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リバーシ!  作者: 大野 大樹
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19.ミチル

「落ち着け‥大丈夫だから‥。あの子も俺を見てかっとなって、言っちゃっただけじゃないか‥。お前の事信じてないとかじゃない‥。お前の事好きだから、不安になるって言ってた。だから、‥大丈夫だから」

 腕を背中に回し、なるだけ静かな口調で言った。

 俺はそう背も大きくない。腕やら肩も逞しいとは言えない。それでも、華奢な女の子だったら、きっと腕の中にすっぽり収まるのに、‥ミチルだとそうはいかなかった。

 大の男のミチルをぎゅって抱きしめるわけにはいかない。(この身長差だったら、ぎゅっと抱きしめるというより、ぎゅっと抱き着いてるみたいになってしまう‥それは、何か違う)

 友人の距離のハグをするには、俺のこの身体‥この腕は短くって、辛うじて背中で指が組めるくらい、

 俺の腕に収まり切れてないミチルが、所在なげにちょっと目を泳がせ、その後、そろそろといった感じで俺を見下ろした。

「ヒジリ‥」

 ふっと、ミチルの目に俺が映る。

 でも、映ってるだけ。俺の方を向いた、ただそれだけ。

 ミチルの視線は感じたが、俺は目線を上げなかった。

 ミチルとこの距離で見つめ合うのは、照れる。

「俺さ、今日、この格好で会社に行ったんだ。だって、会社に行くしかないわけだし、これが会社に行く俺の服だし。‥でもさ、誰も気付いてくれないんだ。俺がいつもと違うってことに」

 俺は俯いたまま、ぽつり、と言った。

「結局、俺のことなんて誰も気にしてないんだろうなあって思った。ショックだった。‥自分だけ、何を言われるかって身構えたりなんかして‥かっこ悪いよ‥」

 不安なのは、ミチルだけじゃないって言おうと思ったはずなのに、でも自分が思った以上に自嘲的な口調が出てしまい、ちょっと自分でも驚いた。

「ヒジリ‥? 」

 俺を見下ろすミチルにも、ちょっと動揺が見られる。

 ‥俺は何をやってるんだ‥。

 だから、背中に回した手を離し、意識してにこっと笑うと、わざと勢いよくミチルを見上げた。

「だけど、ミチルは俺のこと、どっちの俺のことも、認めて‥見てくれる。ミチルはいい奴だな! 」

 明るい声を心がけて言うと、もう一度笑ってみせた。

 目の前のミチルはぽかん、としている。

「いや、はは‥、何言ってるんだろ。‥そんな話じゃなくて‥。何言いたいのかわかんない」

 俺は、ごにょごにょ言いながら、誤魔化す。そうそう、今は俺の話じゃない‥ミチルの話だ。

 しんみりさせてどうする。

 男同士の友情っぽいことしようとしたはずなのに、‥今の俺のこの腕が思った以上に短くて動揺したのがいけなかった。‥ちょっと、ミチルの背中が安心するな。なんて‥思ってしまったのがまずかった。

 ‥って俺、何言ってんだ???

「ええと‥とにかく、あの子はちゃんとミチルの事好きだってことだ。‥信じてくれないじゃなくて、お前が信じてやれよ。まずさ‥。ああ、ごめんな。この身体だから、腕とか身長が足りなくて、ミチルの背中ポンポンしてやれなかった。せめて、こっちでいつもつかってる身体だったら‥でも、まあ実は、あの身体もそんなに大きくないからな‥ラルシュだったら、ポンポンできたのにな」

 慰めるって、思ったより難しいみたいだ。

 ミチルの事、付き合いこそは短いけど、そこそこお世話になってるから、力になりたいって思ったのに‥。俺って役立たずだ。

 しゅんとなっていると、俺の頭の上で

「‥何言ってんだよ、気色悪い。俺は、男にポンポンしてもらう趣味は無い」

 ミチルの呆れた様な声が聞こえてきた。

 いつもの、皮肉っぽい、ちょっと人を揶揄ったような声。

 ちょっと元気になった、のかな? 

「‥舐めるな。こんなナリしてるけど、俺は男だぞ? 」

 俺はくいっと顔をあげて、精一杯怒った顔をした。

 だけど、この怒った顔。周りからは「怖くない」「迫力まるでない」「小さな犬が、一生懸命牙をむいているって感じ」と不評だ。

 だが、‥いつもより怒っている分、ちょっとは迫力があるだろう。

 それを見たミチルの微妙な顔。

 ‥どういう意味だあ!!

「‥俺は、ヒジリの事男だと思ったことなんてないけど」

 ‥お? 顔じゃなくって、さっきの俺の発言の内容? 

 ‥男だと思ったことなんてないって?

「え? 」

 俺は、その真意をミチルの表情に読み取ろうと、ミチルの顔を見たが、ミチルはどうやら、あまり表情に感情が出ないタイプみたいだ。

 そうね、だから、さっき落ち込んで見えたのが、珍しくって、‥心がぎゅうってなったんだよ。

 そんな顔するなよ、いつもみたい笑ってろよ、って。

 ‥いや、いつも笑ってるわけでないな。ミチルのテンプレはあの「人を食ったようなアルカイックスマイル」だ。‥いや、そうでもないな。

 時々、ホントに優しく笑う。

 そんな笑顔は、いいなって思う。いつもそうしてたらいいのに、って。ミチルの事、いつもそんな笑顔をにさせてやれる人間の一人に俺も成れたらいいのに、って思う。

 だから、‥ミチルには悲しんでほしくない。

 俺は、ミチルを見て、

 ミチルも、俺と視線を合わせる。

「あっちでのヒジリを知ってるってのが大きいんだけど、‥でも、あっちのヒジリを知らなくても‥俺はヒジリの事女の子だって思ったって気がする」

 ふっと微笑んだ。

 その笑顔が優しくて、

 オリーブの瞳が本当にもう、泣きそうなくらい優しくって綺麗で

「どうして? 」

 俺は動揺したんだ。

 動揺して、俺は自分の表情がどうなってるかまで、把握できなかった。

 視線を合わせているミチルの瞳が驚いたように見開かれ、

 気遣う様に、ミチルが俺の肩に手を回す。

「ヒジリお前、どうしたんだ? 泣いてるのか? さっきも、何か言ってたし。‥会社で何かあったのか? 」

 首を傾け、俺の目を覗き込んで、ミチルが心配そうに聞く、

 そんな顔されると、

「いいんだ。俺のことは、‥会社なんて仕事をしに行くところで、そこで俺が‥俺を見てる人が誰もいなくたって、そんなことどうでもいいんだ」

 俺はなんでだか、言うつもりもない様なことを口にしてしまっていた。

 ‥想いが関を切ったみたいに溢れ出て来る、

「どうでもいいっていいながら、‥じゃあなんでヒジリは泣きそうなんだよ‥」

「泣きそう? 俺が? 」

 俺は、ぼうっとミチルを見上げた。

 その時

「聖! 」

 俺の後ろから、酷く焦った様な声が響いた。

「吉川」

 俺は、我に返って一気に定まった視点で、声の主を見る。

「お前どうしたんだよ! その人誰だ?! 」

 吉川は、らしくなく焦ったように、俺に間を詰めてきて、俺の腕を強引に引っ張った。

「友達だけど‥? 」

 焦る吉川に、俺は、理解が追い付かない。

 ‥なんでここに吉川が。っていうか、なんで吉川は

 怒って、ミチルを睨みつけてるんだろう? 

 ああ、そうか、俺が泣いてるから、虐められたと思ったのか。

 ‥そもそも、俺が誰のせいで落ち込んでると思ってんだ。

 そう思ったら、一気に腹が立ってきた。

「ミチルは何も悪くない! 悪いのは寧ろ、吉川たちじゃないか! 」

「え? 俺、たち? 」

 吉川は俺を見て、きょとんとした顔になる。

「ああ。ええと、ヒジリは、会社の人が誰も自分を見てくれないと拗ねてるみたいです」

 吉川を睨み付けて何も言わない俺の代わりに、ミチルが吉川に説明をした。

 が、そのことに吉川は気を悪くしたようだった。

 ミチルをもう一度、きっと睨み上げて‥

 そう、吉川はミチルよりだいぶ背が小さい様だ。

 元の俺と同じくらいだから、170そこそこって感じかな。ってことは、今の俺は、元の俺より10センチほど小さいってことか。160そこそこって感じかな。

 そうなると、ミチルって180位あるってことか‥。

 羨ましいなあ。

 背の違いがそのまま、足の長さの違いって感じも憎らしいぞ! 

 いやいや。話が脱線した。

 吉川はミチルを睨みつけると、俺の方に向きかえって

「は!? 何言ってんだ?! お前は! 俺たちがいつ! 」

 なんていいながら、噛みつくみたいに、怒ってる。

 俺は、ムカッと来た。

「だって、今日なんか俺、どう考えても、あからさまに! おかしいのに、皆誰も何も言わなかったじゃないか! 俺のことなんて、誰も見てないってことだよね!? 」

 何怒ってんだ。吉川たちが悪いんじゃないか! 逆ギレか!?

 そもそも、何で俺が泣いてたら、吉川が怒るんだよ。関係ないじゃないか。

 しかも、泣いてるのに、怒られるってどういうことだ。意味が分からん! 

 ‥ホントに意味わからんな。

 慰めるならまだしも、怒るってどうだよ‥。なんのスパルタだ‥。

 そんなこと考えたら、ふっと正気に戻った。

 吉川‥そんなことする為にここに来て、わざわざミチルに喧嘩売ったわけ? ‥いうけど、そんなひょろいナリしてるけど、ミチル、魔法みたいなの使うよ。結構容赦ないよ。俺なんて、一回眠らされたもん。起きられない程‥。肉体と精神眠らされてたら、それ、下手したら死ぬ奴だからね。

 ‥ミチルを怒らせるのは止めた方がいい。

 俺が、何ともいえない様な表情で吉川を見ていると

「‥っ何を言ってんだ! 皆は‥俺も‥距離を取りかねてるんだろ?! 」

 にわかに顔を真っ赤にした吉川が叫ぶみたいに言った。

「はあ!? 」

 考えもよらなかった吉川の言葉に、俺は吉川に改めて視線を合わせる。

 吉川の顔がもっと赤くなった瞬間

「悪い! ええと、そこの君‥。話を中断して悪い! ‥ヒジリ、時間だ」

 ミチルが時計をはめた腕を俺の前に突き出した。

「あ! ああ、そうか‥!! じゃあ、吉川! また明日な! 」

 ‥今日の身体は、いつもとは違う。この身体は、基本が「あっち」のものだ。

 12時になったら、多分強制的にあっちに帰るかもしれない。

 母さんたちみたいに、こっちに本拠地を一時的に移しているのとは違う。「この身体」自体の本拠地は、今のところあっちだ。今回は咄嗟に‥つい焦ってこの身体ごと来てしまった。もしかしたら、12時を超えてもここにいることは可能かもしれないが、あくまでも仮定だ。

 急に、皆の目の前で消えたら‥シャレにならない。

「じゃあ。すみません! 」

 ミチルは焦って、自分の家の方に、

 俺は、ミチルと同じ方向にいくわけにはいかないから、とにかく

 ミチルと別の方向の、人のいない場所を探して、咄嗟に駆け出す。

「聖!? お前、急にどうしたんだよ!? 時間って?! 」

 追ってくる吉川を躱して、俺はビルとビルの間に咄嗟に飛び込み、

 えい!

 と、勢いよく目をつぶった。

 ふわりといつもの黄色の光が俺を包む感覚。あったかくなるような‥感覚。

「え? 聖? 」

 やっと追い付いた吉川が、ビルの間に着いた時には、ヒジリは跡形もなく消え去った後だった。

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