少女との出会い
私はいつも通り、森に薬草を取りに来ていました。ここの森は奥にしか魔物がいません、そのため安全に薬草が採取できる場所として村の人々がよくくるのです。
「このくらいかなっと」
私はカゴいっぱいになった薬草を見て満足しました。あとはこれを家に持って帰り明日売りに出すだけです。
「少し遅くなっちゃったかも」
空を見るとだんだん日が傾いて来ていました。安全な森といっても夜になるとどうなるかわかりません。何より道がわからなくなります。
私は急いで帰り始めました。すると道中後ろから気配がするのです。私でもわかる刺さるような殺気。おそらく魔物です。私は怖くなって走り出しました。しかし、その殺気が追って来ました。しかもだんだん増えて来ます。足音的に四足歩行の獣型の魔物でしょう。今の私には武器がなく戦う手段はありません。足の速さからも追いつかれるのも時間の問題でした。それでも私は必死に走りました。
「あっ!!」
しかし、途中で木の根っこに躓いてしまいました。すぐ立ち上がろうとしましたが、顔を上げた先にはすでに魔物がいました。
シルバーウルフです。赤く染まった目が私を見つめます。周りにも大量にシルバーウルフがいました。囲まれたようです。私は死を覚悟しました。シルバーウルフは首を嚙み切り獲物を即死させるらしく、痛みはあまりないだろうなぁとかそんなことを考えるくらいには諦めていました。
目の前にいたシルバーウルフが私に噛み付こうとした瞬間ーーシルバーウルフは目の前から消え去っていました。辺りを見回すと木にシルバーウルフが叩きつけられ絶命していました。
すると一匹のシルバーウルフが遠吠えを上げました。しかしその遠吠えは途切れました。
遠吠えを上げていたシルバーウルフの断末魔に続いて次々とシルバーウルフが倒されていきます。
「大丈夫ですか?」
すぐそばで声がしました。
「ひぃ!」
驚いて変な声が出てしまいました。振り向くとそこには銀色に輝く髪を持つ女の子がいました。
「………ふぇ?」
その女の子のどこか現実離れした姿に私は言葉を失いました。天使とはまさに彼女のことを表すのではないかと思いました。
「立てますか?」
女の子は私に手を差し伸べて来ました。その手は私の手よりも少し小さいくらいでした。
女の子の手を取り立ち上がり周りを見回すとさっきまでいたくさんいたシルバーウルフは全滅していました。
「近くの村の方ですか?」
女の子は優しい声で話しかけて来ました。よくよく女の子を見てみると私より一回り小さいくらいの子でした。
「はい、ルビーと言います。薬草を取りに来た帰りで…」
「そうでしたか、危ないところでしたね」
女の子は振り返って手招きをしました。すると暗がりの中からさらに女の子が3人現れました。
「お疲れみんな。牙の回収はできた?」
「はい!しっかりと回収しましたよ!」
大きな鎌を携えた金髪の女の子が袋に入った牙を見せていました。おそらくシルバーウルフの牙でしょう。装飾品などに使われ言い値で売れます。
あと2人、いくつかの薬品を持った赤い髪の女の子と、大砲の小さいもののようなものを持った水色の髪の女の子がいました。
「よし、それじゃあ…」
と私に手を差し伸べて来ました。
「村まで送らせてもらいます。まだ森は危険だと思いますので」
村に着くと女の子たちは宿屋に行ってしまいました。名前を聞くのを忘れてしまったのに気づいたのは家に着いてからでした。
私は親に今日のことを話すと親に怒られ心配されのついでに明日村長に森のことを話しに行くことになりました。
次の日、村長の家で昨日森で魔物に襲われたことを話しました。
「ふむ、もしかしたら森の奥で何かがあったのかもしれん。狩人がもうすぐ帰ってくるはずなんじゃが…」
と村長が窓の外に視線を移すと玄関から大きな声が聞こえて来ました。
「村長大変です!!狩人が怪我をして!!」
私たちは大急ぎで村の正門に向かいました。
「一体どうしたのじゃ!」
野次馬を退けて村長さんと一緒に狩人さんのそばまで来ました。狩人さんは血まみれでなんとか生きているようなく状態でした。
皆パニック状態でした。するとそこに昨日私を助けてくれた女の子たちが来ました。
「どうしたんですか?」
銀髪の女の子が野次馬を抜けて私の隣に来ました。
すると女の子は狩人さんを見て少し考えるようにすると狩人さんに手をかざし
「皆さん、離れていてください」
とみなさんに離れるよう言いました。その言葉には何か特別な力があるのではないか、そう思うくらいそのたった一言に圧倒され私たちは皆離れました。
「精霊よ」
女の子が呪文を唱え始めます。あたりは暖かい光に包まれ始めました。魔法です。彼女は魔法それも回復魔法が使えるのです。回復魔法は一般的に神官やシスターなどが長年修行し神に祈って起こす奇跡です。そう簡単に習得できるものではありません。
「大地の力を……フン!」
なぜか詠唱を途中で切って呪文を放ちました。ですが効果はしっかりとあったようで狩人さんの傷はどんどん癒えて行きました。
「聖これ」
昨日いた赤い髪の女の子が水色の液体が入った瓶を渡しました。いつの間にいたのかはわかりません。
「ありがと」
それを受け取った銀髪の女の子は狩人さんに水色の液体を飲ませま始めました。すると狩人さんは目を覚ましました。
「ここは…」
狩人さんが辺りを見回します。
みんな歓声をあげて狩人さんを取り囲みました。
その後、狩人さんと女の子たちは村長の家でお礼と森の様子について、話すことになりました。
「私は狩人のビーズと申します。この度は命を救っていただき感謝いたします。ありがとうございます。」
狩人さんは深く銀髪の子にお辞儀をしました。ところで狩人さんの名前、私も初めて知りました。
「いえ、人を助けるのは当然ですよ」
そう言って銀髪の女の子は笑っていました。
「さて、ところでですが、あなた方のお名前をお聞きしてもよろしいですかな?ちなみにわしはゴークこの村の村長じゃ」
村長さんはニカッと笑いました。銀髪の女の子は軽く微笑みました。
「私は聖。王国で召喚された勇者の1人です」
聖さんが名乗ると2人が騒ぎ始めました。
「なんと!あなたは勇者様じゃったか!」
「通りであのような事をできるわけですね!」
私も勇者という言葉自体は聞いたことがあります。王国が魔王を討伐するために異世界から召喚した最強の戦士だと。やっとこの子が何者なのかわかりました。
「ご同行されている方々は?」
狩人さんが聖さんの後ろに座ったいる方々に視線を向けた。
「彼女たちは私のパーティーです」
聖さんは振り返り順番に挨拶してと言いました。
金色の髪の女の子が立ち上がりました。
「私はフラ・ステラです。よろしくお願いします」
軽くお辞儀をして再び座りました。おしとやかなお嬢様のような雰囲気の子です。動きの1つ1つが気品にあふれているように感じました。
次に赤い髪の女の子が立ち上がりました。
「私、ヴィリディー・ネブラ」
どこか小動物のような子です。すばしっこそうな感じで、物静かな感じがしました。
最後に水色の髪の子が立ち上がりました。
「あたしは、オーキッド・ヴィオーラ。よろー」
活発そうな、それでいて緩そうな雰囲気の子でした。皆さん私より少し下の15、6歳のイメージです。ただし、聖さんはどう見ても12歳くらいにしか見えません。
「さて、本題ですが」
聖さんが自己紹介を終えて切り出しました。
「あの森で一体何が?」
聖さんは狩人さんに問いかけます。
「あの森は奥にしか、しかも低級の魔物しかいませんでした。ですか、あの森にトロールがゴブリンを従えて現れたのです。トロールは砦を作りそこに住み着きました。そのためあの森にいた低級の魔物は皆森の浅いあたりに出現するようになってしまったのです」
トロール、3メートルを超える身長と厚い脂肪を持った魔物です。危険度はSランク。Aランクの冒険者が数人集まってやっと倒せる。伝説のSランク冒険者に相当する魔物です。そんな魔物がこんな森に現れるなんて正直信じられません。そしてゴブリン、子供の背丈ちょうど聖さんと同じくらいの身長をした魔物です。ゴブリンは一匹は強くないですが数が多く囲まれたらまず助かりません。子供や女性をさらっていくという話も聞いたことがあります。
「非常にまずい状況じゃの、村に被害が出る前になんとかしなければ」
「ええ、自衛団の編成と騎士団への救援要請、間に合うといいのですが…」
村長さんと狩人さんが頭を抱えていると聖さんが手を挙げた。
「じゃあ、私が倒しに行ってきます」
「聖殿、あなたは勇者じゃ、あの魔法からして腕も相当なものじゃろう。パーティーの方々もかなりの実力者だとお見受けする。しかし、あなた方は幼すぎる。何より相手はトロール脅威度はSランクじゃ、Aランクの冒険者が集まってやっと倒せる相手じゃ、あなた方だけでは流石に無理じゃ」
村長が言うことは最もです。ですが、私には聖さんたちの強さを知っていました。シルバーウルフの群れを一瞬で倒すその実力はSランクと言っても過言ではないのではないでしょうか。私が意見しようとすると聖さんが冒険者カードを出して村長に見せました。
「いえ、大丈夫です。だって勇者ですもん」
冒険者カードにはAランクと書いてありました。レベルは50そして年齢の欄には17歳と書いてありました。聖さんがAランクだと言うことにも驚きましたが、この見た目で私より年上なことにはさらに驚きました。
結局村長さんは聖さんに押し切られてしまいました。明日には出発するらしく今日は準備のためにと解散することになりました。
翌日、聖さんは森へと出発しました。私は村長にあるお願いをされていました。それは狩人のビーズさんと一緒に聖さんの後についていき手助けをする事です。私はBランクレベル35の魔法使いなのです。ビーズさんもBランクレベル40のハンターです。私も杖と前衛の方さえいれば結構戦えるのです。多少の戦力にはなれるはずです。
さて、聖さんは森に入ってから奇妙な行動を始めました。なぜか威圧スキルを使い始めたのです。威圧スキルは自分よりレベルの低いモンスターが逃げるようになり、自分同等もしくは高レベルのモンスターが寄ってくるものです。トロルが出現した森の魔物の平均レベルは40から50ほどでしょう。聖さんのレベルと比較すると威嚇スキルを使った場合確実に大量の魔物に襲われるレベル帯です。
「ルビー、戦闘準備をしてください。聖さんたちの援護をしましょう」
ビーズさんは弓を構えて警戒し始めました。ですが、私の予想が正しければですが魔物は現れないはずです。昨日助けられた時の話です。私を襲ったシルバーウルフは30匹ほどの群れでした。シルバーウルフ自体はBランクの魔物ですが群れになるとAランク場合によってはSランクまで行くような魔物です。30匹の群れとしてはAランクですがあと数匹増えればSランクにもなり得ます。それを聖さんたちはあっという間に倒してしまいました。多分聖さんたちはもっと高レベルの冒険者だと私は睨んでいます。
「何も現れませんね…」
ビーズさんは弓を下ろし警戒を解きました。
聖さんたちはどんどん進んでいきます。私たちは隠れながらついていきます。
だいぶ深くまで入って来ました。あたりは暗く不気味な雰囲気が漂っています。
「おそらく、そろそろだと思うのですが」
ビーズさんが辺りを見まわします。おそらくトロルの住処です。私もあたりを見渡してみます。
「お二人さーん」
背後から声をかけられました。とっさに私たちはその場から距離をとります。私はまだしもビーズさんにも気配を察知されず接近するなんてよほどの相手です。
「あたしだよ、オーキッド。あと少しであいつらの住処だから呼んで来いってさ」
どうやらずっと気づいていたようです。私はビーズさんとともに聖さんに合流しました。どうやら軽い準備をしているようです。
「来ましたか。なかなか素晴らしい尾行でしたね」
聖さんは怒るわけでもなく笑顔でした。
「申し訳ありません。このように尾行などという…」
「いいんです。多分ゴークに頼まれたんですよね」
ビーズさんに頭をあげてくださいと聖さんは少し申し訳なさそうにしました。
「はい、皆さんが心配ですから少しでも助けにと」
「ありがとうございます。ですが私たちでけで大丈夫です」
そう言って聖さんは冒険者カードを再び見せてくれました。一度見ていますが一応見させていただきました。
「何ですか?このレベルは…」
開いた口が塞がらないとはこのことなのでしょう。ビーズさんも冒険者カードを見ながら口をパクパクさせています。
「レベル138ランクSこれが私の本当のステータスです。ちなみに村で見せたのは魔法で偽造しました」
聖さんがカードに手をかざすと村で見たのと同じステータスになりました。聞いたことがあります。ステータスを下げて表示できる魔法があると。さて、聖さんのレベルの異常性についてですが、今まで人類が到達できた最高レベルは70です。それ以降は伝説の冒険者でも、大神官でも歴代の勇者さまでも到達することのできない領域でした。その領域を軽く飛び越えて倍近くのレベルへ達しています。
「あなたは本当に何者なんですか…」
ビーズさんは到底信じられない現実を前に呆れたように言いました。
「ただの勇者ですよ」
聖さんは何を言ってるんですかという感じで答えました。
「もしかしてパーティーのみなさんもあんなレベルなんですか?」
私は周辺を警戒してくれている3人もとんでもないレベルなのではないかと思っています。おそらく100は超えているのでしょう。
「ええ、120ですね」
どうやら今回のトロルは運がなかったようです。いえ、わたしたちの運が良すぎたのかもしれません。ちなみにですが、騎士団による調査では魔王のレベルは90という話です。
「準備もできましたし行きましょうか」
私とビーズさんは聖さんの後ろを何とも言えない気持ちでついていきました。
聖さんについていくと途中で隠れるように言われました。聖さんは木の後ろに身を隠し覗き込みます。私も藪から覗きました。
「だいぶ立派なものを作りましたね…」
ゴブリンたちによって小さな砦が築かれていました。おそらくトロルもこの中にいるのでしょう。
「さて、突っ込みましょうか」
「はい?」
気が付いた時には聖さんたちは砦に正面から突撃していました。すぐに見張りに気づかれますが声を上げる前にオーキッドさんが狙撃で仕留めます。ヴィリディーさんが蹴りを繰り出し薬物を射出しました。すると砦の一箇所が爆発しました。フラさんはその穴から中に侵入していきました。私も少々気乗りしませんがビーズさんが申し訳なさそうに突入して行ったので続くことにしました。
中ではゴブリンを蹂躙するフラさんがいました。その戦い方はまるで踊るようで美しくさえありました。
「援護します」
ビーズさんは弓でゴブリンの弓兵を射抜いていきます。その倍の速さでいつのまにか高台に登っていたオーキッドさんがゴブリンを倒していきます。使ってる武器は最近開発された銃というものをそのまま小さくしたもののように見えます。
私も魔法でゴブリンを倒していきますが正直私の攻撃はいらない気がして来ます。そんなことを考えていると、砦の逆側から大きな爆発が起こりました。どうやらヴィリディーさんが暴れているようです。ふと、空が明るくなりました。上を見上げると聖さんが宙に浮いて呪文を唱えてました。宙に浮くこと自体習得するのが困難な魔法です。かなり集中する必要があり、飛びながら演唱を行うなんて人間の成せる技ではありません。聖さんの演唱が完了したようで空から大量の光線が降り注ぎゴブリンを跡形もなく消しとばしていきました。
「地獄ですね…これは」
呆然と立ち尽くす私の隣で引きつった笑いでビーズさんが来ました。
ゴブリンが大体倒された頃、ドスンドスンと大きな足音がしました。ようやくトロルが現れたようです。音を聞きつけ聖さんらは音のする方向へまるで獲物を狩る獣のような目つきで突撃していきました。トロルは瞬く間に動かぬ屍へと変貌しました。一瞬でした。オーキッドさんがトロルの動きを止めヴィリディーさんが爆発させバランスを崩し、フラさんが鎌で身体中の筋を切り刻んでいきます。そして聖さんが上空からいつの間に持っていたのか輝く弓でトロルを打ち抜きました。トロルの心臓部に大きな穴が空きトロルは絶命しました。
「ルビーさんこの戦いに私たちは必要だったのでしょうか…」
ビーズさんはとても悲しそうな顔をして言いました。
「多分必要なかったですよね…」
私もこの歳でBランクまで登りつめた天才などと謳われましたが、正直泣きたいです。私も周りの期待に応えるためにコツコツと努力をしてきました。ですが、彼女は私とあまり変わらない歳ですでに私の手では届かないところにいます。
「さて、帰りましょうか!」
聖さんがパーティーの方を連れて来ました。ゴブリンとトロルから素材を回収し終わったようです。
村に帰るとすぐお祝いのお祭りが始まりました。私とビーズさんも村を救った英雄として讃えられましたが、戦いでは何もしていなかったので遠慮して早々に席を外させていただきました。
今、私は村の高台で空を見上げて今日起こったことを整理しています。トロルが森に現れただけでなくそれを一瞬で倒してしまう人が現れた。現実離れしすぎて信じられません。
「でも、夢じゃないんですよね…」
私は自分の頬を軽くつねってみましたが痛かったです。
私は初めて聖さんに会い助けられた時、その実力に嫉妬しました。ですが、嫉妬することすらバカらしいようなそんな実力の差を見せつけられ、私が感じたのは憧れでした。私は聖さんのようになりたい。
「ここにいましたか」
ふと振り返ると、聖さんが立っていました。
「主役が抜けてしまって良いのですか?」
「それはルビーさんもでしょう?」
聖さんは私の隣にきて空を見上げました。
「ルビーさんは私の力を見てどう思いましたか?」
突然変なことを聞いてきました。どう思ったかなんて決まっています。
「純粋にすごいなって思いました」
すると聖さんは少し驚いたように目を見開き私が首をかしげるとクスクスと笑いだしました。
「何かおかしかったですか?」
「いえ、気にしないでください」
聖さんは再び空を見上げました。私も見上げるといつも通り星が輝いていました。
「あくまで私の予想ですが、あなたは素晴らしい魔法使いになれると思います」
聖さんは私の目のさらに奥を見るようにして言いました。
「それは光栄ですね。あなたのような大魔法使いに言われたんですもの」
翌日、聖さんたちは村を出発しました。最後に私にペンダントをプレゼントしてくれました。きっと将来役にたつだろうと青い宝石の輝くペンダントを。