18.イケメンのお決まり、繊細なメンタル。
コーヒーを淹れる音。
サイフォン式のコーヒーメーカからいい匂いが漂ってくる。コポコポという音が静かな店内に、ちょっと意外なくらい響く。
気が付けば、この頃よく行っている行って駅前の喫茶店。駅前だというのに、「隠れ家」みたいな感じ、薄暗くって、落ち着ける。物静かなオーナーが立って、グラスを磨いている。流れている音楽は、ジャズだろうか。
何もかもが、大人って感じがする。
落ち着いてて、洗礼されてて、ここはどこかミチルの部屋に似ている。
ここに来て初めて白熱電球以外の電球の価値を知った。(先輩には今更か! って呆れられるかな)
「‥そうそう俺のこと、信じて、見ててくれる人なんていない」
らしくない自嘲的な笑みを浮かべているのは、
朝も会った、イケメン、ミチルだ。
俺が、「あの子に謝りたい、お前も一緒に来て誤解を解け」ってここに来させた。
で、まだ来ないあの子をコーヒーを飲みながら待ってる間、ぽつり、とミチルが漏らした一言が、さっきのあれだ。
「‥何言ってるんだよ」
俺はため息をつく。
‥イケメンってのは、そもそもメンタルが弱い人が多い気がする。
そして、それが似合うし、女子も弱ってるイケメンには冷たくしないから、‥結果、イケメンは強くなる機会を失われる。
明るいわけでも、面白いこと言うわけでもない。
時々優しい言葉をかければ、「優しい~」って惚れられ、時々ため息をつけば「アンニュイ‥」「綺麗‥」。
俺みたいな普通の人間からしたら、そういうのって、ズルいね!
そんなんでも、人が離れて行かないんだから、全くもってイケメンは得をしてる。ズルい。
だけど、そんなので引き寄せられるのも、女の子(一部の男もそうかもしれない‥)だけで、俺なんか、さっきから「ああ、もう‥鬱陶しいなあ」って思い始めてる。‥、冷たいのかね‥。
「‥ところで、ヒジリ。なんでスーツ着てるの? 全くもって変なんだけど。‥あのワンピース脱げだの? 」
俺の願いが通じたのか、ミチルが話を変えてくれた。
っていうか、‥嬉しい‥。今まで、「絶対わざとだろ」っていう位、スルーされてきたから。
「気付いてくれたんだね!! 」
ってつい感動してしまった俺に、ミチルが不審そうな顔を向ける。
「‥気付くって‥。当たり前だけど‥。もう、違和感しかないけど‥」
「会社の皆は全然気づいてくれなくてさ~。いやあ、嬉しいよ。‥そうだよ。人なんて、他人のことなんかそう見てないよ」
今度は俺が、ブラックになっちゃうところだった‥
‥んだけど‥。人には厳しいイケメン・ミチルの「はいはい、引き籠らない引き籠らない」っていう、冷めた言葉にて強制終了。
「そりゃそうと、ワンピースがなんだって? 」
「うん。あのワンピース一回着たら、脱げないんだと思ってた。まあ、脱ぐ必要ないし。身体と共に勝手に成長するから」
ミチルが首を傾げて、こともなげにとんでもないこと言うから、俺はあきれ顔で
「‥風呂はどうするんだよ‥」
ため息交じりに言った。
「魔法とか、魔道具で何とかなるじゃん」
と、またさも当たり前の様にミチルが言う。
‥そうか、今までもそうだったんだな‥。
魔法ってホントに便利ですね。
「俺は、そんな日常的に不自由なんてしたかあない‥」
‥だけど、これってそうじゃない?
お風呂ってのは、身体を清潔にする以上に、心をリフレッシュさせるもんですよね? ‥朝に夜に風呂に入ってるあんたに言われるとは思わなんだ‥。
「‥まあ、そうだな。‥で、もういちど確認なんだけど、脱げたんだね。ワンピースは」
「うん。あっさり」
「ああ‥。着てる本人は脱げるんだ」
「さっきから、ミチル‥。あの服ってそう脱げるものでもないんだ? 」
「ああ。そんなはずだったよ? 盗難防止とかの意味なんだろうな。国宝だし」
そういえば、国宝級って言ってたね。
でも
「盗難‥。着てる人が寝込みを襲われないようにとかじゃないんだ」
俺の心配とかじゃないんだ??
「‥寝てる奴どうこうしようとする奴って‥どうかと思う‥」
‥おい、ミチル‥。ドン引きって顔するなよ、あくまで、「そういうこともある」って一つの可能性の話だろう?! 俺がするわけじゃないだろ??
「まあ‥そういうこともあるのかなと‥」
‥変な話するんじゃなかった。
で、きまず~くなってるときに、
「‥やっぱり、ミチル‥」
もっときまず~くなりそうな人、来た。
「ああ! 今朝の! 違います! 違いますって! そういう話じゃあないですよ?! あの、俺! 」
朝の彼女だった。
‥怪しい風に聞こえたかな?? 服を脱ぐとか脱がせるとか‥。いや脱がせるって話はしてないな‥。でも、彼女からしたら誤解するよね??
彼女は俺をじろじろ見て、
「‥どうしてスーツ着てるんですか? ちょっと‥変ですよ‥」
眉をしかめた。
「あ、いやその‥」
知らない、しかも、女の子に言われるダメージは‥計り知れない。
彼女にとって俺は、男じゃない。‥同性に対する容赦ない蔑みの視線に、俺は身体中の血の気が引いていくのを感じた。
「そのスーツ、ミチルのですか? 」
しどもどしている俺に、彼女の言葉は容赦ないし、‥冷たい。
「違います。これは俺のです。ちょっと話を聞いてください‥! 」
俺は、なけなしの気力を振り絞って、彼女に向きなおった。
ふう、とミチルのため息がすぐ横で聞こえた。
「遅かったね」
心なしか、ミチルの声が何だか冷たい。
遅かった? 何のことだろう。と、ちらっとミチルの視線の先を追った。
時計の針は、11時半に近くなっていた。
ああ、‥時間か。
(8時前に来て、今11時半ってどんだけだ‥)
「ミチル‥」
彼女の顔色がさっと引いていくのを感じた。
「あの‥私‥」
すがるような視線を、ミチルに送る。ミチルは、彼女を見はしなかった。
視線を落として、コーヒーと紅茶一杯ずつの伝票を手に席を立つ。
「時間だ。‥話はまた明日でいい? 」
彼女の方を向いて微笑んだけど、視線は彼女を見てはいなかった。
優しい、何だかもの悲しい様な、オリーブの瞳に彼女は映ってはいなかった。
彼女は、泣きそうな顔で立ち尽くしている。
「明日なんて‥」
ふ‥と口元を綻ばせ、ミチルが彼女を見る。
微笑んだままなのに、視線だけは‥今度は、酷く冷たい目に見えた。
「君には、‥もういいことなのかな。‥俺の話、一つとして信じてくれてなかったよね」
「え? ミチル‥? 」
立ち尽くしたままの彼女の目が、ミチルを強く見つめる。
すがる様な視線。
俺は、オロオロして、ミチルと彼女の間に交互に視線を泳がせた。
‥まずい、‥俺のせいで‥。
「今までありがとうね」
ふわり、と悲しそうに‥凄く美しくミチルが微笑んだ。
彼女がその場に言葉もなく崩れ落ちる。
「おい! ミチル! お前何言ってんだ! 」
ミチルに掴み掛る様な勢いで、ミチルを睨んだ俺を、ミチルはぐいっと腕を掴んで引っ張った。
「帰ろう‥」
耳元で聞こえた、ミチルのいつもより低い不機嫌な声に、俺はぞくっとなって、ミチルを睨みつけた。
ミチルは引っ張った俺のことも、見ていない。
スタスタと長い脚で喫茶店の会計を済ませると、そのままマスターに会釈だけして喫茶店から出た。
‥掴まれた腕から、ミチルの怒りや不安‥悲しみみたいなものが全部伝わって来た。
‥!!
「おい! ミチル‥!! 」
女の子になって、若干小さくなった背丈は、ミチルの肩辺りに顔が来る。
自然とミチルと見上げ、‥若干怒りを込めて勢いよく見上げたミチルの顔は‥
不機嫌そうで‥ちょっと泣きそうだった。
「‥っ! ミチル‥! 」
俺は、ミチルの腕を振り払い、ミチルを抱きしめた。




