48.死ぬ気
どうせ、‥失敗したら死ぬのだ。
今のままだったら、遅かれ早かれ、俺は死ぬしか選択肢はないんだ。
それが遅くなるか早くなるかだけ、もっとナツミを失望させるか、ナツミに一矢報いて‥彼女の心に傷跡をちょっとでも残せるか。
それっくらいの違いだ。
‥今の選択肢に、逃げ切るだの、買って生き残るだのという選択肢は‥残念ながらない。
なら、男なら(男じゃないけど、‥心は男だ)せめて、あがいてあがいて、ナツミの心に傷跡を付けたい。
「逃げてた情けない奴」
って、これ以上ナツミを絶望させたくない。
‥この、「いなくなってた期間」を修行してたって思ってもらえるくらいには、劇的に強くなっていないといけない。
‥ナツミを道連れに‥なんて考えは、俺にはない。
それ位には、ナツミを愛してるし、‥憎んでいる。
死は、『無』だと知ってはいるが、反面、死後まで一緒に居たくはないと思う。
来世も一緒に居たい、とか一緒に死にたいっていう愛情って‥どんな愛情なんだろうな、って‥俺には分からない。
きっと、これから先も分かるようになる気がしない。
俺がいるし、俺が起きているから、電気はついている。
だけど、ミチルが眠っているから、この部屋は静かだ。
台所で、蛇口に残っていた水が落ちる音さえ、やけに大きく聞こえた。
静寂を切り裂く、刃物にすら、思えた。
大量の水を湛えて、だが静かに月あかりに照らされた湖。
かって、真夜中に身体を抜け出して見に行った名も分からない湖。
底の見えない深さで、きっと柄杓でいくら掬っても、中々なくならない。
魔力量が多いってそういうこと。
だけど、柄杓で掬って誰かに掛けたって、
「冷たいな! 」
ってだけ。
攻撃にはならない。
同じ量の水をナツミなら、せめて強力な‥凶悪な水鉄砲で放つ。
元々は同じ水だし、同じ量でも、
これは、立派な攻撃だ。
つまり、そういうことだ。
あの時俺がナツミに放った水の龍では、‥柄杓で水をかけているに過ぎなかったってことだ。
精度や技術は今更‥今日明日で何とか出来るものでは無い。
じゃあ、俺が出来る唯一のことは‥俺の売りは
量だ。
同じ水をかけるのだとしても、柄杓と樽だったら違うし、‥浴槽だったら尚違う。
浴槽の量の水なら、ひっくり返しただけで攻撃になる。
大波にのまれたら、
流されるものね。
土だってそうだ。
俺は、この期に及んで技術で何とかしようとしていた。
だけど、もうそんな時間はない。
質より量作戦。俺は、昔からそんなに器用じゃなかったじゃないか。
カッコつけで、口ばっかりで、‥身に余る力を持て余して、使いあぐねてた臆病者で。そして、ただ、自分を、自分の力を恐れて、嫌っていた。
ナツミは、怖くないよって‥口で表す代わりに、ずっと一緒にいてくれていただろ?
ヒジリは怖くないよ。だって、ヒジリは私に勝てないでしょって。
‥そうだね。俺は、ナツミに勝てる気なんてしなかった。自分が、化け物で、凶悪な兵器だって‥思えようがなかった。だって、ナツミに勝てないんだもの。
ナツミ
遊ぼう。
本気で。
事情が‥ちょっと変わっちゃって、お互いの命を懸けることになっちゃったけど、‥あの時みたいに、本気で遊ぼう。
子供の時みたいに、どろどろになって、鼻が出ようと、カッコ悪かろうと、‥リバーシがなんぼのもんだ。魔法使いがなんぼのもんだ。
ただの、友達同士。王家だの反対勢力だの、関係ない奴に邪魔されたりしない。
ただの、友達同士として‥本気で、‥殺し合うつもりで、遊ぼう。
思えば、いつもナツミが仕掛けて来てた。手を変え品を変え。貪欲に知識を取り込み、足りない魔力を俺から奪ってだって、ナツミは俺に毎回え真剣勝負を挑んできてたんだ。
俺が憎かったわけでも、『自分の目的の為』とか俺を鍛えようとしてただとか‥そんな難しい理由でもなく、ただ、純粋にナツミは俺と遊んでくれていた。
今度は、俺の番だ。
俺がナツミを驚かせる。
「やるじゃないか! 」
「次は、負けないからな! 」
ってナツミに言わせて見せる。
次なんて、ないんだろうけど、そんな気持ちじゃ勝てないだろう。
危険も顧みず、命がけで、でも、死ぬ(負ける)気持ちでは喧嘩しない。
絶対、ナツミとなんて死んでやらない。
ナツミには、負けた悔しさをずっと引きずって生き続けてもらわなくちゃいけない。
生きててほしいのは、愛で、忘れさせてやらないってのは、‥憎しみ。
‥反対かも。
「水を大量に‥ねえ。せめて風の攻撃魔法が使えたら、大渦だとかできたのにねえ、竜巻も‥風だな。ああ、そうかナツミが風の最大攻撃魔法を俺に仕掛けてくれたら、それを最大の水の魔法で押し返せば、大渦になるんじゃないかな。俺の方が絶対的に量は多いはずだ。‥無理だ。精度がいる。コントロール能力なんて昨日今日じゃ身に付けられない。‥その為に、コントロールがなくても、自動的に避ける練習してるんじゃないか‥」
ぽつり、と声に出して呟き、頭を抱える。
駄目だ‥ホント、俺って情けない。
ちょっと外の空気を吸いたくなって、ふらりとベランダに出た。
そうそう。ミチルの部屋にはベランダがあるんだ。洗濯物が干せる程度の。
男の一人暮らしだ。植木鉢に花が植わっているわけでもない。ただ、備え付けの選択竿が軒に掛けられているだけだ。
「星、綺麗だな。‥そう言えば、空なんて見ることない」
ただ、有り余る時間を「贅沢」だって思ったことなんてない。
ただ、恨みがましく思って来ただけ。
でも、外に出たら、日の出の空は明るく(たぶんそうなんだろう)、昼間は緑が眩しくって、夜は‥こんなに星が綺麗だ。
こんなに贅沢なことだったんだ。
持ってるものを、悔やまず持て余さず、‥俺は、もっと有効利用するべきなんだ。
「きっと、もっと世界は楽しいはずなんだ」
ベランダの柵に腕を預ける。
「ないものを、在るって言う必要もないし、あるものをないって思い込む必要も、思わせる必要もない」
飾る必要もなければ、
道化のフリ‥何も出来ない『お姫様』のフリをする必要もない。
道化のフリも、お姫様のフリも‥英雄のフリもフリ聖女のフリも全部、他人の為だよね。
他人の目を気にして、自分を奮い立たせたり、‥何も出来ませんよって隠してみたり。
勝手に期待されたり、失望されたり。
持ってないものを持ってるって思われたいって思うより、持ってるものを隠さなくちゃいけないのは‥屈辱だよ。
だって、今現在持ってなくって、でも、持ってたいって思うものだったら、将来努力すれば手にすることが出来るかもしれないじゃないか。でも、持ってるものを隠して、
「持ってませんよ。だから、安心してください」
って、道化のフリするのは‥道化のフリした自分しか受け入れられないってのは‥。
受け入れてもらえないって思ってるってのもでも、同時に侮辱しているよな。
自分については、まずは、持ってるものを‥考えよう。
持ってるって、‥意識していないけど、俺はもっと何かを持っているかもしれない。
少なくとも、ナツミの目に留まった、何かを。(魔力量だけだったら、ショックだけど)
ミチルの心をとらえた何かを。(‥顔だけだったらどうしよう)
‥ラルシュ様の好奇心を少なからずちょっとは捉える何かを。
‥ラルシュ様は、ああ見えて、計算高い。面白いって思わない事なんて、絶対やらない。国の為? ‥そうは見えない。あのひとの‥一番は‥多分。
そうじゃない。
あの人は‥多分‥もっと‥なんというか、‥奥が深い。単純じゃないって意味で、深い。俺はそれについて‥何かを知っている‥?
思い当たる色んな『手がかり』にさっきから、イライラが止まらないんだ‥。




