22.子供の頃のリバーシはかなり孤独な様だ。
自分を見てくれる人がいる。
その理由だけで、ここに来ていたんじゃないか。
特にここ最近は、そう。
両親のこともあるけど、俺は‥。
「ヒジリ? どうかした? 」
眉を寄せて俺の顔を見降ろしているのは、ミチル。
ここ数日は(「ここでの俺」が起きたりとか色々あったからね)通常の仕事をしていなかったようなんだけど、俺が落ち着いたことを確認して、元の仕事に戻っているようだ。
だから、前ほど頻繁にベッドで寝ている俺を見に来ることはない。
「具合でも悪い? それとも、何か悩み事? 」
ラルシュもそうだ。前みたいにずっと付きっきりってわけではなくなった。
ラルシュは‥、実際「普通に暮らしている」から、この時間は本来寝ている時間だ。
リバーシみたいに寝なくていいわけではない。(どうやら、ラルシュはリバーシじゃないようだ)
俺のこと心配して見に来てくれるが、お願いだから身体に悪いし、睡眠をとってほしい。
俺は、起きない方が良かったんだ。否、起きなくても、迷惑を掛け続けた。
早く、誰の世話にもならずに俺の身体を俺だけで養えるようにしなければ‥。
まずは、いつまでも寝ていられないから、この頃では、ベットから起き上がって壁づたいに移動したりと歩く練習をしている。この頃は、リハビリの先生が来てくれて、リハビリをしてくれるから、自主練習にしても「無理なく」「効率いい」方法が分かってきた。本当に感謝だ。
それにしても、「思うように体が動かせない」という事に対する焦燥感や、ストレスは半端ない。
自主練はほどほどに‥っていわれても、気持ちだけは先に先に‥って焦る。
だけど、身体は動かない。
動かし方は分かる。だけど、いつも通り足を出しても、気持ちばっかりで、足は絡まって前のめりに倒れる。
床に倒れて、大きな音がしたら、人が来てしまうから、布団をクッション代わりに床に敷いて、練習する。
布団の上に倒れこんで、また立ち上がって、その繰り返し。
人間っていいうのは、本当に「意志」だけで動いているわけではない。という事がわかる。
時々、足を捻ってしまいベットの足を背もたれに床に座り込んで、天井を見上げた時、何ともいえない様な情けなさや寂しさ、苦しさを感じることがある。
こんなに悲しいなら、あっちの世界でだけ暮らした方がいいんじゃないか? って思う。でも、‥両親のことを考えたら、簡単には決断できないし、根性なしが逃げてるって‥誰かに思われるのも嫌だ。否、人なんて関係はない。‥自分が何よりそう思ってしまうだろう。
何より‥今まで俺を守ってくれたラルシュにそんなこと言うのは気が引ける。
でも、気が引けるとかそんな理由で選択すべきじゃないってことは分かる。
俺の人生の話だ。
今の状況やら、誰かを理由にして考えるようなことじゃない。
動けるようになってから、その選択の答えを出すべきだって思う。
だから、‥例え、すぐ結果が出なくて、もどかしくっても、俺は、ずっと前を向いて逃げずに進んでいくしかない。
「こっちに住むか、あっちで住むか‥生活拠点をどっちに置くか迷っている」
そのことを相談したのは、ミチルだった。
ミチルはあっち出身だけど、同じリバーシだから相談する相手として一番正しい気がする。
「‥ヒジリに何ができるか、だよな。俺と同じように知識の供給だったら、夜にこっちにくるだけで構わないけど、‥例えば、聖女だとか、昼間にこっちにいた方がいい仕事をするんだったら、こっちに拠点を置いた方がいい。昼間その肉体が寝ているんだったら、‥意味が無いからね。そうなると、こっちだけに住んであっちに12時以降もいかない、って選択肢になるだろう。
それこそ、こっちで結婚して、こっちで暮らすって選択肢だ」
ミチルの意見に、ゴツンと頭を殴られるような衝撃を感じた。
‥こっちに住むかあっちに住むか
って選択肢の前に、
俺が、どう過ごしていくべきかってこと。
こっちに暮らすかあっちに暮らすか決めてから職業や暮らし方を模索していこうと思ってた俺にとっては、‥まさに寝耳に水だった。
でも、‥そりゃそうだよな‥。
それにしても‥
「結婚‥。リバーシにとって結婚なんて無関係だと思ってた」
「‥一生リバーシとして、二つの世界を行き来する人は、‥そういない。結婚は、どっちかの世界を選択させる一番多い理由の一つじゃないかな」
他は‥さっき言ったように仕事の関係だろう。
「ミチルもそんなこと考えたことあるの? 」
「結婚ねぇ‥。今はまだ考えたことないねぇ」
「‥ふうん‥」
確かに、ミチルと結婚って言葉はあんまりぴんと来ない。
きっと、優しく気配りのできるミチルなら、結婚しても相手と仲良く暮らしていけるだろうし、相手を幸せに出来るだろう。俺は、ミチルの部屋で飲んだハーブティーを思い出した。
お洒落で、リラックスできる。
でも、‥なんでだろう。
家庭的とは、対極なところにある、ミチルの部屋。
それは、そのままミチルを思わせる。
ミチルの傍は安心できる。でも、ミチルと共にいる未来は想像できない。それは、きっと俺だけじゃない。
誰も、ミチルの隣にずっといることはきっと、‥ない。
ミチルはそれを望まない。
立ち寄る誰かをリラックスさせて、くつろがせる。
まるで、お洒落なカフェテリアみたいな、ミチル。
「ミチルはずっとこのまま? 」
「そうだね。今は‥そう思ってる」
あっちで住む。
こっちで住む。
あっちに住んで、こっちに夜だけ来る。
「ミチルは‥いつからこっちに来たの? 」
俺は、ミチルの顔を見た。
「いつから‥いつの間にかとしか言えないねぇ」
「いつの間にか? 」
「あっちに住んでるリバーシは皆そんな感じみたいだよ」
‥俺は、ミチルに「連れてこられた」でも、‥そんな人間は稀だろう。
誰か見つけ出す人間がいるのかな、と思ったら、‥まさか、自ら来ていたとは‥。しかも、「いつの間にか」らしい。結構みんな「そんな感じ」らしい。
「どんな感じ? 」
ミチルが首を傾げる。
‥すみません、答えにくい質問をしました。
「初めは‥もっとも、いつが初めかはわかんないんだけど‥、多分物心ついたころだろうねぇ。夢を見たんだと‥思ってるんだよ。子供の自分は。実際は、リバーシの意識はずっと起きてるから、夢なんて見ないんだけどね」
「うん」
「ただ、この夢よく見るよな。って‥。同じ夢なわけじゃないよ。この夢のこの場所、‥良くここの夢見るって。で、友達とかに聞いたら「それ、前世で住んでたとこじゃね? 」っとか言われるんだ。前世とかって信じないっつの」
「はは」
‥そういえば、俺はそんなこともなかった。
‥こっちでの俺がずっと眠っていたからだろう。
「前世とか‥信じないし、しかも、そこの世界は、妙にはっきりしている。だから、俺は今度はそこの住民と話そうって思った」
「成程‥」
「でもさ、‥いつも、その世界は夜なんだ。今なら、その理由も分かるんだけど、昔は分かんないわけじゃない。‥で、真っ暗なこの世界をうろうろしてるうちに心細くなって、いつもみたいに目をつぶってじっとしてたら、夜は明けて、元通りの世界に戻れるって座り込んだとき、目の前の一軒だけ明かりのついた家からさ、優しいおばあさんが出てきて、俺を家に招き入れてくれて、俺にココアを入れてくれたんだ。‥嬉しかった。砂漠で水を貰ったってあんな気持ちだと思う」
‥そんな大げさなものでもない気はする。
精々、迷子になってお店の人が「大丈夫よ、社内放送してあげるわね」って言ってくれて、ほっとしたってレベルじゃないか??
「‥なに、その「オーバーな」って顔。‥あっち出身のリバーシは‥さっきいったよね‥「寝ない」って。だから、逃げ道がないし、寝て起きたら、頭スッキリとかないんだ。8時間なりずっと、孤独に膝を抱えなくちゃいけないんだ。物心ついてからずっと、だ」
俺は、はっとした。
8時間ずっと、一人、しかも、「あっちの世界」ではないところで‥。
「でも、‥ミチルに意識が無くても、ミチルがこっちに来てることをこっちの人間は今までも知ってたってことは無いの? 」
「それだよ。‥ここの人は俺たちみたいな人間が偶にいることを、よく認識してるんだよ。そんなにいない、でも、そういう人間は、いるってことをね。だから、いつ現れるかもしれない「そういう人間」を受け入れる人間として、各地に出張所が設置されているんだ。24時間あかりをつけて、「受け入れ人」を常駐させてね‥この場合、絶対におばあさんが設置されてるみたいだよ‥おばあさんが一番安心できるから‥かねえ」
「‥一大プロジェクトだね」
「そうさ。‥逆に、そこまでしておかないといけない事案なんだ」
「反対勢力にリバーシが奪われるといけないから? 」
ミチルが頷く。
「で、俺はそのパターン通りに、こっちの人間に保護されて、‥もっとも、当時はおばあさんはそんなことは言わないよ「大丈夫だよ。夜になってこっちに来たら、ばあちゃんを訪ねておいで」って言っただけだね」
「ふうむ」
「次の時、そこを訪ねた時にはラルシュがいたんだ。キラキラした目をしてさ「同じくらいの年だね! 私と友達になってくれないか? 」って。聞いてるんだけど、その目がさ、‥期待にキラキラし過ぎてさ、これは断る選択肢とかないんだろうな、って感じで」
「はは! 同じ年位の遊び相手いなかったんだろうね」
そんなに昔からの友達だったんだ。
俺は、ナツミのことを思い出した。
ナツミと俺も幼馴染だった。
「それからはさ。夜が来るのが怖くなくなった」
ふわり、と自然に微笑んで、ミチルが言った。
俺も微笑んでミチルの話を聞いていた。
‥ミチルの安心が、容易に想像できたから‥
「砂漠で水を貰った‥かあ」
ぽつりと俺が呟くと
ミチルが頷く。
「そんな時さ。夜、ラルシュを訪ねたら、ベッドに君が寝てたんだ」
「‥‥‥」
俺‥お邪魔だったですね。すみません。
「ラルシュがさ、「この子もリバーシなんだよ。こっち出身だから、夜になってもあっちの世界に強制的に飛ばされるってことは無いけど、君と一緒で、ずっと寝ないから、僕とは違って、夜中君と遊べるね」って」
「ん? ってことは、ラルシュは‥」
やっぱり、時々は夜は寝てたの?
聞こうと思ったことは伝わったのだろう。
「そりゃ、子供が12時以降ずっと起きてるなんて、普通は無理だよ」
と、ミチルはさも当たり前の様に言った。
‥そりゃそうか‥。
「まあ、それはそうと‥。ラルシュの言葉を聞いた俺は「ホント! この子いつ起きるの? 」って聞いたね。そりゃあ、きっとあの時のラルシュみたいに目をキラキラさせてたと思うね。でも」
「‥‥‥」
‥でも、起きなかった。
「毎日、そりゃあ毎日見に来たよ。ヒジリは起きなかったけど」
「‥‥‥」
「毎日毎日、顔を覗き込んだ。時には、ずっと横に座ってた。‥何ていっても、時間は5時間延々とあるわけだから」
「‥‥‥」
‥やめて、見ないで。5時間。
「あっちの世界に帰って、日常生活を送っていても、考えるのは君の事だ。クラスメイトが俺に告白してくれても、君程綺麗な子はいなかったから、‥どうしても、付き合う気にはなれなかった。‥今思えば初恋だったんだよね」
にっこりと、こっちを見るのは止めて頂きたい。
‥今までは、寂しい子供の話をしていたような気がするんですが‥。
今の話は、「え? 何。重いよ‥」って感じなんだけど。ちょっと、気持ち悪いんですが‥。
「うん‥そう‥なんだ‥」
「そう気付いたらもう、君の事起こしたくって、‥もしかしたら、あっちの世界に居るのかもって思い始めた」
いい笑顔で、にこにこと、なんだか物騒な‥いや、物騒ではないのか‥なんだか‥
重い想いを告白するミチルに、俺はもはや目を合わせることはできなかった。
「‥‥‥」
「あの時、‥だから、あの時、君を見つけた時は、じっとなんてしていられなかった」
‥真剣な顔で俺を見つめないでください。
「あ、ミチル。来てたんだね。ヒジリ、具合はどう? 」
‥ナイス!!
ラルシュいいところに!
「ありがとうございます。‥、ミチルにミチルの子供の頃の話を聞いていました。‥ラルシュ様の話も」
俺は、ラルシュに目線を合わせ、にっこり微笑んだ。
「え? 何か恥ずかしいな。ふふ、だからヒジリは真っ赤な顔してるんだね。ミチルは、ヒジリのことが昔から大好きだったから。「この子はきっと目が覚めたらすっごく綺麗だから、ラルシュはこの子をお嫁さんにしたらいいよ」って言ってた。ふふ、子供の頃は、私もそんな気になってたなあ」
「‥‥‥」
ラルシュが言った言葉の内容には、ちょっと眉を顰めかけたが、
その口調は、まるで「大根が今日は安かったよ」位さっぱりしていた。
普段から、色気過多なミチルと違い、同じイケメンでもラルシュはあっさりしている。
そうだ、ミチルは、誰も横に置く気なんてないくせに、‥思わせぶりに色気を振りまく。香りだったり、色気‥色だったり。そうか‥ミチルカフェテリアは‥ミツバチ‥人‥を呼び寄せる、魅惑の花。
‥俺が女だったら、ふらっと来たのかも知らん。危ない危ない。絶対、ナツミには会わせられないね!!
「今でも俺はそうしたらいいのに、って思ってるよ。目が覚めたヒジリはやっぱり美人だったし、結構面白そうだし。‥ちょっと、男っぽくなってるけど」
そう言って俺を見て笑うミチルの目は
‥さっきみたいな、とろけるような‥何かうっとりと熱を含んだ目ではなかって
俺は、‥ほっとしたんだ。




