99.揚げたての天ぷらは味見用
「クリス様ー、天ぷらってどうやって作るんですかー? 聞いたことはあるけど、食べるの初めてなんですよねー」
「クリス様ー、天ぷらってどうやって作るのですじゃー? 聞いたことはあるのじゃが、食べるの初めてなのじゃー」
「ああー、ローロルンさん真似しないでくださいよおー」
「今回ばかりは俺もエミリアさんに同意する。ロリババアが若者言葉使うと、イラッとするし」
「な、なにい! クリストフ、貴様言うに事欠いてロリババアじゃとお!」
俺の一言が効いたらしく、ローロルンがのけぞる。
ガーンという効果音が聞こえてきそうだ。「実際ロリババアだろうが。確か三百歳いってたっけ?」と言うと、両手を振り上げて激怒した。
「二百七十五歳じゃ、何が三百じゃー! 妾はまだまだ若いわー!」
「えっ、その年齢で若いっていうのはちょっと」
「ええっ、ローロルンさん、おばあさんだったのですー!? ごめんなさい、労りが足りなかったのですよお」
「エルフなのだから仕方なかろうがっ。あと聖女様もその生暖かい目はよせい! 余計に傷つくわっ」
「えっ、でもお年寄りには優しくしろって言われましたー。私、これでも聖女なのでーそれなりに優しいのですー」
悪意が無いだけに始末が悪い。
エミリアの一言に、ローロルンは「ぐぬぬ」と唇を噛んでいる。
エルフ特有の長い耳が震えていた。
仕方ないだろ、種族が違うんだから。
おっと、手がお留守になっちまったな。
俺はボウルを用意する。
それとは別に、大きな鉄鍋を収納空間から取り出した。
「お主、収納空間を台所用品の収納に使っとるのか。勇者の名が泣くぞ」
「台所用品だけじゃないぞ。食材の保存もしている。すぐに取り出せるから便利なんだ」
「普通は武器や魔術系の道具をしまうんじゃがな。クリストフ、まさか剣の握り方も忘れたなどとは言うなよ?」
「そこまで平和ぼけしてねーよ」
この前、ワイルドボアを狩ったしな。
この会話の間にも、手は止めない。
食用油を鉄鍋にぶち込み、火魔石を点火した。
熱されるまでちょっと時間がかかりそうだ。
この間に、天ぷらの準備をしよう。
「さっきエミリアさんが言ったように、天ぷらは揚げ物の一種だ。小麦粉と片栗粉を水で溶いて、衣を作る。あ、衣ってのは具材につけるやつな。衣をつけてから、油で揚げるんだ」
「そこまでは覚えているんですよー。あのー、具材をそのまま揚げる作り方ありますよねー。あれとはまた違うんですかー?」
「ああ、素揚げね。どっちが正解でも無いけど、違いはあるよ。素揚げだと、素材に油が染み込むよね。だから風味が変わる。天ぷらだと衣で包むだろ。その分、素材の風味が保たれやすいな。この辺りは好みによるね」
「おお、分かりやすいのですっ。じゃあ、まず衣を作るのですねー」
「そうそう。この小麦粉と片栗粉をボウルに入れて、水で溶く。そして切るように軽く混ぜる」
ボウルの底に、二種類の粉がたまる。
きめ細かい砂のようにも見える。
その真っ白い粉に、冷たい水を注いだ。
ドロ、と粉が溶け始めていく。
手を突っ込み、これを軽く混ぜ合わせた。
すぐにサラサラとした感触は無くなった。
この白い粉の衣が、天ぷらの生命線になる。
「あっという間にドロドロですねー」
「どっちの粉も水に溶けやすいからな。さて、この衣をさっきのリヴァイアサンに絡めます。まんべんなく衣がついたら、さっきの油で揚げるんだ。もういい頃だろう」
一口大にした切り身に、衣をつけていく。
その作業をしながら、鉄鍋の方を見た。
油の温度は分かりづらいが、微かに熱が伝わってくる。
火加減と時間から、大丈夫と判断した。
「ここで油に沈める時、なるべく静かにやるんだ。ボチャンとやると跳ねるからな」
「ああ、そうなると危ないですよねー」
「それもあるが、床が汚れると掃除が面倒だ。油汚れはシミになりやすいしな」
「細かいのう、お主……」
横からローロルンが口を挟んできた。
文句は言っているが、天ぷらには興味津々らしい。
慎重に鉄鍋を覗き込む。
その間にも、俺は次々に天ぷらを揚げ続ける。
なんせ量が多いから、どんどん作らないとな。
「うわー、いい匂いですねえ。揚げられた衣がフワリと匂って、食欲そそるのですー。さっきのタタキもそうですけど、匂いって重要ですよねー」
「うむ、タタキも皮が焦げる匂いがたまらんかったがのう。あの匂いとはやはり違う。油の匂いは、どこか優しさがあるな。食べ過ぎればもたれるがの」
「あと色もいいですよねっ。この淡い黄色い衣がまるで花びらのようでー。その下に、リヴァイアサンの身が透けて見えてー。白と赤の二色が上品なのですっ」
「くう、たまらん! のう、クリストフ。まだこの天ぷらとやらは食べられんのか? 妾の空腹は限界に近いぞ!」
「私もですっ! これをお預け食らうのは、きっついですよおー」
やれやれ、忍耐力が無いなあ。
先に出来た分でもあげるか。
「ほら、一つずつな。味見用だ」と言ってやった。
二人とも指で摘んでいる。
行儀悪いな、でもこの場合は仕方ないか。
「はうっ!? これはっ、これが天ぷらなのですかっ。魚の風味がこんなに生きてるなんてー!」
予想通りと言うべきか、エミリアは悶絶していた。
意味不明の唸り声をあげながら、笑顔になっている。
実にチョロい。
「む、むむっ、この衣がサクサクとして……リヴァイアサンの身が舌の上で」
ローロルンも至福の表情だ。
味見で刺激されたのだろう。
ぺろりと舌を出して、次を狙っていた。
腹ペコ女子を待たせるのは良くないな。
手早くいくか。
次々に衣をつけては、油の中に沈めていく。
衣の中の空気が弾け、ジュウウと音を立てていく。
黄色に色づいたら、素早く引き上げだ。
「危ないからどいてろ」と声をかけた。高温の油は洒落にならない。
"よし、全部揚がった。あとは"
タタキを見ると、こちらはいい感じに冷めてきている。
天ぷらとは違い、冷めている方が美味しい料理だ。
手元に引き寄せ、素早く包丁を入れた。
プツッという手応えと共に、断面が見える。
うん、いい感じだ。
あとは味付けだな。
「あっさり味にするけど、いいよな?」
「はーい、おまかせしまーす」
「分からんからのう。信用しておこう」
「良かった。反対って言われても、味付け変えないけどね。こってり味のタタキなんてあり得ないしな」
笑いながら、俺はポン酢を取り出した。
さっぱりならこれだ。
おろし生姜と醤油も合うけど、今日はこっちの気分なんだよ。
豪快にぶっかける。
その上から、パラパラと小葱を散らした。
小葱の濃い緑が赤白の身を彩る。
我ながらいい色合いだ。
「クリス様ー、せっかくだしタタキやっちゃいましょうよー。どーんと!」
「じゃあちょっとだけな」
エミリアに勧められ、俺は延べ棒を手にした。
タタキという名に相応しく、バシンと上から数発叩いてやる。
物珍しいのか、ローロルンが顔を近づける。
危ないだろ、おい。
「ふむ、なるほどのう。これで味が染み込むのかの?」
「俺が聞いた通りならね。ほら、ポン酢が飛ぶぞ」
「おっと、すまんすまん」
俺の注意に、ローロルンはさっと飛び退いた。
こいつ後衛職のくせに、やたらと身軽なんだよな。
ふー、それにしてもいい時間だな。
俺も空腹だし、早く食べよう。
「出来たぞー。リヴァイアサンのタタキに、同じく天ぷらだ。伝説の海龍なんて滅多に食べられないからな。ありがたくいただこうぜ」
悪いな、リヴァイアサン。
せっかくだから、美味しく料理させてもらったよ。




