41.根無し草
俺が戦うのは、誰かを傷つける為じゃなくて、自衛。
そう考えたら、本当にすっきりした。
だって、‥戦うって考えが本当にない。
平和なこの国にどっぷりつかってるんだもの。
自衛かあ。
「やっぱり、『金属で何でも止めるチートなスキル』の練習だな」
心の中でそう決意して、午後からの仕事の為に気持ちを切り替えた。
パソコンの前に座って、ふと指についたままだったプルタブを抜こうとしたが‥
‥おお、プルタブ取れない。
そういうことって割とあるが‥物が物だ。
いい年した男が、プルタブを指にはめているってどうだ。
『止める』っていうからには、手に力を集めなくちゃいけない‥。中指・薬指の方が手の中心って感じがする。そんな理由で取り敢えず薬指にはめたんだけど‥。
おかしいな。抜けない。
「聖、なに遊んでんだよ」
国見に笑われ、中川さんには
「しょぼい婚約指輪ですか? 」
ってとんでもないこと言われた。
‥その発想‥!
結局会社にいる間、そのプルタブが指から外れることは無かった。
国見が引っ張っても、中川さんが石鹸を付けてくれても、それは取れなかった。
佐藤さんにだけは‥見つからないようにした。
‥何言われるかわからん。
「なんとなく、‥でももう少しで取れそうな気が‥」
で、現在夕食を母さんが用意してくれている間も、俺はうんうん唸りながらプルタブと格闘していた。
‥おかしい、どう考えてもおかしい。プルタブと俺の指の間には隙間もあるはずだのに‥おかしい。
「ったくもう。明日になったら、何だったのっていう感じでぽろっと取れるわよ」
台所で母さんの声がする。
‥無責任なことを‥。
「っっよ! 」
そう思った瞬間、急に頭を上げてしまった。
プルタブを引っこ抜こうと込めた力全部込めて、だ。
「聖! 急に頭を上げないで~!! 」
母さんが叫んだのが聞こえた。
あ、母さんに当たっちゃった。で、母さんが持ってた皿が母さんの手から離れて、俺に‥
降ってくるはずだったのに‥?
母さんが持ってたコロッケは、
「コロッケ‥」
俺を綺麗に避けて、俺の横に着地した。続いて、皿が着地する。
同じく、俺を避けて、だ。とん、と軽い音がして、まさに、着地する。
「ああ‥」
その途端、プルタブがぱん、と綺麗に割れた。
金属で何でも止めるチートなスキル
‥そうか、プルタブで止められるのは、この程度のものなのか。
ボールは、プルタブでは止められなかったってことだったのか。
あの時は、ボールの力に負けて、プルタブが割れた。それでも、‥多少なりとも軽減されていたのかもしれない。
「なるほど‥ねえ‥.」
「ヒジリ、あんた大丈夫なの?! 」
母さんが慌てて俺を見たけれど、俺は、ただ割れたプルタブをじっと見つめていた。
この前も、(ある意味)‥成功してたってわけか。
多分、プルタブだったから駄目だったってこと。
金属によって、止められるもの(強さ? )が違う。
多分、この仮説は間違っていない。
「大丈夫‥」
俯いたまま母さんに答えた俺は、顔が自然ににやけるのを堪えることはできなかった。
大丈夫だ‥、寧ろ‥
寧ろ希望が一つ生まれた‥。
「ふうん、成程ねえ」
あの後すぐミチルから連絡を貰って、今はミチルの例のアパートにいる。
いつもは直ぐにスキルの練習をするのだが、ヒジリは先に今日の話を聞いてもらった。
何か、スキルの練習の参考になるかもしれないって思ったからだ。
ミチルにハーブティーをいれてもらって、サイドテーブルに向かい合って座る。
一つしかないクッションをミチルは俺の為に譲ってくれ、断るのも何なので、お尻の後ろに置いてもたれるように座っている。
ミチルはベッドにもたれるように座っている様だ。
この部屋に、すっかり慣れてしまった自分が居て、‥ちょっと複雑な感じがする。
先生であるミチルに全面的に時間を合わせる。でも‥どうしても、合わない時は断ったりも、する。
俺から、「会いたい」とかいうのは、勿論だけどない。
一度だけ練習中に12時になってしまって、‥ミチルを俺がベットに寝かしつけたことがあった。恋人とかじゃないから、合い鍵を貰っているわけではない。だから施錠も出来なかったし、‥何も言わずに帰るのもなんかはばかられて、朝までミチルの傍に座ってた。
この頃は、あっち(sideB)に帰っていない。
スキルの特訓ができるまで帰る気もない。
今のまま、ナツミと戦っても勝率はゼロだ‥。
‥我ながらかっこ悪い‥。
そんなことを考えながら、ミチルのベッドサイドに座っていたら、朝が来たらしく、ミチルが目を覚ました。
ミチルと目が合って、
‥しまった、ちょっと引くわな。と思って、
つい
「‥おかえり? 」
おはようっていうのも、変かなと思って、でも何となく頓珍漢なこと言った俺に、
ミチルはふわっと‥それこそ花が咲くように笑って
「朝、目が覚めるのが嬉しいって、初めて思った」
って言った。
思わず血液がどうにかなったのか、って程顔に集まってきて、‥焦った。
こんなに、今まで生きてきて、人に喜ばれたことがあっただろうか? って思った。
嬉しいっていうより、‥ただ恥ずかしくって、何でだろう、凄くミチルの事愛しいって思った。
俺は、気が付かないうちにミチルの事好きになったのだろうか? って思ったけど、‥ミチルと別れて会社でコーヒーを飲んで、吉川の仏頂面見てたら、
‥ああそうか、あれって、眠らない総てのリバーシの憧れだ。
って気付いた。
「朝起きて誰かがいる。そういうの、いいよね。憧れる。‥愛する人の体温を感じながら、まどろんでみたい。でもさ、‥よっぽど信用した相手しか、同じベッドで寝ることなんて出来ないよ。‥寝てる間は、それこそ、その人に命を預けることになる。だけど、‥寧ろ、その愛する人の命を自分は守ることが出来ないっていうのが‥嫌だね」
いつもより、一割増色気のある表情で「アダルティ」なこと言った色男なミチルにちょっとドン引きしながら、
「ふうん、‥俺は、そういうのじゃなくて‥、もっとささやかなんだけどさ‥朝「あと、5分‥」って布団の暖かさをかみしめたり、‥そういうのしてみたい。‥俺たちは‥「春眠暁を覚えず」も知らないし「二度寝の幸せ」も知らないんだもんね」
俺も、概ね同意の姿勢を示した。
そんな俺たちのことを、ラルシュが
「そういうものなんだねぇ」
なんて感心した様な顔で見て、何度か頷いてた。
そんなある日の何気ない会話を、ふと思い出した。
‥生憎、アダルトな事情は俺たちの間にはあり得ないが、‥同類として、喜んでもらえたのは、‥まあ、いい事した‥かな‥。
何となく、納得した。
「根無し草じゃないって、こんなにうれしいことだった思わなかった」
あの時のことを、時々思い出しては、嬉しそうに口にするミチルには‥ちょっと‥重いかなあ‥なんて思ってしまった‥り?
ミチルは、自分のことを時々、根無し草って言う。
「sideAとsideB、どっちにも属さない根無し草」
って。
あっち(sideB)に行って、もしかしたら、こっち(sideA)に帰ってこれないかもしれない。
こっち(sideA)の身体が、帰ってきたら‥『無くなっている』かもしれない。
そして、それはどちらにしても死とイコールなのだ。
「自分の意識を伴わない間の身体は、‥一番危うくって、心配の種でしかないよ。例えば、sideBにいる間にこっちの身体が消滅でもしたら、俺はずっと本体をなくして、さまようことになるね。逆に、sideBで精神が死ねば、‥sidAに残ったこの身体は植物状態になり、やがて死ぬ。昔、ヒジリがそうなりそうになった時があるだろ」
あっちでの死は、‥こっちで単純に『目覚めることのない突然死』を表し、こっちでの死は、‥もっと悲惨だ。
火事やその他何らかの原因でもって、こっちの身体が滅んでいたら、‥あっちの世界から帰って来た精神は、帰るべき身体を失っている。行き場のない精神は、‥そう長くは持たない。
「安心して‥、ただ変わらない毎日がが愛おしいって‥思える生活さえできたら、‥俺はそれだけで幸せだと思う。当たり前の幸せを‥望んで止まないんだ。昔はそんなこと思わなかったから、‥年を取ったなって思う。思えば、昔は怖いもの知らずだったんだろうね。家には誰かいて、‥俺の空の身体を預けることになんの躊躇もなかった。ミチルは「一度寝てしまったら、起きない子だから」って笑われておしまい、だ。ただ、あっちの世界が面白かった。ラルシュが毎日いたわけじゃないけど、時々は起きてて、一緒に遊んだり、ただヒジリが起きるのを待って‥眺めてたり」
ふふ、と笑うミチルには‥ちょっと引いたけど‥何となく言ってることは分かった。
リバースの孤独は、‥自覚してしまうと、本当に深いものだから。
「いつか、そんな人が現れたらいいな」
だけど、俺にはミチルを励ますことしか‥できないんだ。
‥いつからかな、欲が出た。普通の人が羨ましいって、妬む気持ちが産まれた。愛する人を、子供をその腕に抱いて眠る人を‥ただ、羨ましいって思った‥
ミチルは、目の前で必死にスキルと格闘しているヒジリを見ながらそんなことを考えていた。
髪を短く切って、男の様に振舞うヒジリ。だけど、ミチルにとってヒジリはいつだって、初めて会った時と同様に、眠り姫の様に眠る美しい少女だった。
20歳を過ぎているとは思えない、幼さの残る顔だち。艶のある美しい白い肌。ハニーブラウンの柔らかい髪。黄緑の宝石みたいな目。何もかもが儚くって、綺麗なヒジリ。
そんな彼女が、彼女を害する者の為に、強くなろうと努力している。
俺が守ってやりたい。‥でも、きっとできないんだろうと思う。俺は、あっちの出身でもないし、戦闘系は不向きだ。
逃げ切れるなら、逃げてしまえばいいのに。
‥でも、彼女はそれを許さないだろうし、それを勧めた俺を軽蔑するだろう。
彼女に嫌われるのは、嫌だ。
きっと、故郷であるsideBも捨てられないだろう。
俺は、‥sideB出身じゃないから、‥愛する人が出来たら、‥きっとsideBを捨てるだろう。
今度こそは、って思ってかっては、合い鍵を渡したりする相手もいた。
「朝は、5時以降にしかこない。夜中の12時には帰って」
初めに必ず約束をする。
‥そのうちどうでもよくなるだろう。そう思っても‥信用できるって俺が思えるまで、‥この約束は絶対だ。
だけど、俺が「もういいか」って思うより先に、‥俺が信じた彼女たちは、俺の約束を「忘れて」しまう。12時前に、‥最後は追い出すように‥帰ってもらった彼女たちを見て、俺の恋は一気に冷めてしまう。
目が覚めた時に、「‥つついてもさすっても起きない」って膨れ面をする彼女を見た時も、‥同様だ。
いつか、もっと信用できるようになったら言うから‥そう思ってるのに。
‥誰かと付き合っても、未練たらしくsideBが捨てられなかったのは‥でも俺が一番彼女たちの事信用出来てなかったのだろう。
「ヒジリ。ずっと俺の傍に居て。俺は、ヒジリの為ならあっちの世界に住んでもいい‥sideB出身のヒジリは本来ならあっちでしか生きられないから。‥だけど、今ヒジリはここにいる。問題がある様にも思えない。‥あっちに帰らないでも、ヒジリは‥ただ生きてるだけなら、そう魔力も消費しない。だから、こっちで一緒に住もう。俺は、‥もう、根無し草ではいたくない‥。そして、ヒジリも根無し草のままではいさせない。
俺なら、同じリバースの俺なら、ヒジリに寂しい想いなんてさせない‥」
その想いは、でも、まだヒジリには言えない。




