4.無意識の天才に追い付けないんです。
「‥夢か‥」
とか、べたなセリフ‥勿論言ったってしょうがないんだけど、口に出して言ってみた。
もう、あっちの世界でこの身体を作れないんじゃ‥だって今までは、意識して作ってたわけじゃない、この身体こそが全てだと思いこんでいる頭が身体に命令を出し、俺の意識とは無関係に作り出していたに過ぎない。
だけど意識したら、‥できないかもしれない。
なんてことはない。
普通に「作る」ことが出来た。
あれだ、意識することなく呼吸をしていたが、水の中に入り、「ああそうか、空気があるから呼吸ってできてたんだ‥! 」って気づく、その状態で、「大丈夫です、水の中でも呼吸できますよ」って言われら‥「え! ‥今までどうやって呼吸ってしてたっけ?? 」ってなるだろう。
頭の中で「無理だろ」「どうやるんだっけ?? 」って思ってると、身体も一緒に「え!? どうだっけ、どうするんだっけ?? 」ってなるだろう‥
ってそう思ってたけど、
どうやら、そうでもないみたい。
意識とかじゃなくて、できるんだ。
自然に。
それほど俺のこの頭は、この身体を「自然に」作る習慣がついてるってことだ。
何かを新たに作り出したって感覚は無い。
ミチルが間違えていて、実はあっちの俺こそが幻影で、こっちの俺が本体なのか? それとも、‥よっぽど俺が、「自然に」当たり前にこの幻影を作って、「維持」しているのか。
‥答えは、両親に聞けば分かるだろう。
兎に角家に帰るのが先だ。
思わず頭を抱え込む俺に
「おはよ~」
なんて、すっかり充電終了なこっちバージョンのミチルが身体を起こす。
イケメン笑顔が眩しい。ちょっと髪の毛に寝癖がついてる。
さっきのミチルにはなかった、寝癖。
‥こっちは、「起きました」って感じだな。
あっちのミチルよりは、色が若干暗めの、‥そう、昨日の夜に会ったオリーブの髪と目の色をした男。
こっちの世界がミチルの世界で、あっちには出稼ぎに行っているっていってたから、「起きた」で間違いないんだろう。
でも、俺は‥。
あの後、眠りについたのはあっちバージョン‥つまり眠り姫である俺だ。
あっちが主体だのに、昼間ずっとあっちで寝てるって‥、どんな日中逆転生活だ。
幸い両親もあっちの人間だから、折をみて家族で帰った方が良いのかもしれない。‥今度、あっちの自分のことを誰かほかの人に聞いてみよう。
とか言いながら‥まあ、このままでいいならこのままいようかなあ。なんて‥。
両親のことを思ったら帰った方がいいんだろう。何ていっても、両親にとっては、あっちの方が住み慣れてるわけだしね。
‥俺は、別にどっちでもいい。
思った以上に俺はどっちの世界にも思い入れは無い。
そもそも、あっちの俺は何故眠っていたんだろうか。
何故、ここで住んでいたんだろうか。
「眠り姫だろ? 悪い魔女に魔法をかけられたからに決まってるじゃないか」
ビジネスホテルに備え付けてあるアメニティで歯を磨き、
「シャワー先に借りるね」
なんてバスルームに消えようとするミチルを捕まえる。
「‥こともなげに変なことをさらっと言うなよ‥」
「そこらへんは知らないよ。‥大方、御両親がそれは知ってるんじゃないかな? 帰って聞いてみたら? 」
‥そりゃ、そうだ!
父さんたちが、俺をこっちに連れて来てくれたんだもんな! ‥慣れない土地で、俺を‥。
そういや‥戸籍どうしたんだろ。
さっきから、ミチルがバスルームをあからさまにガン見しているが、‥もう一つ!!
これだけ聞かせてもらったら、解放するし、なんならもう会わないで全然大丈夫だから!
「戸籍? 王子が用意したんじゃないかな? 時々、あっちからこっちに移住する人もいるから、そういう手続きは結構慣れたもんだろうと思うよ。‥で、俺‥、仕事に遅れるんだけど、シャワー行かせてもらっていい? 」
仕事!
その一言にはっとした。
そうだ、今日‥俺も仕事‥。
サーと血の気が引くのが分かった。
「ああ、ごめん。‥ああ、仕事。俺も行かないと‥」
‥何となく、週末みたいな感覚だった‥。
そう、今日は金曜日だった。今日一日働かないと、週末は来ない‥。
ミチルが頷く。
「ここ、駅の近くだから、あんたもシャワー浴びて朝食を食べる時間位はあると思う。会社は駅から遠いの? 」
俺は首を振る。
ミチルは頷くと、ホテルの備え付けのメモ帳を一枚ちぎり、名前と携帯番号をさらさらと書いて俺に渡した。
「あ、これ。俺の連絡先。電話に出れるときは、出るようにするから」
仕事中以外、
あっちに行っているとき以外。
頷いた俺を、ミチルが見ていたかどうかは分からない。
「先に借りるね。‥すぐ出て来るから」
ミチルはそのままバスルームに消えた。
一人ぽつん、と部屋に残された俺は、ミチルをそのまま待つ気にもなれず、サイドテーブルに置かれた宿泊料金表を見て、一人分の料金をミチルの携帯電話の横に置いた。
先に帰ります。
と一応のメモ書きも添えた。
お世話になりました。って書くのは違うだろう。別に俺はお世話になってはいない。しかも、これから先もお世話になる気もない。
ありがとうございました。
もおかしい。
そもそも、俺は巻き込まれただけだ。
俺の真実が分かったわけだけど、‥俺は別に知りたくはなかった。
そのまま携帯で職場に電話を入れ、体調が悪いので今日は休ませてほしい、という旨を伝える。
‥とてもじゃないが、仕事に行ける気はしなかった。
「あら! あんた‥昨日どうしてたのよ」
母さんは、真っ白な顔をして俺を見た。
一晩中起きていたのだろう。‥心配させてしまった。
ああ、あの後実は聞いたんだけど、
リバーシの親はリバーシではないらしい。リバーシからリバーシが産まれる確率なんて、それこそ、宇宙のなかにおける砂粒程の確率すらないらしい。
リバーシ自体が珍しい存在だから。
俺も、俺の両親はリバーシじゃないと、何となくわかる。
じゃないと、こっち側で俺をサポートしながら生きようなんて思わない。‥それに、無理だ。
「‥ブレスレットがない‥」
母さんの目が、俺の手首に向けられている。
俺は、ゆっくりと頷く
「母さん、俺‥。あっちの世界に行ってきた‥」