十二月六日 田中麻美
十二月六日 田中麻美
みんなの言った通り、この前の件は断りました。せっかくのお誘いをメールで断るのも悪いと思ったので、バイトの時に直接言ったの。そしたら先輩、「何で?いいじゃん?」って何度も繰り返してきて、「家が駄目なら映画はどうよ?映画ならいいっしょ?」って言ってきたんです。これ以上断り続けるのもなんだか悪いような気がして、映画ならまだ大丈夫かなって思ったから、映画を一緒に観る約束をしました。約束の日は昨日でした。
赤い観覧車が目印のファッションビルの前で待ち合わせをして、映画を観たんです。暗い雰囲気の映画だったので、館内が真っ暗になることも数回ありました。お話が中盤に差し掛かったくらいの頃合いだったと思います。先輩が私の肩に手をまわしてきたんです。私、びっくりして先輩の方を向いたら、「びっくりした?」って先輩笑ってました。私はどうすればいいのか分からなかったし、大声出すのも恥ずかしかったから、何事もなかったかのようにスクリーンの方に向き直りました。私の動きに合わせるように、肩にある手がもぞもぞ動いたので、先輩が手をどかしてくれるのだと思いました。
でも、違いました。
先輩の手はもぞもぞ私の背中を移動して、私の腰というかお腹というか、すごく微妙な位置で手を止めたんです。そこからちょっとずつ変な感覚が近付いてきたので、私は席を立ってトイレに行きました。正直すごく嫌だったけど、また席に戻りました。先輩は、「じょーだん、じょーだん」と言っていましたが、さすがに私もこれ以上一緒にいるのは嫌だったので、映画が終わるとすぐに家に帰りました。
そしたら携帯の着信音が鳴って、「今日のお詫びに、今度のバイト終わりにでもカラオケ行こう」っていうメールが届きました。このメールには写真が添付されていて、私が先輩を待ってる時の写真や、いつ撮ったのか、私と先輩が同じ画面に写ってる写真がありました。メールの終わりには、「もしかしたらバイトの奴ら、勘違いしちゃうかもね~」という一文が添えられています。前にも書いたけど、私は今のバイトを辞める気はありません。それに、ここで辞めたらなんだか負けた気がします。だから、先輩の誘いに乗ってカラオケに行こうと思います。そこで言おうと思ってます。私は先輩が嫌いです、もうメールとか送るのやめてください、って。こういうの、自分の中にためとくとよくないと思ったので、書きました。なんだかスッキリした気持ちです。そして、ちゃんと決心できました。私、負けません!
(追加) 二条院
いやはやその男とんでもない野卑ですな。つまりは映画館の暗闇に乗じて麻美さんに二人三脚を仕掛けたと。これはけしからんけしからん。二人三脚とはこりゃもう立派な共同作業であり、共同作業は夫婦最初の作業でなければならんわけで、夫婦たるためには相思相愛でなければならんわけで。こりゃもう二人三脚とは通過儀礼をイチャイチャ通過するための儀式なわけです。それを猿の一方向的な好意で麻美さんを巻き込もうとはいい度胸。おまけにカラオケ的ボックスに誘うなんぞ笑止千万。俺のサダマサシで返り討ちにしてくれる。
麻美さん。俺も一緒に熱唱してもいいですか?
(追加) 中林洋平
あさみん。昨日は俺の隣でお姫様が不機嫌そうな顔しててごめんね。あいつはあいつであさみんのこと心配してるから、変な風には取らないでね。
昨日見せてもらった男からの写メだけど、一枚は、「俺たち付き合ってるんだぜ」みたいなことを言いふらすつもりで、もう一枚は、「この女、尻軽なんだぜ」っていう根も葉もないゴシップを流そうとしてるんだと思う。あさみんがナンパされてるとこをあえて撮影するその男の神経が理解できないね。だいたい、あの赤い観覧車の辺りは、ホストみたいなやつらがうようよしてて、あんまし治安がいいとこじゃないだろ。そんなところであさみんを三十分も待たせるなんて。全然あさみんのこと考えてない最低の男だよそいつは。
映画だって、あさみんが嫌がってるにもかかわらず強引にホラーを選んだところがいやらしいね。館内でのことだって、卑怯極まりない。ポップコーンのキャラメル味と塩味をそれぞれLサイズで購入して、それを二つともあさみんに抱えさせてたんだって。ポップコーン二つも抱えてたら抵抗できないじゃん。あさみんが何もできない状態にしておいて、触ろうとするなんて、男じゃないよ。恥の塊だね。
あさみん。昨日も言ったけど、カラオケボックスには行っちゃ駄目だよ。バイト終わるのって夜でしょ? 危ないってマジで。せめて他のバイトの人も誘うとかした方がいいって。場所さえわかれば、俺たちがほかの部屋で待機してるから、ホント一人はダメだって。
あさみんにメール送っても返ってこなくなったのでここに書きました。頑固さんもほどほどにしないと怪我するぞ。正直、すっごく心配です。返事ください。