表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/145

99.揚げたての天ぷらは味見用

「クリス様ー、天ぷらってどうやって作るんですかー? 聞いたことはあるけど、食べるの初めてなんですよねー」


「クリス様ー、天ぷらってどうやって作るのですじゃー? 聞いたことはあるのじゃが、食べるの初めてなのじゃー」


「ああー、ローロルンさん真似しないでくださいよおー」


「今回ばかりは俺もエミリアさんに同意する。ロリババアが若者言葉使うと、イラッとするし」


「な、なにい! クリストフ、貴様言うに事欠いてロリババアじゃとお!」


 俺の一言が効いたらしく、ローロルンがのけぞる。

 ガーンという効果音が聞こえてきそうだ。「実際ロリババアだろうが。確か三百歳いってたっけ?」と言うと、両手を振り上げて激怒した。


「二百七十五歳じゃ、何が三百じゃー! 妾はまだまだ若いわー!」


「えっ、その年齢で若いっていうのはちょっと」


「ええっ、ローロルンさん、おばあさんだったのですー!? ごめんなさい、労りが足りなかったのですよお」


「エルフなのだから仕方なかろうがっ。あと聖女様もその生暖かい目はよせい! 余計に傷つくわっ」


「えっ、でもお年寄りには優しくしろって言われましたー。私、これでも聖女なのでーそれなりに優しいのですー」


 悪意が無いだけに始末が悪い。

 エミリアの一言に、ローロルンは「ぐぬぬ」と唇を噛んでいる。

 エルフ特有の長い耳が震えていた。

 仕方ないだろ、種族が違うんだから。

 おっと、手がお留守になっちまったな。

 俺はボウルを用意する。

 それとは別に、大きな鉄鍋を収納空間から取り出した。


「お主、収納空間を台所用品の収納に使っとるのか。勇者の名が泣くぞ」


「台所用品だけじゃないぞ。食材の保存もしている。すぐに取り出せるから便利なんだ」


「普通は武器や魔術系の道具をしまうんじゃがな。クリストフ、まさか剣の握り方も忘れたなどとは言うなよ?」


「そこまで平和ぼけしてねーよ」


 この前、ワイルドボアを狩ったしな。

 この会話の間にも、手は止めない。

 食用油を鉄鍋にぶち込み、火魔石を点火した。

 熱されるまでちょっと時間がかかりそうだ。

 この間に、天ぷらの準備をしよう。


「さっきエミリアさんが言ったように、天ぷらは揚げ物の一種だ。小麦粉と片栗粉を水で溶いて、衣を作る。あ、衣ってのは具材につけるやつな。衣をつけてから、油で揚げるんだ」


「そこまでは覚えているんですよー。あのー、具材をそのまま揚げる作り方ありますよねー。あれとはまた違うんですかー?」


「ああ、素揚げね。どっちが正解でも無いけど、違いはあるよ。素揚げだと、素材に油が染み込むよね。だから風味が変わる。天ぷらだと衣で包むだろ。その分、素材の風味が保たれやすいな。この辺りは好みによるね」


「おお、分かりやすいのですっ。じゃあ、まず衣を作るのですねー」


「そうそう。この小麦粉と片栗粉をボウルに入れて、水で溶く。そして切るように軽く混ぜる」


 ボウルの底に、二種類の粉がたまる。

 きめ細かい砂のようにも見える。

 その真っ白い粉に、冷たい水を注いだ。

 ドロ、と粉が溶け始めていく。

 手を突っ込み、これを軽く混ぜ合わせた。

 すぐにサラサラとした感触は無くなった。

 この白い粉の衣が、天ぷらの生命線になる。


「あっという間にドロドロですねー」


「どっちの粉も水に溶けやすいからな。さて、この衣をさっきのリヴァイアサンに絡めます。まんべんなく衣がついたら、さっきの油で揚げるんだ。もういい頃だろう」


 一口大にした切り身に、衣をつけていく。

 その作業をしながら、鉄鍋の方を見た。

 油の温度は分かりづらいが、微かに熱が伝わってくる。

 火加減と時間から、大丈夫と判断した。


「ここで油に沈める時、なるべく静かにやるんだ。ボチャンとやると跳ねるからな」


「ああ、そうなると危ないですよねー」


「それもあるが、床が汚れると掃除が面倒だ。油汚れはシミになりやすいしな」


「細かいのう、お主……」


 横からローロルンが口を挟んできた。

 文句は言っているが、天ぷらには興味津々らしい。

 慎重に鉄鍋を覗き込む。

 その間にも、俺は次々に天ぷらを揚げ続ける。

 なんせ量が多いから、どんどん作らないとな。


「うわー、いい匂いですねえ。揚げられた衣がフワリと匂って、食欲そそるのですー。さっきのタタキもそうですけど、匂いって重要ですよねー」


「うむ、タタキも皮が焦げる匂いがたまらんかったがのう。あの匂いとはやはり違う。油の匂いは、どこか優しさがあるな。食べ過ぎればもたれるがの」


「あと色もいいですよねっ。この淡い黄色い衣がまるで花びらのようでー。その下に、リヴァイアサンの身が透けて見えてー。白と赤の二色が上品なのですっ」


「くう、たまらん! のう、クリストフ。まだこの天ぷらとやらは食べられんのか? 妾の空腹は限界に近いぞ!」


「私もですっ! これをお預け食らうのは、きっついですよおー」


 やれやれ、忍耐力が無いなあ。

 先に出来た分でもあげるか。

「ほら、一つずつな。味見用だ」と言ってやった。

 二人とも指で摘んでいる。

 行儀悪いな、でもこの場合は仕方ないか。


「はうっ!? これはっ、これが天ぷらなのですかっ。魚の風味がこんなに生きてるなんてー!」


 予想通りと言うべきか、エミリアは悶絶していた。

 意味不明の唸り声をあげながら、笑顔になっている。

 実にチョロい。


「む、むむっ、この衣がサクサクとして……リヴァイアサンの身が舌の上で」


 ローロルンも至福の表情だ。

 味見で刺激されたのだろう。

 ぺろりと舌を出して、次を狙っていた。

 

 腹ペコ女子を待たせるのは良くないな。

 手早くいくか。

 次々に衣をつけては、油の中に沈めていく。

 衣の中の空気が弾け、ジュウウと音を立てていく。

 黄色に色づいたら、素早く引き上げだ。

「危ないからどいてろ」と声をかけた。高温の油は洒落にならない。


 "よし、全部揚がった。あとは"


 タタキを見ると、こちらはいい感じに冷めてきている。

 天ぷらとは違い、冷めている方が美味しい料理だ。

 手元に引き寄せ、素早く包丁を入れた。

 プツッという手応えと共に、断面が見える。

 うん、いい感じだ。

 あとは味付けだな。


「あっさり味にするけど、いいよな?」


「はーい、おまかせしまーす」


「分からんからのう。信用しておこう」


「良かった。反対って言われても、味付け変えないけどね。こってり味のタタキなんてあり得ないしな」


 笑いながら、俺はポン酢を取り出した。

 さっぱりならこれだ。

 おろし生姜と醤油も合うけど、今日はこっちの気分なんだよ。

 豪快にぶっかける。

 その上から、パラパラと小葱を散らした。

 小葱の濃い緑が赤白の身を彩る。

 我ながらいい色合いだ。


「クリス様ー、せっかくだしタタキやっちゃいましょうよー。どーんと!」


「じゃあちょっとだけな」


 エミリアに勧められ、俺は延べ棒を手にした。

 タタキという名に相応しく、バシンと上から数発叩いてやる。

 物珍しいのか、ローロルンが顔を近づける。

 危ないだろ、おい。


「ふむ、なるほどのう。これで味が染み込むのかの?」


「俺が聞いた通りならね。ほら、ポン酢が飛ぶぞ」


「おっと、すまんすまん」


 俺の注意に、ローロルンはさっと飛び退いた。

 こいつ後衛職のくせに、やたらと身軽なんだよな。

 ふー、それにしてもいい時間だな。

 俺も空腹だし、早く食べよう。


「出来たぞー。リヴァイアサンのタタキに、同じく天ぷらだ。伝説の海龍なんて滅多に食べられないからな。ありがたくいただこうぜ」


 悪いな、リヴァイアサン。

 せっかくだから、美味しく料理させてもらったよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ