14.初恋は‥実らないって言うか、大半は、大人に成ったらどうでも良くなることかもしれない。
「それにしても‥。恋愛に淡泊なんだと思ってたヒジリに好きな人がいたなんてなあ。どんな人だったの? 」
くすくすとミチルが笑った。
まだ、一人であっちの世界に渡るのが心配だった俺は、ミチルに頼み込んでミチルのマンションに来ている。
こっち出身のミチルは、こっちが「本拠地」だ。身体を置いて置く「信用できる場所」がいる。
何せ、あっちに行っている間、こっちのミチルは、ただ息をしているだけの「抜け殻」だ。叩かれようが、変な話家が火事になろうが起きられない。
(無防備に)寝ているのを見られないようにしなければいけない。
ミチルも、泊りがけの学校行事なんかは不参加だったらしい。(勿論俺もだ)
さて、ミチルのワンルームマンションは、バストイレ付のこじんまりした2LDKだった。
ドラマで見る様な、イケメンの高級マンションじゃない。
キラキラの飾り食器棚にワイングラスなんか飾ってないし、やたらデカいソファーもない。
窓から夜景なんかも勿論見えない。
シンプルで片付いてて何もないその部屋は、なんだかミチルっぽかった。
寝室もキッチンとダイニングもフローロングだったんだけど、‥設計した人のこだわりなのか、床材がそれぞれ違うものを使われているのが、この殺風景なマンションのたった一つの「お洒落」だった。
後はなんの飾り気もない。照明はダウンライトで、ベッドのところだけ間接照明になっていた。
全体的に薄暗くって(ヒジリ主観)目が悪くなりそうって思った。
俺は、もっと、白熱電球みたいな明るいのが好き。昼光色っていうんだったっけ? その話を先輩にしたら「‥寝室は暗めの方が落ち着けるし、ダイニングは温かみのあるオレンジの方がご飯が美味しそうに見えるんだ」って呆れ顔で諭された。‥難しいもんだ。
改めて、ミチルの部屋を見る。
ガラスのサイドテーブルとベッド。ノートパソコンとメタリックのアースピンクっていうのかな、大人しい感じのピンクのウォーターサーバー。色が珍しかったから、何だか目についた。
ベランダに行ける掃き出し窓についているのは、カーテンじゃなくって、ウットブラインド。
テレビも電子レンジもないけれど、コーヒーサーバーと偉く本格的な感じのミキサーが置いてある。きっと、人参とかジュースに出来る奴だ。‥ジューサーミキサーっていうのかな?
‥飲み物に対するこだわりが凄いな。
きょろきょろと見ていると、ミチルが苦笑しながら、ハーブティーを入れてくれた。
お盆の上に置き、サイドテーブルに置いて、クッションを敷いてくれた。
‥ハーブティーのいい香りがする。
部屋の中も何となく、ラベンダーだろうか、ハーブの匂いがする。
スチームの‥アロマディフューザーかなあ。
イケメンはお洒落だね! そういうのもモテる第一歩ってかんじがする。‥俺も見習わないとな。だけど、親と同居してると、中々こういうこだわりは出来ないよな。‥言い訳だろうか。
「‥何の話してたっけ」
座ると何となく沈黙に耐えられなくなりそうで、口を開いた。
「ヒジリの子供の頃に好きだった人の話」
と、ここで、ミチルが俺のことを「ヒジリ」と呼んでいることに気付いた。
‥いつからだろ。それまでは、「あんた」としか呼ばなかったのに。
やっと、名前を覚えたのかな。‥それはないか。わざわざ「ラルシュの想い人の名前を呼んだら悪い」なんて言ってたしな。‥まあ、いいや。気にしないでおこう。
「‥好きだったとは言ってない。ただ、‥認めてもらいたかったと」
入れてもらったハーブティーを一口口に含む。
ふわり、と優しい香りがした。
‥これ、ブレンドティーだ。そんなに詳しくないから、何が入ってるかわかんないけど。
何が入ってるのか、とか、高位の詮索のスキルを持ってるミチルは例えば食事に行っても原材料だとかそういうのが、分かってしまったりとかするんだろうか。食品添加物はいってるな~とか。‥そういうのって、なんか、‥嫌だ。食事は、もっと「何となく」食べたい‥。
俺がぼんやりとカップを見つめていたからだろうか
「気に入ってるハーブティーの店でブレンドしてもらったんだ。夜だから、カモミールベースにしてみた」
ミチルが説明してくれた。
俺はこくりと頷いた。
うん、何となく、カモミール位はわかる。
「美味しい」
「良かった」
ふわりとミチルが微笑む。
ミチルは色んな顔をする。でも、冷たそうな顔も、今みたいに笑った顔も、全部、人を惹きつけて止まない。
イケメンだからとかじゃない。‥雰囲気そのものが、自然にそうさせる。
「‥あの頃の俺は、何でだか彼に認めてもらいたくて躍起になってたんだ。多分、‥先生はあの人しかいなかったからだろうな」
今となっては、‥何でなんだか、全然分からない。家族にも愛されてたから、愛情に飢えてたってわけでもないと思うんだけど‥。
男前だったか? と言われると、そうではない。‥それこそ、ミチルとどっちが男前かっていう質問したら、百人が百人「ミチル」って言うだろう。ってか、比べるまでもない。
性格が良かったかと言われても、‥覚えている限り、「微妙」としか。
なんせ、彼は、ナツミだけが好きだった。(勿論恋愛感情じゃない。‥確か、あの頃は10にも満たない様な歳だった。そんなのロリコンじゃないか‥)絶対、俺たちのクラスを受け持ってくれた理由は、ナツミがいたからだ。
ナツミがっていうか、珍しい「魔法使い」であるナツミの「魔法」に興味津々だったんだ。
魔法オタクってやつだ。
ってなわけだから、
「ふうん‥先生なんだ。男、だよね? ‥だけど、どうでもいい奴なら認められたいとも、自分より好かれている幼馴染に嫉妬したりなんかもしないよな」
そんな穏やかな顔で言われても、ホント、困る。
生温かい恋バナとかじゃ、絶対にない。
「‥あの時の自分の気持ちなんて、今じゃよくわかんないよ‥子供だったから‥としか言えないね」
俺は、ふっと苦笑いに近い笑いを浮かべてしまった。
その微妙な感じがミチルに伝わったのか、
「ふふ、そういうのはあるね。初恋は実らないっていうけど、‥実らせる必要もないものも多いよね。結構、気のせいも多いかも、って感じだよね」
ミチルも微妙な笑顔で俺を見た。
‥にしても。
「‥ミチルに初恋って言葉似合わないね」
「‥ヒジリは俺の事どういう風に見てるんだ」
ちょっと怒った様な、面白がってるような‥シニカルな笑顔を俺に向け、ミチルが
「時間だ。俺は、ベッドに横になるけど、ヒジリは、そのまま「あっちに行きたい」って念じるだけでいい」
ふっと笑いを引っ込めた。
俺は頷いて、目を軽く閉じた。




