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ビバ☆就活体験記  作者: マナブハジメ
第二章 『自己分析と、他己分析と、ジャイアンムービー』
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十二月十日  田中麻美

 十二月十日  田中麻美


 一昨日の夜、勇気を出して、アルバイト帰りにカラオケに行ってきました。

 先輩と私だけだったけど、繁華街は夜でも人がたくさんいてそんなに怖くなかったです。夜道でも全然暗くないのがすごく心強かったです。でもその割に先輩が入っていったカラオケ屋さんはこじんまりしていて、私はずっと携帯電話を握りしめていました。

店員さんに案内された部屋は、二人でもちょっと狭いかなっていうくらいの広さで、また映画館の時みたいなことされないか不安でした。私は言わなくちゃいけないことだけ手短に伝えて、すぐに帰ろうと思ってたの。だから、「なに歌う?」 って聞いてきた先輩に向かって、私が言いたいことを思い切ってぶつけました。先輩は何も言わずに私の話を聞いていました。

聞き終わると、先輩は煙草に火をつけて、「帰るんだったらワンドリンクくらい飲んでからにしなよ」と言いました。緊張していたのと、大きな声を出してしまったのとで、暑かったから、私はウーロン茶だけ飲んで帰ろうと思いました。言いたいことを言い終えていたので強気だったのかもしれません。とにかく、すごく清々しい気持ちでした。

でも、やっぱり先輩と二人きりで狭い部屋の中にいるのは嫌だったから、私はトイレに行くことにしました。廊下の照明はちょっと暗めだったから、お酒飲んでないのに頭がぼんやりしてきました。トイレの鏡の前で、家に帰ったらすぐに寝よう、なんて考えていると、部屋に置きっぱなしにしてきたバッグのことがすごく心配になってきました。興奮しすぎてそういう細かいことを忘れちゃってたみたいです。

部屋に戻るために廊下を歩いていると、グラスを二つお盆に載せた店員さんが私の前を歩いていました。その店員さんは女の人だったのですごく安心したのを覚えてます。やっぱり店員さんは、私がいた部屋に向かってるみたいで、私は店員さんと同じタイミングで、もといた部屋に戻りました。

そしたら、部屋の中には先輩しかいないはずなのに、他の男の人の声もしてきたんです。私の心拍数は一気に上がりました。そして、バッグを部屋に置き忘れてしまった自分にすごく腹が立ちました。

 私の前にいる店員さんが部屋のドアを開けました。それに続いて私も個室に入りました。咳き込みたくなるくらい煙草の煙が充満した部屋の中には、四人の男の人がいました。そのうちの一人は先輩で、「タイミング悪いよ~、店員さ~ん」って言ってました。残りの人たちは、みんな知らない人でした。なぜだかみんなタンクトップです。とても失礼な言い方をすると、できれば知り合いになりたくないです、っていう雰囲気の人たちでした。

「申し訳ございませんでした」 と言いながら店員さんがウーロン茶をテーブルの上に置いているうちに、私は自分のバッグを探しました。幸いなことに、バッグはもとあった位置に荒らされた様子もなく置いてありました。

私が自分のバッグを取ろうと男の人たちの前を横切ると、その人たちが、「ヒューヒュー」 っていう意地悪な声をかけてきて、すごく恥ずかしかったです。そのうちの一人は、おしりを触ってきました。スカートをはいてこなくて本当によかったと思いました。

私がバッグを掴むと、店員さんが、「失礼しました」って部屋を出ていきそうになったので、私は思わず、「ちょっと待って!」 ってすがりつくような声を出してしまいました。あのときの店員さん、ごめんなさい。

そのままウーロン茶を飲むことなく、逃げるようにしてカラオケから出てきた私は、一目散に家に帰りました。最寄りの駅について、一人で歩くのが怖かったから、里央に電話しながら帰りました。里央、本当にありがとう。元気出してね。

 家についてからも、髪についた煙草の臭いがカラオケボックスを連想させたので、すぐにシャワーを浴びて、時間をかけて髪を乾かした後、ベッドに入りました。今までの嫌なことが全部終わった気がしてすごく気持ちよかったです。その後、先輩からメールが来ることもありませんでした。やっぱり思いきって言いたいことを言うのは大事なんだなってつくづく思いました。それから一日間を置いた今日、私は大学の図書館を利用しました。

そこで気付きました。

 私の学生証がどこにもありません。普段はお財布の中に入れていて、最近は取り出した覚えもないから、どこかに置き忘れたなんて事あるはずがありません。一応、教務に行って落し物として届けられていないか確認してきたんだけど、学生証の落し物はありませんよ、って言われました。そうなると、心当たりは一つしかありません。

先輩に確認してみたいけど、先輩の携帯に連絡を入れるのが嫌だった私は、バイト先に連絡をして、先輩がシフトに入っているかどうか店長に聞いてみました。そしたら私、泣きそうになりました。先輩はもうバイト辞めてました。

さっき先輩にメールを送りました。向こうから送られてもないのに、こっちからメールするのは初めてのことです。そしたら、先輩の下宿先までの道案内付きのメールが返ってきました。本文には、「待ってるから」 という一文だけが添えられています。恐いです。でも、学生証は取り返さないといけません。あれだけカラオケには行くなって言われてたのに、先輩の誘いに乗ってしまってごめんなさい。みんな協力してくれるって言ってたのに、意地張って一人で何とかしようとしてしまってごめんなさい。中林君に至っては、メールに返事すらしませんでした。ごめんなさい。全部自分がまいた種だし、みんなには全然関係ないことだし、これを読んでいるはずの後輩の皆さんにはもっと関係のないことだと思います。この文章を書きながら、私はどうしようもないくらい自分勝手だと思い、手が震えてきました。一人で騒いで、一人で苦しんでると思うと、馬鹿馬鹿しくて唇が震えてきました。私はこんな私を好きになれそうにありません。大嫌いです。こんな私だったらどうにでもなっちゃえって思う自分が頭の隅っこの方にいたりします。もう、いろいろぐちゃぐちゃです。でも、一昨日のタンクトップの人たちを思い出すと、一人で彼の家に行くことはできそうにありません。

私は本当にわがままで、自己中で、臆病者で、最低な人間だと思います。自分でも気付きました。わかってます。わかってるんです。でも、みんな以外に頼れる人なんていません。みんな以上に頼れる人なんていないんです。だから、お願いです。助けてください。


(追加)  中林洋平


 どうしようもないおばかさんへ。色々言いたいことはあるけど、そう言うのは全部飲み会の時用に取っておくよ。何よりあさみんが何もされてないことに安心したし、俺たちを頼ってくれること嬉しく思います。ノートに丸いシワつくってる暇があったら、いつ取り返しに行くのか日にちを教えなさい。さて、ここからは金ゼミの男児に向けて。

 聞くまでもないけど、お前らもついてきてくれるよな? 特に三木森。お前は絶対に来い。というか、ついて来てくれ。お前がいるのといないのとでは形勢が明らかに変わってくる。俺たちが描くべき最悪のケースは、その男の家に他にも何人もの男が待ち構えてるっていう状況だ。もし、万が一、大事に発展してしまった場合を考えると頭が痛い。とにかく、こちらも人数を揃えれば何かと心強いことは言うまでもないはずだ。一応言っておくけど、俺は極力穏便に済ませるつもりでいるからそのように。


(追加)  谷本直毅


 あさみん、俺たちもついていくから安心してくれ。心強いかどうかは分からんが、人数多い方が不安も痛みも分散されるはず。みんなで渡れば怖くない!

 ところで、年忘れクリスマス会は二四日でいいのか? 先輩らが日にち教えろとやかましくてかなわんのだ。お姉さま方も、イヴに予定が入っているとなんか落ち着くそうだから、早く決めちまいたいというのがこちらの事情。お姉さま方をあんまりソワソワさせるんじゃない。というか、お姉さま方のイヴがフリーなのはなにゆえか。この大学の男どもの目は節穴節穴。もしくは、恋人はサンタクロース。俺の都合もあるから決定しちまうぞ野郎ども。


(追加)  二条院


 麻美さん。べつに謝る必要などありません。麻美さんは自分事を己で解決するべく奮闘したではありませんか。まずは自分で何とかしようという試み、世の中万人から評価されてしかるべきですぞ。昨今なにかあればわき目もふらず、まず他力を請い願う風潮が蔓延る中、独力独歩で現実と睨めっこしているその勇敢な姿に、俺は感涙ホルモンを分泌せずにはおれませんでした。俺の教え子たる中坊に麻美さんの爪垢でもたんまりと食わせてやりたいところです。あやつはすぐに俺の顔色をうかがうからすこぶる良くない。教師の顔に答えなんぞついておらんし、坊主に見つめられる趣味など毛頭ない。汗臭いガキの癖に、「恋愛方程式って知ってる?」と澄ました顔して恋路の方程式を説き出した時には世も末だと机上に突っ伏したものですが、麻美さんのような現実主義者が一人でもいるなら、きっとこの世は救われる。そして、麻美さんだけではどうにもならんようになってきた現状もこれまた現実。目を閉じることなく向き合い続けた姿勢はあっぱれ称賛。こぼした涙はやっぱり本音。あなたの想い、伝わりました。

 上記二名。この青きプラネットから破廉恥を廃絶すべく俺も参加しよう。埋め立て処理も辞さない覚悟である。臀部に触れた野卑に明日はない! メイドさん姿にして夜な夜な駅前界隈を徘徊させてやろう。そして指名手配されればいい。行きつく果ては生き地獄。FBIに連行されちまえ。プラネット規模の変質者相手なら国境くらい越えてくれるわ!

俺は自分で自分の怒り具合が恐ろしくなってきた。人体発火の二歩手前。指数関数張りに増幅される我が怒りは、心頭に発することマグマのごとし。このままでは手元が狂う恐れがある。死人が出るといかんから俺は交渉役に回るとしよう。一人で四人分の戦力と言われるこの俺が戦に参戦できんのは残念だろうが、穏便に徹するためには仕方ない。千針を飲む覚悟で耐えるとしよう。難しい小話を吹っ掛けられたら任せとけ。脳内超絶フル回転。舌の上でころんと転がしてくれようぞ。

鳴らぬなら、鳴らしてみようか、そのラッパ。

以上。


(追加)  田中麻美


 中林君、谷本君、二条院君。本当にありがとう。先輩には二二日に取りに来るよう言われています。これ以上は早くできないのだそうです。向こうには向こうの準備があるのかもしれません。でも、みんながいれば恐くありません。カラオケの時にいたタンクトップの人たちはすごくムキムキだったから、私も穏便に行くのがいいと思います。今は学生証が悪いことに使われないか心配です。先輩はそういうことには使わないと言っていました。信じるしかありません。みんな、本当に、本当に、ありがとう。



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