十月十五日 谷本直毅
十月十五日 谷本直毅
業界研究会という名の学生団体が二菱商事を招いていたので中林と一緒に行ってきた。話を聞くだけなのにすごく緊張した。やっぱ就活は恋愛と同じだなこりゃ。
プレゼンの内容はまあ普通といった感じ。商社のビジネスモデルとかありきたりなやつね。期待値が高かった分物足りなかったのかもしれん。社員の方が二人来ていたが、一人は新卒採用を仕切ってるエライ人だったから、一番前の席に座っていた俺の判断力はピカイチだ。顔覚えてもらおうと思って瞬き多めにしといた。違和感だろうが何だろうが印象に残れば構わんよ。
その人の話の中に「信・義・智」というのがあった。スクリーンにもでかでかと映し出されてたから、多分大事なんだろう。三綱領というらしいぞ。俺は瞬きするのに必死だったからあんまし覚えてません。でも、漢字見りゃ意味くらいはだいたいわかるよな。
もう一人の社員さんは我が大学の先輩で、二年目の人だった。この人はずっと車の部品の話をしていたんだが、俺はあくびをこらえるのに必死だったよ。一番前の席に陣取っているのを若干後悔した。ほんと、筆舌尽くしがたい程グダグダだったぞ。あとからこの先輩に聞いた話では、前日まで韓国に行っていたらしく、レジュメは帰りの飛行機の中でビール飲みながら作ったんだそうだ。遣っ付け作業にも程がある。母校をもっと大事にしろ。
セミナーの後は場所を移して質問会を開いてくれた。めちゃくちゃ忙しいはずなのに時間を作ってくれる辺りは二菱商事の懐の深さが伺える。社員さん二人に加えて内定者の人も来てたから、かなりフランクな感じで会話ができたぞ。学生も俺を含めて五人しかいなかったから、ほぼ雑談だな。グダグダ社員の人にプレゼンの文句を言ったらば、「言い訳はしないが、文句を言うのは簡単だ。だったら次はお前がプレゼンすればいい」 と一蹴されてしまったよ。先輩、世の中ではそれを逆切れというのです。この人とはプライベートな話ばっかしてたから、後半は敬語使えてたか自信がない。世に咲く少女のスカートの中で活躍していそうな、水玉水色ネクタイがどうしても気になったから、「それは今年の流行ですか?」 と聞いたらば、「彼女からのプレゼントだよ」 と、どす黒い声で返されてしまった。やっちまった、と焦ったんだろうな。「勝負パンツですか?」 と切り返してしまった俺の何と可愛いらしいことよ。勝負ネクタイだよ馬鹿もの、と会話を続けてくれたから首の皮一枚は残っているはずだ。関係ないが、北京ダックはうまいよな。その後はほとんど内定者の人と話してた。俺たちとおなじ経済学部の上野先輩だ。この人がまた面白い人で、最高に楽しかったぞ。人事の人がとなりにいるにもかかわらず、「決め手は金だな」 とチャリンチャリン言ってた辺り、あの人は絶対大物になる。せっかくだから去年の就活がどんなんだったか聞いてみた。かなりためになる話が聞けたから、ここにも書いておいてやるよ。
まずは商社について。この人は五大の筆記全部通ったそうだ。自分が通ったくらいだから筆記は勉強せんでもなんとかなるとか言ってた。しかし、たぶん無勉じゃなんとかならんだろうから、適度に勉強することをお勧めする。やっといて損はないからな。商社では商事と積商から内定をもらったらしい。他の三つは全部面接時間に目が覚めたんだと。寝坊もたいがいにせんと身を滅ぼすぞ。商事は筆記で半分以上さよならで、そのあと三次面接まであるらしい。上野先輩いわく、大切なのは、「自分を信じてやり抜いた経験があるか」 なんだと。面接の時は常に学生二人だったと言ってました。途中で作文書くとも言ってたな。この人は一次面接の時に写真持っていくのを忘れて、こりゃ落ちたな、と思いながら受けていたそうだ。大股開いて相槌だけ打っていたら通ったんだと。先輩いわく、「俺の股ぐらに惚れたんだろう」 なんぞと抜かしておりました。あなたは自分のどこを信じておられるのか。やっぱこの人大物だ。帰りに、待合室にあったジュースを貰って帰ったらしい。くだらんところでちゃっかりしておる。
積商は五大の中で一番筆記が難しいんだと。四次面接まであって、こちらもちゃんと頷いてれば通るとか言ってました。ちなみに諸君。なわきゃないから気を付けろ。そんなんだったら全員内定もらえるわ。面接を通るコツは、長々としゃべらないことらしい。しゃべりすぎるとボロが出るし、わかりにくくなるから端的に答えろとおっしゃってました。あと、一分と指定されたなら必ず一分で話をまとめること。これが意外に大切なんだと。面接官から小難しい話を振られて応えられない時は、正直にわかりませんと言いましょう。先輩は、「わかりません。勉強してきます」 で押し通したそうだ。人間正直が一番一番。自己分析も絶対にやった方がいいと言ってました。面接でしゃべる内容の質が全然よくなるそうだ。この人は、モチベーション曲線とか、自分の行動原理とか、自分の生い立ちにまでさかのぼって分析したそうだ。ちゃんとやることはやっておられるのだよ。上野先輩のアドバイスは積極的に参考にしてもよいと思う。かなり適当っぽいが、たくさん内定ゲットしておられるからな。商社の他にも、メガ三つで三色コンプリート、ハンダイ、京天堂だ。かなりすごいぞ。
帰り際に、人事の人に一番気になる質問をしてみた。「面接で何を見ているのですか」という質問だ。人事の人は少し考えた後、「素を見せてほしい」と言っておられたよ。素を見せてくれんと会社にあってるかどうか判断ができんからだそうだ。面接に来た多くの学生が、結局何が言いたいのか分からない印象を残していくから残念だ、ともおっしゃっていた。あと、来年の採用人数についても聞いてみたが、まだ分からんと言われた。リーメンショックなんかがあったから増えることはないってさ。俺の予想だと、たぶん減るぞ。売り手市場のお祭り騒ぎはもう終わったのだ。俺たちの就活は寒くなりそうな予感。押しくらまんじゅうでもして乗り切ろう。臀部をきれいに磨いとけ。
ところで、最近山井さんの雰囲気が変わった理由がようやく分かりました。化粧品を変えたのですね。女性はちょっとしたことで印象が変わるから、なんだか羨ましいし、素敵だと思います。そもそも山井さんはスッピンからして美人であるから、化粧するのがもったいない。紫外線対策くらいで十分ですぞ。それほど化粧品一つにこだわらなくても大丈夫だと思います。
だから、許してやってください。本人はひどく反省しておるようです。
種類がたくさんありすぎて、どれがどれだかわからなくなったというのが本人談。異国の地での化粧品選び、さぞかし難航したはず。あやつがあなたのためにフィメルに交じって宝探しをしている健気な姿を想像しただけで、俺は視界が滲んできます。間違いは誰にだってあるのです。弘法も筆の誤りというではありませんか。許してやってください。俺からもお願いします。
ところでところで。業務連絡。「クレープの中身は何にする?」 だそうだ。俺はあんこがいいと言っておいた。各々良き案があれば、積極的に発信するように。ここに書いてもいいし、角先輩の耳穴に直通でもいい。でわ。
チャイチャイチャ。