21.視線と言葉の重さ
「俺のことも、見ない振りするなよ。さっき、聖は気付いたんだよな? 俺の気持ち。それで、聖も俺の気持ち見ない振りしようとしたよな? 」
珍しく、吉川がふっと‥笑った。
俺のこと、揶揄って。
俺がさっき
‥思うように扱ってくれたらいい。‥見ない振りされるのって、キツイ
って言ったから、じゃあ
俺の気持ちに気付いたんなら、その気持ちを気付かなかった振りするなって。
かっと、顔に血がのぼった。
その、吉川らしくない言葉に
‥俺を真っ直ぐ見つめる視線に。
そんな、常にない吉川の視線に耐え切れず、聖はつい、目を逸らす。
吉川の、こんな視線、俺は知らない。
熱のこもったものじゃ、ない。だけど、あったかい、‥見守る様な視線。
それに‥好きって‥。
‥お前、言わないつもりじゃなかったのかよ‥。
そんな、キャラじゃないじゃん‥。
吉川も‥俺も。
「う‥」
俺は俯いて、
「うん‥」
ごにょごにょと返事をした。
何て言ったらいいんだか、分からないし、目を合わせ返すことも出来ない。
ここが、騒がしい店内だって忘れる位、俺の耳には俺の心臓の音しか聞こえてこなかった。
‥はずなのに
「‥この話は終わりだ。あんなこと言ったけど、俺も実際、どういう目で聖をみているんだか、自分でも分からない。一緒に映画に行きたいとかじゃ‥ないと‥思う。ただ、「ただの同僚」で、あの男に泣かされる聖を見てるだけしかできない関係は嫌だって‥思った」
っていう吉川の声を、俺の耳は拾った。
俺は頭をまだ上げることはできなかった。
顔を真っ赤にして俯いてる俺に、吉川は小さくため息をついて
ふっと、吉川は今度はもっとはっきり笑った。
‥分からないのは本当だ。
それを、はっきりさせたいけど、今あからさまに困ってる聖をこれ以上追い詰めるのは後々いいことにはならないだろう。
吉川の笑いは、自分の想いを言葉に出来ない自分に対する自嘲と、目の前で困ってる聖に対する苦笑だった。
困らせたいわけじゃないんだ。
でも、はっきりと「最後通知」も、聞きたくない。
聖が好きなのは、「あの男」かもしれない。
だけど、そのことを聖に教えてやる気はさらさらない。
意識だってさせたくない。
普段だったら、何でも「分かる」のが好きで、「分からないこと」も誤魔化しも、先延ばしも嫌いだ。
でも、このことは‥どうやらそう単純なことでもないらしい。
結果を聞いて、「そうか」で納得できる気がしない。
はっきりと断られるのも、「気持ち悪い」って言われるのも、答えを急がせて困らせて気まずくなるのも、今までと同じように付き合えなくなるのも、嫌だ。
嫌われるくらいなら、困らせる位なら
今まで通りの方がいい。
それならば‥。
‥俺は、ズルい。
吉川は、もう一度、今度は長く息をはいた。
困っていたのは、吉川だけじゃない。
聖もだ
聖は、鈍いけど、人の好意が分からない程、薄情じゃない。
この場合の好意っていうのは、
吉川がどうやら、さっきの「告白」の「答え」を自分の為に、先延ばしにしてくれたらしい、ってこと。
なんでも「はっきり」が好きな吉川が。自分の為に「分からない」って言葉で、話を終わらせようとしているってこと。
悪い。
俺は‥ズルい。
とは思う。だけど‥
「ただの同僚って感じでは‥今までもなかっただろ。同期で、いろいろなこと一緒に乗り越えて来たわけだしな」
ズルい俺は、その吉川の好意に乗っかって、ちゃっかり話を無理やり変えた。
‥結構、いろいろいっぱいいっぱいだったんだ。‥もう、勘弁してくれぇ!
って、‥逃げさせてもらった。
「色々あったのは、聖だけだ。俺は、順風満帆だった」
にやり、と吉川が意地の悪い笑いを「作る」
「俺はお前と違って、女受けするような顔してないから、女がお前を取り合って、挙句、上司が面倒を嫌がって、お前を本社から離れたここに送った。‥俺は、まあいうならば、お前のとばっちりだ。あの時、お前の仕事のペアなんて組んでたのが運の尽きだった」
「‥へえへえ。そりゃあ悪かったねぇ」
俺も、呆れた様な顔を「作る」
なんだか、「白々しい会話」だったんだけど、‥思えば、こんなに吉川と話したのって久し振りだ。
白々しかろうと、お互いが心の中で何か違うことを思っていたとしても、‥この時間がなにか貴重で、愛おしい。
この時間を、壊したくない。
この関係を、崩したくない。
‥俺は、ズルい。
恋愛だとか、「特別」だとか。
そんな言葉を誰もが意識しなかったら、人はきっともっと平和に暮らせる。
そう思う。それだけだ。別に吉川が嫌いなわけでも、外に別の誰かが好きなわけでもない。
誰かが誰かを想い、そのかげで、悲しむ誰かがいる。それが恋愛だ。
‥傷つけられるのも、傷つくのも、嫌だ。
俺を取り合った子たちは‥、俺のせいで悲しんだ。
会社に居ずらくなったかもしれない。‥そんなことなかったら、あの子たちは友達になれてたかもしれない。
「‥俺はね、でも、あのオフィスが好きなんだ。だから、皆と仲良くしたいって思ってる。何より、‥吉川に嫌われてるわけでなくて、ほっとした」
しみじみと口にする。
これは、本心だ。
特別は要らない。でも、‥無関心は嫌だ。
「別に奴の目なんて気にならないけどなあ。仕事に関係ないし」
吉川は、通りかかった店員に冷酒をもう一本頼み、俺は今度はウーロン茶を頼んだ。
‥吉川は、強い。
俺は、‥そんなこと思えない。
俺は、拗ねたみたいに、口をちょっと尖らせた。
「なるでしょ。せっかく、この地球で、同じ時代に産まれ、一緒に暮らしてきてるんだからさ。出来れば、みんな仲良くしたい‥だけじゃなくて、お互いのこと、知っていきたい。無関心は、‥嫌だ。思いやりも、思い出の共有も、友情も、関心の先にあるわけだしさ」
もちろん、愛情も。
だけど
言わなかった。
俺って、ほんと自分勝手だ。
こんなことだけは、‥こんな想いを抱いてることだけは、気付いて欲しくないって思う。
俺のことわかってほしい。
でも、都合の悪いことは気付かれたくない。
「そんなもんかねぇ」
吉川が、納得しきれない様な何とも言えない顔をしている。
ふふ、と聖は笑う。
と、
「悪い。時間だ」
俺は、店員を呼んで会計を済ませた。
「ここまでの分は、今日は俺のおごり。ごめんな。俺が誘ったのに、最後まで一緒できなくて」
眉を寄せて聖が謝った。
吉川は、軽く首を振る。
「え? ああ、いい。これ飲んだら俺も帰る」
聖が頷いて、最後に目を細めて微笑むと、そのまま店を後にした。
「時間、かあ」
ぼそり、と吉川が呟き
容器に僅かに残った冷酒を煽った。
聖が完全に見えなくなってから、今まで聖が座っていた場所を見る。
12時にになったら、帰らなくちゃならないなんて‥、まるでシンデレラじゃないか。
不意にうかんだ考えに、笑えて来た。
シンデレラなんて、
30間近の男が言うセリフか。
「俺はおかしい‥」
いつもなら、冷酒だって外では一本しか呑まない。弱いわけではないが、羽目を外したら困る。万が一でも、そんなことがあったら‥、って思う。だから、呑み過ぎないようにって「一本まで」って決めている。
‥だけど、今日はいつもより呑みたかった。
本当に今日の俺はおかしい。




