6話
翌日の朝。
アラタは、左腕を柔らかい感触に包まれて目を覚ました。
体に違和感を覚えつつ、左手を動かそうとすると、
「⋯⋯んぁ⋯⋯アラタ⋯⋯さん⋯⋯ぁぅ⋯⋯」
悩ましい声が聞こえて、アラタの意識は一気に覚醒した。
声の方を向くと、アラタの左腕にシュテンが、一糸纏わぬ姿で抱きついていた。
そしてアラタは、違和感の原因に気がついてしまった。シュテン同様、アラタも全裸だったのだ。
(え、ちょっ、まっ、えぇ? 昨日のオレに何が起きたってんだ⋯⋯?)
アラタの記憶は、宴の途中から殆ど欠けていた。思い出そうとするが、酷い頭痛のせいで上手く思い出せない。それでもなんとか記憶を辿って行き、宴が終わった後、シュテンと二人で彼女の家に行き、全裸でベッドに入ったところまで思い出した。
(やっぱりいたしてしまったのかオレ!? というか殆ど記憶がないとか最低じゃねぇか!?)
アラタが一人で頭を抱えていると、シュテンも目を覚ました。
シュテンはベッドの上に座りながら、目をコシコシと擦り、少し赤くなった顔でアラタに笑顔を向けた。
「おはようございます、アラタさん。昨夜は、その⋯⋯いっぱい愛してくれて、ありがとう、ございました」
前半はハッキリと、後半は恥ずかしさからか小さな声で。
「あぁ、うん。おはよう、シュテン。こちらこそ、本当に、オレなんかでよかったのか?」
アラタが少し言葉を詰まらせながら、さも覚えているかのように答え、尋ねると、シュテンはその笑顔を曇らせた。その瞳には涙まで浮かんでいる。
「私は、アラタさんで良かったと、思います⋯⋯。でも、やっぱり、アラタさんは私なんか、嫌、でしたよね⋯⋯。お酒で酔わせて、なんて⋯⋯ごめんなさい」
シュテンは今にも消え入りそうな声でそうこぼした。
アラタだって、色々と旺盛なお年頃だし、シュテンは小さいが美人だ。アラタには不満などあるはずもなかった。
記憶が残っていないのは残念に思うが。
「シュテン、待って、ストーップ、フリーズ! シュテンは、全然〝なんか〟じゃないから! 酔ってたのだって、飲みすぎたオレが悪いわけだし。兎に角一旦落ち着いて!」
アラタが必死に慰めると、シュテンは、ぽつりぽつりと話し出した。
「私、この島の外の部族から縁談が来てて、断りきれそうもなかったんです」
「そんなある日、森でゴブリンに襲われて。殺されるかもしれない⋯⋯ううん、もっと酷い事されるかもしれないってところで、アラタさんに助けていただきました」
「最初は驚いて逃げてしまいました。けど、後になってアラタさんの事ばかり考えてしまって。あぁ、私はこの人の事が好きなんだなって、思いました」
「だから、好きでもない人なんかと一緒になるくらいならこの人とって思って、思いきってお風呂に押しかけたり、その、ぇっちなことしたり」
これを聞いたアラタは、
(う〜ん⋯⋯この娘は思い込みが激しいタイプなのだろうか。しといてなんだけど、それって吊り橋効果とかその他もろもろの影響でそう思い込んでるだけなんじゃあ)
アラタが考え込んでいると、シュテンは悲しげに目を伏せた。
嫌われたとでも思っているのだろうか。
アラタは思考を中断すると、
「もう一度言うぞ、シュテン。オレはシュテンのこと、嫌いじゃないぜ? でもな、もう一回よ〜く考えてみてくれ。オレたちは昨日出会ったばかりで、まだお互いのことをよく知らない。だからもしかすると、シュテンのその気持ちは勘違いかもしれない。⋯⋯な? もう一回よく考えてみてくれよ。それでも変わらないってんなら、オレも男だ、死ぬ気で責任取るさ」
これを聞いたシュテンは声を荒げた。
自分の大切な気持ちを「勘違いかもしれない」などと言って欲しくはなかった。
自分の想いは本物だと認めて、受け入れて欲しかった。
「なんで勘違いだなんて酷いこと言うんですか!? ⋯⋯私は、アラタさんのことを本気で⋯⋯」
「あぁ、待て、チクショウ。オレだって突然こんな可愛い子に好きだなんて言われて混乱してんだよ。そりゃあ好きか嫌いかで言えば好きだぜ? でもさ、だからこそ後悔して欲しくないんだよ。オレみたいなのなんかのせいで一生を棒に振って欲しくないんだ」
アラタも、不安なのだ。後になって「あの時やめておけばよかった」なんて言われないか、と。彼女にはもっといい人がいるに決まっているじゃないか、と。
その時、バァンッと勢いよく部屋の扉が開かれ、大男が入ってきた。昨日アラタを捕まえた男、シュテンの父、シュラだった。
「少年よ、よく言ったァッ!! 認めようじゃないくぁぷげら!?」
もっとも、シュテンの投げた枕によって即座に廊下に吹き飛ばされたのだが。
◇ ◇ ◇
「え〜、こほん。それでだ、二人に一つ提案があるんだ」
あの後、シャワーを浴び、服を着替えた二人は、ラセツとシュラに呼び出されていた。
アラタが黙って聞いていると、シュテンがシュラに尋ねた。
「提案って何なのお父さん?」
シュラは少しだけ逡巡すると、
「あー、その、なんだ、オレも男だ。アラタくんの言いたいことはよ〜く、分かる。けど、同時に親としてシュテンの気持ちも汲んでやりたい。だからな、二人で一週間ともに過ごしてみると言うのはどうだろうか。それでお互いに確かめ合えばいいと思うんだが」
具体的にはどこでどうやって過ごせばいいのか、と疑問に思ったアラタが問うと、たった今まで沈黙を貫いていたラセツが、
「村の端っこの方に空き家がある。多少古いが掃除すれば、まだまだ十分住めるはずだ。そこを使えばいいだろォさ」
アラタは、それでシュテンが気持ちを確かめられるならいいか、と彼女の方を窺った。
シュテンは非常に乗り気で、まだ決まってもいないのに、待ちきれないといった様子だった。
「わかりました。ただ先に一つ言っておかないといけない事があります。これを言わないのは不誠実だと思うので」
そう。アラタにはまだ彼らに言っていたない事があった。
「オレ、多分この世界の人間じゃないと思うんです」
反応はそれぞれだった。
ラセツは「知ってた」とでも言わんばかりに平然と。
シュラは「へ? ⋯⋯マジで?」と目をパチクリさせている。
肝心のシュテンは「それがどうしたんですか?」と全く気にしていない様子で、不思議そうに、隣に座るアラタを見上げていた。
驚いているのがシュラだけとあって、アラタが呆気に取られていると、ラセツが頰を掻きながら、
「あァ、その、なんだ。ワシは異世界人を見るのは初めて見たわけじゃあねェし、百年に一回くらいの頻度で異世界から勇者を召喚してる国があるぐらいだからよォ、ワシら年寄りからするとマァ見慣れたモンなんだ」
「っ!? その王国の場所を教えてください!!」
アラタは、ラセツに詰め寄った。
「オイオイ、少し落ち着けって。まずはお前さんの事情を教えてくれよ」
それから、アラタはここに至るまでの経緯を話した。
自分が女神によって召喚されたこと。
その途中で黒い裂け目に飲まれてこの森に辿り着いたこと。
それから森で襲われているシュテンを見つけて助けたこと。
その後は皆が知っている通りだ、と。
「なぁ、親父。いいこと思いついたんだが、ちぃと耳かしてくれよ」
「ン? ふむふむ、ふむ⋯⋯。いいなァ、ソレ、採用だ」
何事かを話し合った二人のオッサンはニヤニヤと悪い顔をしてアラタに告げた。
「さっきの提案を受けてくれるなら、一週間後に教えてやる」
もともと断るつもりのなかったアラタは即座にこれを受け入れた。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、アラタとシュテンは空き家に来ていた。
「⋯⋯何というか、随分立派な一軒家だな、ここ」
空き家、と言われてボロい家屋を想像していたアラタだったが、全然そんなことはなかった。
多少掃除をする必要はありそうだが、それだけで、キッチンやトイレ、お風呂があり、部屋もいくつかあった。
何故か寝室にはベッドが一つしかなかったが。
一時間ほどかけて家の掃除を終わらせた二人は、ダイニングで椅子に座って休憩していた。
とはいっても、何もせずぼーっとしている訳ではなく、シュテンは何かを作っている。
アラタは、昨日色々あったため出来ていなかったステータスの確認をする事にした。
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名前 宵月アラタ
種族 人間
職業 戦人
Lv.9(6↑)
HP 339/339(146↑)
MP 1069/1069(464↑)
STR 316(135↑)
VIT 254(109↑)
AGI 295(126↑)
DEX 212(91↑)
INT 233(100↑)
MND 273(116↑)
スキル
武術・時空魔法・無魔法(new)・気配感知・気配遮断・魔力感知・魔力操作・危険察知・理力感知・身体強化・先読・威圧・暗視・物理耐性・毒耐性・言語理解
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・無魔法
無属性の魔法。
使用可能魔法
・魔力弾 ────────────────────────
昨日の追走劇で、随分とレベルが上がっていた。
それに加え、無魔法という新たな魔法まで獲得していた。
思い当たるのは、魔力操作の訓練中に気を抉った魔力の塊。
アレが無魔法なのだとしたら、とアラタは実験を始めた。
コップを手に持ち、それを机の端に移動させるようイメージして魔法を発動させる。
すると、アラタの手にあったコップが消え、机の端に出現した。
アラタが、時空魔法の欄を開いて見てみると、アスポートという魔法が増えていた。
アラタは、実験の成功を喜びながら、次なる魔法の習得を始めた。
その間、シュテンは集中しているのか、まったくアラタに声をかけてこなかったが、アラタにとっては都合が良かった。
最初にアラタは、異世界もののラノベではお約束の、アイテムボックスを習得しようとした。結果、成功したものの、MPを使い果たしてしまって、他に魔法を習得することはできなかった。
MPがなくなってグッタリしているアラタに、シュテンは微笑みながらお茶を差し出した。
「これ、魔力の回復を促進する薬草が使われてるんです。あ、薬草を使ってますけど、味はとっても美味しいんですよ」
「ありがとう、助かるよ」
力なく礼を言ったアラタは、それを一気に呷ると、
「よし! そろそろいい時間だし、昼ご飯を作ろうか!」
仲良く二人がキッチンへ行くと、そこで問題が発生した。
「大変です、アラタさん!! 食材が全然ありません!!」
うーむ、なかなか進まない……。
やっぱりシュテンちゃんはチョロそうですねぇ。
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