20.ヒジリの扱い
前半、吉川視点です。
この頃の聖はおかしい。
‥今日なんか俺、どう考えても、あからさまに! おかしいのに、皆誰も何も言わなかったじゃないか! 俺のことなんて、誰も見てないってことだよね!?
あんなに感情を表に出す聖は今まで見たことがない。
いつもより、若干高い声。だったような気もする。‥そう言われれば、だ。
言われなかったら気が付かなかった。
それが、あからさまに違うって程の違いかどうだかは分からない。
背も、俺と並んだ時、ちょっと‥若干俺より小さかったか? いつもは、同じくらい‥だよな?
そう思って、今日の聖をいつもより注意して見ているんだけど、変わったようには見えない。
「‥なんだよ、吉川。俺の顔見て固まるなよ‥言いたいことあるなら言えよ‥」
不機嫌そうな聖の顔と目が合う。
浅黄色みたいな瞳。艶のある明るい茶色の髪。外国人みたいに白い‥触ったら冷たい様な気がする陶器みたいな肌。男にしては、若干華奢な肩。長い手脚。触ったら刺さりそうなくらい骨ばった指だとか、水が溜まりそうなくらいくぼんだ鎖骨だとか。
女性らしい要素なんてどこにもない、整った顔した男。
だのに、俺は、昨日‥。
突如浮かんだ思いを頭を振って振り払う。
‥思えば、こんなに聖の顔をしみじみ見たことがないかもしれない。
物珍しい容貌の聖に人が集まって(※他の部署に今はいる同期の社員のことだ)好き勝手なことを言って、不安げで、所在なさげな聖を見た時、話しかけて「普通の人」と同じように接してあげるのが、親切だって思ってた。
俺は、そんなこと気にしないって、他の奴らとは違うって、‥アピールしてた。
ってことなんだろうって思う。‥今となっては分からないんだけど。
俺は、大したことない人間だ。
聖のこと『認める』と、『見ない振り』は当たり前だけど違う。
「‥今日は、何か違うのか? 」
俺はすれ違おうとしている聖を見上げて、視線を合わせて聞いた。
「違わない。‥もういいよ。変なこと言って悪かった。あの時は、俺は変だった」
吉川の目を見て、はっきりとした口調で言った。
昨日の俺は、確かに本当におかしかった。
‥何って、見た目が。
性別とか。
ホント、バレないはずないって思ったのに。それだけ、皆は俺のことなんて見ていない。
そのまま視線を前に戻して吉川の横を通り過ぎようとしたら
「誰も見てないわけじゃない‥」
吉川の、驚く程真剣な声に、思わず再び吉川を見た。
吉川は、もう俺の方を向いてはいなかった。
「へ? 」
気のせいだったか?
吉川は、俺と目を合わせずに、‥でもどうやら俺に話しかけているらしいことが分かった。
「俺や‥多分皆、聖の扱いに困ってる」
聖の
って言った。
間違いなく俺の話を、俺にしているんだろう。
「扱い? 誰の? 」
俺は、吉川の隣の席に座る。
「お前の」
やっぱり、吉川は俺を見ない。
俺は、こうなったらこっちを向くまで見てやろう‥と、吉川の横顔を見続けた。
完璧、嫌がらせだ。
見られていると分かっているだろう、吉川は俺を見ない。
これは、意地を張ってるんだろう。
「児嶋さん、吉川さん。喧嘩ですか? ‥そこ、私の席なんで‥いいでしょうか? 」
こうなったら、こっちも意地だ、と吉川を見続ける俺と、さっきから手は動いていないが、俺を絶対に見ない吉川。
そんな変な俺たちに、‥女子社員の中川さんの反応は冷たい。
‥何やってるんですか?
って、しらっとしたような響きが声にもにじみ出ている。
「あ‥! ごめん、中川さん。じゃあ、吉川。今日、終業後にちょっと時間貰えないか? 」
慌てて席を立って、中川さんに謝ると、中川さんは、ふふ、と「全く何やってるんだか」っていつもの調子にもどってた。
吉川は、中川さんも見ていない。
吉川は、そういえば、誰も見ない。
「分かった」
話しかけられても、‥そういえば、いつでも、誰に対してもこんな風だったな。
特別扱いされなくて、拗ねてるのは、‥俺だったかもしれない。
そう気づくと、恥ずかしくって、吉川に会うのもやめたくなったけど、吉川が「行くぞ」と終業後迎えに来たから、仕方が無い。
「言ってみただけ」
って誤魔化せる雰囲気ではなさそうだ‥。
「あれ、どういう意味だよ‥」
吉川は冷(冷酒)、俺はウーロンハイで乾杯する。
おとおしの枝豆をつまんでいた吉川が、店員を見かけて注文をする。
冷や奴と、焼き鳥、油あげのあぶったもの、シシャモ。
焼き鳥屋だのに、ちょっと居酒屋みたいなメニューをそろえていて、具合がいい。
「どういう意味って? 」
吉川が俺を見た。
久し振りに、って感じがしたけど、そういえば、会社で一度目が合った。
マニア一押しの「お洒落なメガネ」の向こうは、一重のすっとした切れ長の目。ホステスさん一押しの「すべすべの肌」はニキビなんて出来たこともなさそう。堅そうな髪の毛は、こまめに切りにいっているんだろう、いつも同じ長さだ。
吉川とは、同期入社で、けっこう付き合いも長い。
「俺や‥多分皆、聖の扱いに困ってるって、吉川、今日言ってた、あれってどういう意味だ? 」
「そのままだ。皆は良く分からないけど、少なくとも俺は、お前の扱いに困ってる」
店員が出来上が上がった皿を持って席にやってきて、吉川がそれを俺の皿に取り分けてくれる。
そういえば、吉川って、ナチュラルに「気配りさん」だったな。
俺も、‥見習おう。
せめて、油あげを分けようと思って、油あげに手を伸ばしたら、危うく吉川の冷酒をこぼしそうになり「俺がするから、何もするな」と呆れた様な顔をされた。
「なんで扱いに困るんだよ! 普通に職場の仲間として扱ってくれよ! そんなに、仕事できないか?! そんなに気を遣わせるほどか?! 」
‥油あげひとつ取り分けられなかったタイミングでこれをいうのも、恥ずかしいが、‥仕事は普通に出来てるはずだ。
吉川がふう、とため息をついて、
「違う。‥皆はお前がなんでだか分からないが、男だと扱っていいのか、女だと扱っていいのか‥分からないんだ」
少し躊躇した後、ぽつり、とさっきより小声で言った。
「はあ!? 」
俺は、眉を寄せて吉川を見た。
‥確かに、昨日は女だったけど、それは、昨日だけの話だ。
吉川は、以前から俺のこと「性別不祥」だって思ってたってことか?!
吉川は、表情も口調も変えないまま
「聖は、自分の事を男だといい、男としてあの会社に入って来たし、実際に男なんだろうって思う。だけど、絶対トイレで会うこともないし、泊りがけの社員旅行にも参加しない。‥男なんだか確証が持てないんだ、正直。それに、‥時々、ホントに時々、お前のことが女に見えることがある。昨日なんか‥女にしか見えなかった‥。だから、俺は‥」
最後は、少し苦しそうに、俯いた。
「!! 」
‥そんな昔から?
俺は衝撃の事実に、しばし声が出なかった。
水を貰って、水を口にふくむと、やっとからからの喉が潤った。
「皆も‥って言ってたよな。皆もそうなのか? 」
たぶんな、と吉川が呟いて頷く。
「空気読まない佐藤さんだけは、思ったまま言ってるけどな」
‥で、周りがフォローと。
もう一口水を口に含む。
「俺は、男だ。戸籍もそうなってるし、今まで自分が男じゃないと思ったことは無い。‥トイレは、‥他の奴と並んでするのが苦手だし、何より家でも座ってしかしないから、立ってする習慣がないだけだ」
それに、‥今まで女に間違えられたこともない。
女の子みたいな服も着たこともないし、女の子みたいな仕草は極力してこなかった。
だって、母さんに「男の子でしょ? 」って言われてきたから‥。
子供の頃は、だ。大きくなってからは、そう言われないようになった
「仕方ないのかもしれないわねぇ‥」
って、困ったように、でもちょっと嬉しそうに俺を見ていることが時々あった。
あっちの世界の俺を見た時、その意味が分かった。
男の子として暮らさせても、やっぱり女の子だから、女の子っぽい仕草が自然と出るのも「仕方ないのかもしれない」ってことだって。だから、母さんは「嬉しそうだった」んだって。
言葉を失って、俯く。
吉川が俺を振り向いたのが、でも、空気で分かった。
「だけど、‥そんなことどうでもいい。俺はお前が‥! 」
吉川の苦しそうな声。
絞り出すような、心の声。
こんな‥熱のこもった吉川の声を‥視線を俺は知らない。
「‥吉川? 」
俺は、そろりと顔をあげて吉川を見る。
「! 俺の気持ちは、お前には聞かせてやらない! お前には関係が無いからな! だけど、お前が知らない男に泣かされるのは、我慢ならない。‥そんなお前の姿見たくない。お前は男なんだろう? じゃあ、いつもみたいに「俺は男です」って顔でどーんと構えてろよ。妙に、弱みなんか他の奴に見せるなよ! 俺の‥理性を無駄にしないでくれ‥! 」
怒る様な口調。
苦し気な、表情。
吉川の気持ちは、いくら俺が鈍いって言ったって、分かった。
「吉川‥」
何て言えばいいか分からない。
「俺は、誰も好きじゃない」?
いやいやいや。吉川は俺のこと、一言も好きだなんて「言っていない」。
それに、吉川は言った。「お前に関係がない」。多分、吉川は、俺の気持ちをききたいんじゃない。
「‥ありがとう。そうだな。らしくなかったな。‥ってか、勘違いするなよ。あの時泣きそうだったのは、ミチル‥あの時前に居た男で、俺じゃない。慰めてただけだ。‥ちょっと感情移入はしそうになったけど」
「あの男の気持ちが分かったのか? 」
「誰にも自分を見てもらえない、って気持ち。それはそのまんま自分にも言えてて、なんか泣けてきた。だけど、‥まさか、気を遣われて、取り扱いに困られていたとは思わなかった」
「やめた方がいいか? 」
「うん。別に思うように扱ってくれたらいい。‥見ない振りされるのって、キツイ」
「‥じゃあ、お前の事、好きだって言っても? 」
「‥‥」
‥お前、言わないつもりじゃなかったのかよ‥。
そういうことに慣れない俺は、答えに窮して、苦笑いするしかできなかった。




