢えず落ち着いてもらう。
‥あっちでの俺が、女だったってことは、ちょっと恥ずかしくて言いたくない。‥母さんも当然知ってるわけなんだけどね。
「‥大きく成ってたんでしょうね。母さんたち、あっちには随分帰ってないから、‥分からない。ええと‥、もう10年になるのかしら」
記憶が途切れたのが、たしか10歳位だったから‥そんな感じなのかもしれない。
俺は頷いた。
「俺、今まで忘れてた。なんでだろ‥」
「暗示をかけておいたの。あなたは、ここで産まれて、ここで育ったって‥」
「ふうん。成程ねえ。で、あっちに帰るの? ミチルが俺たちは、もともとあっちの世界の住人だって言ってたけど」
母さんが頷く。
「そうよ。私たちはあっちの世界の住人だわ」
‥おお、なんてファンタジーな展開なんだ‥。
ちょっとついていけなくなってきてるけど‥、俺のリアルなんだよね??
母さんは真面目な顔で俺を見上げると、
「だけど、あっちに帰ったら、また‥誰かに狙われるかもしれない。あなたが騙されて‥」
ちらっと、ブレスレットを見た。
ナツミのブレスレットを。
俺は、かっと血がのぼった。
「ナツミは‥俺をだましたんじゃない‥」
腹の底から沸き上がった様な低い声で俺は言った。
いくら母さんでも、大事な幼馴染のことを悪く言われるのは嫌だった。
「だけど‥。現にあなたは‥」
母さんが俺を睨む。
たしかに、
俺は、ナツミから渡されたブレスレットを付けたから、‥眠り続けることになった。
あのまま眠り続けたら、そのうち衰弱死していただろう。
だけど、幸運にも俺は、生きている。死んでしまったわけではない。じゃあ、問題は無いじゃないか。
そして、あっちの世界とこっちの世界両方ともで生きていける俺は、こっちの世界で生きてきた。ただ、夜の間、こっちの世界で眠っても、あっちの世界に行くことはできなかった。ただ意識も何にもなく、眠るだけ‥。
あっちの世界での俺にブレスレットがついていたから、俺の意識は肉体に入れなかったんだろう。
あれは、多分ただ単に肉体を眠らせる魔道具ではない。
‥魔道具自体がどういうものかはわからないが、俺の意識と肉体は分離されていた。もしかしたら、そういった働きをする魔道具なのかも? ‥とにかく、なにが原因かはわからないが、俺の意識と俺の肉体は完全に分離していた。
今まで無事だったのがむしろ、奇跡なのだ。
あっちの俺の本体‥肉体は、まったく意識がない状態だった。植物人間‥って言われる状態と同じなのか? ‥は、わからない。だけど、人間、ずっと寝たまま生きていくのは果たして可能なのだろうか?
魔法があるあの世界とこの世界は違う。一概に、同じだとは言えないだろう。
だけど、俺にはわかる。
‥あの体(あの世界にいた本体)にとって、今までの状態のままいるのは、そろそろ限界だった、と。‥自分自身だからこそわかる。
あの世界にいる肉体と、こっちの世界で生活していた意識。
こっちの世界にいる俺は、今の今まであっちの世界にいる肉体のことを忘れていた。
なのに、このブレスレットがこっちに居る意識だけの俺にもあの世界での俺にもついていた謎。
‥あれが、それ程力のある魔道具だったってこと?
そんな強力な魔道具を、まだ子供だった当時のナツミが作り出すことが出来ただろうか?
‥何か事情があると思うのが普通だろう。
‥なにより、俺は‥
「何か事情があったんだ‥。じゃないと、ナツミが俺を殺そうとするわけないじゃないか」
そう思いたい。なにか事情があった、と。
ナツミを信じている。
「ヒジリ‥」
真っ直ぐと母さんの目を見ながら断言する俺に、母さんは驚いた様な表情を向け
そして、小さくため息をついた。
「兎に角、父さんに連絡するわ。昨日聖が帰ってこなかったから、父さんも心配してたのよ。今朝なんて会社を休むなんていうから‥説得して行かせるのが大変だったわ」
スマホを手に、母さんが苦笑いする。
そりゃそうだ。
20歳過ぎた子供が帰ってこないから(しかも男だ! )心配で会社を休む、とか‥ない。
俺も母さんに苦笑を返す。そして、スマホを操作する母さんを小さく首を振って止めて、
「父さんに連絡するのは帰って来てからでいい。どうせ、何も出来ない」
微かに微笑んで見せた。
「無事だったことだけ伝えるわ」
母さんは、慣れた手つきでスマホを操作しながら、微かに微笑んだ。
‥母さんもあっちの世界の人間だったんだよな‥。
あっちの世界にスマホなんて当然ないだろう。‥こっちに越してきて10年でもうすっかりこっちの世界になれたってことなんだろう。‥人間っていうのは、逞しいな。
「それで、あっちに行ってたっていったけど‥どういうことか教えてくれる? 」
俺が頷く。
「ミチルって男が‥俺の事‥あっちで見たことがあるって言ってきて‥それで、このブレスレットの話をして、なんとなく外してみたら外れて。そしたら、あっちの世界に行ってあっちの世界の俺になってて‥」
あれ、なんだこの説明。
まるで馬鹿みたいだぞ‥。だけど、‥あれを上手く説明する自信は俺には、ない。
母さんも、微妙な顔をしている。ホントにごめんなさいって感じだ。
ミチルにホテルに押し込まれたことや、「スリーピングビューティー」って言われたことはしょったら、こういう説明になるよね??
‥あれは、母さんには聞かせたくない‥。
俺の精神が耐えられない‥。
「あ。あと、なんか凄いイケメンが、俺が寝てた部屋にいた」
「凄いイケメン? ミチルくんのことじゃなくって? ‥ミチル君は知ってるわ。時々‥あっちにあなたの様子を見にいったときに会ったわ。いい子よね」
どうやら、両親は時々あっちの世界に帰っていたらしい。
だから、あっちでミチルに会っていたってこと?
俺を見たとき、「あれ? なんか似てないか? 」って気づいたことといい、偶にしか帰っていないだろう両親すら会ったことがあることといい、‥余程ミチルは(寝ている状態の)俺の傍にいたってことだろう。
‥やめて、恥ずかしいから。
羞恥に頬を染めている俺の考えがわかったのだろう。母さんは首を振って、
「私たちだけであっちに自由に帰れるわけではないの。リバーシの方に助けてもらわないと、あっちには帰れないのよ」
と言った。
この世界にいるリバーシが、どうやら他にもいるらしく、たまたまタイミングが合う者誰かが手伝ってくれていたらしい。
そうか‥リバーシと一緒じゃないと帰れないんだ。誰でもいつでも行き来自由ってわけじゃないんだ。
‥なるほど、昨日リバーシとしての記憶がない俺があの世界に帰れたのは、ミチルと一緒だったから‥ってこと?
それにしても‥両親があっちに時々帰っていた‥とはね。
俺に内緒で、だ。
あっちの世界出身の両親には、あっちですることもあるのだろう。‥帰りたいだろうしね。
だけど、なんか複雑。
俺だけが何も知らないっていうのが、‥すごく嫌だ。
それにしても、ミチル‥
「まあ、悪い奴ではないと思うけど‥」
俺が首を捻る。
いや、悪い奴‥かな?? 「俺が起きていなくならないように」考えられないような魔法を平気で使ったらしいし‥。別なイケメンにその件で怒られてたし。
「他にイケメン‥ 王子様のことかしら? あの部屋によくいらっしゃるわ。‥王子様は確かにイケメンだわ」
母さんが、ふふ、、と笑う。
何その生暖かい顔。
いや、‥イケメンって言ったけど、俺には関係ないよ? 俺、男だし。
‥って、あっちの俺は女だったな‥。
てか‥
俺は、男なの? ‥女なの?
「聖? 」
俺が急に黙り込んだからだろう。母さんが困惑した様な表情になる。
‥心配させるのはよくない。
その内‥自分のことなんだから、その内思い出すだろう。
「王子? あそこは‥?
‥そういえば、昨日目覚めた俺は、部屋から一歩も出なかったどころかベットから起き上がっただけでしたが‥
‥あそこはどこなんだ? 。‥病院‥だよね? 」
病院にしては綺麗過ぎたけどね‥。
豪華で‥。
‥王子ってことは‥?
まさか‥
ちょっと眉を寄せた俺に
「‥聖が‥ヒジリが寝かされていたのは、城よ」
母さんが‥多少言いにくそうに言った。
‥俺が寝かされていた部屋が城の一室で、王子は「部屋によく居て」‥で、俺が「スリーピングビューティー」‥。
体中の血液が一気に抜けたような感覚がした。
‥え? 俺、‥あっちでの俺、どういう状態??
「驚くのも無理ないわ。私だって驚いたもの。
王子様が見も知らないあなたを助けて、それだけじゃなく‥今まで守ってくださるって聞いた時には、‥本当に驚いたもの」
苦笑する母さん。
本当に驚いたらしく、二回も言っちゃってる。
‥俺のこと知らなかったんだ。だのに助けてくれた‥。
なんて‥親切な奴なんだ‥。
だけど、‥母さん、なぜ俺を任せた? そんな偉い人に‥?
「‥だって、普通に眠ってるだけだったら、あなたとっくの昔に死んでたわよ」
だからって
‥いや、でもそうだよね。きっと城が一番「なんとかしてくれそう」だよね‥?
その前に‥
「なんで、王子様が」
それが知りたい。
‥すごく親切な人だから? そうだよね? 他に他意とかないよね??
「一目惚れっておっしゃってたわ」
母さんがうっとりという顔をする。
‥うっとりされても、困る。
確かにあっちでの俺は女だったけど‥凄い美少女だったけど‥。だけど俺は‥今ここにいる俺は、男だ。
あっちでのすごい美少女な俺は、王子様の一目惚れの相手である「スリーピングビューティー」
そして‥この度、目覚めた。‥王子様の懸命の看病(介護? )の甲斐あって‥。正確には、ミチルの手助けで‥
俺は‥この先どうなるんだろうか??