47.24時間ずっと
「ヒジリ、俺はそろそろあっちに行くけど‥ヒジリは、大丈夫なのか? 」
いつの間にかシャワーに行っていたらしいミチルが髪をタオルで乾かしながらバスルームから出て来た。
狭い湯船と、シャワーが付いているバスルームとトイレがシャワーカーテンで区切れるだけの、マンションにありがちなタイプだ。
洗い場なんて勿論ないから、湯船の中でシャワーで身体を洗う。湯船は湯を貯める場所ではなく、所詮、湯のトイレへの飛散防止的なものでしかない。
湯船にゆっくりつかって身体を温めたいタイプのミチルが最後まで迷った案件であったが、家賃の問題で諦めた。だから、ジムに行ったときは、シャワーだけじゃなく少し大きめの風呂にゆっくり浸かってから入る。
同年代の若者は、シャワーで済ませることが多い中、だ。
「ヒジリもシャワー使ってね。知っての通り狭いけど」
いや、知らない。
ここに来るたび、勧められるが、入ったことは無い。会社に行く前に、家に寄って急いでシャワーを浴びてから通勤している。
いや、だって‥人の家って緊張するじゃない?
ミチルが冷蔵庫から出したミネラルウォーターを二本出し、一本をヒジリに渡してきたのを受け取りながら、
「うん。大丈夫だ。‥まだ、魔石に入れといた魔力使いきってない」
微笑む。
ミチルは苦笑いして
「‥一体どれだけあるんだ‥」
髪を乾かしていたタオルを洗面所横の洗濯機に彫り込む。
「量だけはな、豊富なんだ」
肩をすくめてミチルに答えると、ペットボトル入りのミネラルウォーターをあける。
こうしてずっとsideAに暮らしている間。ヒジリは水にだけはこだわって来た。
コーヒーを飲むことはあるけれど、出来るだけ水を口にする。
魔法使い程では無いけれど、自分の属性っていうのは少なからず、自分の体調を左右する。
ヒジリの属性は水と土だから、土で育てた新鮮な野菜と水はヒジリの身体を健康に保つうえで欠かせないものだった。
特に、水は如実に影響を与えた。
カルキの含まれていない水を飲めば体調が良く、逆に添加剤や香料の多く含まれた飲料水を多く摂取したら体調を壊した。
元々の魔力量もだけど、‥こういったものにも救われてるんだけどね。
そう思いながら、一口水を口に含むと、疲れ果てた身体に染み込んでいくような気持ちになった。
「‥無理はしないでね」
と再び苦笑いしてミチルはベッドに横になった。
その内、ふわっとミチルの身体が緑の光に包まれる。
この光景は、本当に綺麗だ。
そうだな、丁度、ヒカリゴケだとかそんな感じだ。人口感はゼロだ。あ、これ俺の場合は黄色いから丁度蛍っぽい感じになるんだよ。
自分の意識が身体から抜ける感覚が一瞬あって、その時に眠る自分の身体が見えるんだ。
全身が蛍みたいにふわ~と光る様子は
「見てみて! 」
って言いたくなっちゃうくらい、綺麗なんだ。
ちょっと自慢です。
そうこう思ってるうちに、ミチルの身体から緑の光が消え、ミチルが寝息を立て始めた。
スリーピングビューティーって俺のことミチルは言っていたけど、‥自分こそそうじゃないか。
凄い‥綺麗だ。
ミチルの顔をこんなにしみじみ見たことはない。
今頃、sideBについているんだろう。
寝ること。
すら出来ない、そして、身体の疲れをとる以上に、練ることの大切さ。
一時でも、「まあ。これは現実社会のことじゃないし」って思えること。
ミチルの話を聞いて、分かった。
ミチルにとって、sideBが所詮「現実のこと」じゃないってことを。
だから、「目が覚めたら」ほっとする。
まあ、いいか
って思える。
俺だったら、反対だ。
ミチルにとってのsideAであるここに来ることは、かっての俺にとっては冒険で、息抜きだったはずだ。
‥つまり、いくら寝なくてもいいリバーシだって、24時間同じことを考えていていいわけがないって話。24時間同じことを考え続けるのは、とてつもなく苦痛だって話。
俺が今ミチルにしていることは、ミチルにとっては「夢」の話を、こっちにまで持ち込んでいること、に過ぎない。
‥このままでは、ミチルのこころは近いうちにオーバーワークになる。
俺は‥仕方が無い。
自分のことなんだから。
自分の命が掛かっているんだから。
心がオーバーワークになるか、物理的に‥死ぬか。そんな問題だから。
だけど、だからといって、他人まで巻き込んじゃダメなんじゃないか?
‥こんなしんどくって堪らないことを‥
ふと、
自分は「逃げ場がある恵まれた立場」だったっててことに
今更なんだけど、気付いたんだ。
今、俺は逃げ場がない。
眠れなくて、でも、あっちの世界に戻ることも‥出来なくって、ずっとこっちにいる。
その間、唯一の相談相手であるミチルもいない数時間を一人で奥歯を食いしばって我慢している。
でも、その時間さえ我慢したら、
ミチルは帰ってくる。
以前の俺だったら、あっちに帰っても、こっちにいるときも‥
一人っきりってことは無かった。
眠れない夜を一人、膝で抱えて我慢している必要はなかった。
だけど、
リバーシじゃない人はそれこそ、今の俺と同じように‥逃げ場もなく、眠れない日を過ごしたりするんじゃないだろうか。
身体は疲れていて、
身体は眠りを必要としているのに、
心労から、‥その他理由から練ることすらできない。
心労は更に募り、身体は限界に近づき‥いつしか、その疲れが‥恨みに変わっても‥ちっともおかしくない。むしろ、当たり前のことにさえ思える。
むしろ、‥何かに恨みを転嫁しないと、行き場のない想いは‥もっとつらい。
理由も分からず、心身ともに限界なのに、身体が眠ることを享受しない。
精神的ないらつき。
そして、理由が分からないことに対する、不安。
あの時、俺を見たナツミの
一瞬見せた、懐かしいという感情。そして、次の瞬間には、それも消えて、ただ感情のよめない笑みを浮かべていた。
そして、呆れたって、失望したって繰り返した。
言いながら、ナツミの瞳は
今思えば、寂しそうだった。
俺なら‥自分の苦しみが分かるかもしれないって‥少しはあった想いを、平和ボケした俺によって裏切られて、ナツミは‥あの時、完全に一人ぼっちになった。
眠れなかったのかもしれない。
当時は、自分が原因で友達が死にかけたことに対する純粋な罪悪感で‥
だけど、慢性的な寝不足は、その内深い心労となって‥きっとその時、『反対勢力』につけ入れられて‥罪悪感も心労も全部、‥恨みにすり替えられた。
洗脳じゃない。‥普通の感覚だ。
過ぎた心労は、恨みに変わる。
その時に必要なのは、十分な休養と‥愛情。
疲れているだけ、本当は恨みになんて思っていない。自分で本当は分かっている。だけど、『思ってしまう』そして、我に返った時、自分のあさましい心に一番ショックを受けるのはやっぱり、自分。
あの時、‥ナツミを肯定するべきだったのは、自分だけだったんだ。
ありがとう。ナツミのお陰で‥死ななかったよ。
私は大丈夫だよ。‥忘れててごめんね。
でも、どんなに言っても、上っ面にしか聞こえなかっただろう。
俺は‥。
どうやってこれからナツミの信用を取り戻して行ったらいいんだろう。
‥ナツミ。
俺は、‥どうしょうもない臆病者だ。
弱虫で、‥弱くって。
‥でも、ナツミに会いたい。
次に会った時が、俺の死ぬとき‥にならない為には、戦い方をマスターして、対策を練らないといけないって思ってるのに、‥上手く行っている気がしない。
魔力だけは、誰よりもあるのに‥本当に情けない。
馬鹿にしているの?! 戦う気なんてない‥
って言われた。
そんなはずはないし、‥戦いたくもない。
でも
戦うしか、戦って勝つしか、‥仕方が無いんだろう。
勝って無理矢理でも、話を聞いてもらって、どんなに時間がかかっても、‥時間をかけて話をしなければいけないんだろう。
勝とう。
逃げてたって、仕方が無い。
魔力を貯めずに、使うだけのここにいたって、仕方が無い。
負けるのが分かっていて、あっちに帰るのは‥無謀だけど、ここで、魔力の枯渇を気にしながら地道な訓練をしていても仕方が無い。
俺は‥勝つしかないんだ。




