96.昔の友人だからって仲がいいとは限らない
思わぬ再会ってやつは、大抵の場合嬉しいもんだ。
けど世の中には例外ってやつがある。
あくまで例外、レアケース――自分には当てはまらないと思うだろ?
そんな時ほど、その例外を引き当てちまうもんなんだ。
「今回なんかまさにそれだな」
「なんじゃ、訳の分からんことを。九年ぶりの再会じゃぞ? もちっと嬉しそうな顔をせんか、こら」
俺の目の前で、再会相手が胸を張る。
紫色の瞳は昔と変わらない。
口と性格の悪さも、残念ながら変わっていなかった。
「例外でも当たれば、当事者には例外じゃないんだ」
「はあ、何のことじゃ?」
「こっちの話さ。ローロルン=ミスティッカ」
「うむ、ようやく話をする気になったか。あんまり無関心だったからの。まさか妾のことを忘れたのかと思ったぞ」
「出来れば忘れたかったけどね」
「な、何じゃと! 薄情じゃな、お主は!? 共に魔王を倒した仲ではないかっ!」
「仕事とプライベートは分けることにしている」
「おのれー、ずっ友と誓ったのに何という裏切りっ!」
いや、そんな誓い知らねえよ。
止めよう、まともに相手するのは。
疲れる。
左を向くと、ゼリックさんと目が合った。
苦笑いしている。
「中々個性的な方ですな」
片眼鏡を直しながら、小声で呟いた。
ローロルンより早く、俺は先回りする。
「否定出来ませんね。悪いことばかりでもないですけど」
「そうじゃぞ、副宰相。持続的発展のためには、多様性が大事じゃ。つまり変わり者がこの世を回しておるんじゃよ」
「それは論理の飛躍だろ」
ローロルンに釘を刺す。
何故こんなことになったのだろうか。
仕事も終わり、あとは退庁するだけだったのにさ。
グランのせいだろうか。
いや、それはあんまりだ。
彼はローロルンを連れてきただけだし。
「リヴァイアサンを料理してほしいそうです。それでは」とだけ言って、さっさと帰っちまったけどな。
「いやあ、それにしても裏取引出来るツテがあるとはのう。素材をすんなり高値でさばけて、妾は満足じゃ。あのグランとかいう男、実に親切じゃのう。表に出せないルートまで、ちゃんと知っているんじゃからのう」
「ローロルン様、そういうことは大声で言わないでくださいよ。ここは執行庁の一室ですから、誰が聞いているやら」
「何じゃ、ケチくさい。どうせ公然の秘密じゃろうが。副宰相の割には肝が小さいのう」
うん、つまりはそういうことらしい。
詳しい経緯を聞く暇は無かったが、想像はついたよ。
あとは俺に任せたってことなんだろうな。
"しかしなあ、よりによってこいつか"
ローロルンの相手は疲れる。
悪人ではない。
けど、とにかく疲れる。
よくしゃべるし、わがままだ。
それに気まぐれな節がある。
グランめ、それを短時間で見抜くとは。
面倒な相手だから、俺に放りやがったな。
仕方ないと腹をくくる。
「じゃあさ、お前うちに来るんだろ。俺もそろそろ帰るから、ついてこいよ」
「うむ、ようやくじゃな」
人の職場に邪魔しておいて、何でそんな偉そうなんだ。
いや、イライラしたら負けだ。
「ゼリックさん、後はお願いしていいですか? 他の省庁へは適当に言っておいてください」
「承知していますよ、クリス様。ローロルン様が来たと知れば、連中何を言い出すか。釘は刺しておきます」
「ぬ、もしや妾はそれほど人気者なのか? この魔術の腕と美しさから、それも無理はないがのう」
「ああ、うん。そういうことにしておいてくれ」
本人がいい気になっているんだ、放置しておこう。
昔、こいつは国の大魔導具を勝手に使いやがった。
それ以来、各省庁はローロルンを危険視している。
王都に現れたと知ったら、ざわめくのは間違いない。
事が大げさになる前に、穏便に済ませてしまおう。
それが一番だ。
「ふふふ、エシェルバネス王国も義理堅いのう。九年前の恩義を未だに忘れておらぬとは。そうかそうか。夜会に招待したいというなら、妾も考えてやろうぞ。ふっふっふ」
「お前は気楽でいいよな」
「なっ、その人を小馬鹿にしたような言い草! あっ、放せ、放せっ! ローブの首根っこ掴んで引きずるなぁー! 猫じゃないんじゃぞ、妾はー!」
「いいからともかく黙って歩け。顔も隠せ。俺の家に着くまで、大人しくしておいてくれ。それだけ頼む」
ちょっと手荒だが、これも騒動を避けるためだ。
仕方ない。
このエルフに自覚があれば、俺も気を使わずに済むのにな。
ズルズルとローロルンを引きずる。
すれ違った職員には「分かってるな、他言無用だ」と釘を刺す。
ようやく納得いったのか、しばらくローロルンは大人しかった。
だが、それも長くはなかった。
「なるほど! つまり王都で大人気の妾がいると、皆仕事が手につかぬ。それ故、秘密裏に行動しろとな。何じゃ、それならそれと早く言え、クリストフ。水臭いのう」
「ああ、うん。もうそれでいいよ」
「くくっ、人気者はつらいのう」
完全に勘違いだが、どうでもいいよ。
目で合図する。
ローロルンはローブのフードをかぶった。
顔も、エルフ特有の長い耳も隠れた。
人目を避けるにはこれが一番だ。
「のう、クリストフ」
「何だよ、まだうちまでは遠いぞ」
「暑いから、やっぱりフード脱いでいいかの? ほら、夏だし。開放的な気分だし。いっそ全裸で!」
「色々な意味で我慢してくれ。主に俺の社会的な命が絶たれる」
「その時はその時じゃよ。男らしく諦めるんじゃな」
「他人に諦めさせられるのは好きじゃないんだ。特にその相手がお前じゃな」
「ふぅ、昔は素直ないい子じゃったのになあ。どこでこんなひねくれ坊主になったんじゃ」
「昔から俺はこんな感じだ。あと長命だからって、子供扱いするなよな。俺もう三十二歳だぞ」
「ふっ、齢二百七十を越える妾からすればな。下の毛が生えているかどうかも怪しいのう」
駄目だ、口じゃ勝てそうもない。
じわじわ心に刺さる。
早く帰ろう。
帰って飯食わせて、さっさとこいつには帰ってもらおう。
食材のことを意識してみる。
しかしリヴァイアサンか。
超大物だが、ほんとに殺ったのか?
「なあ、ローロルン。リヴァイアサン討伐って一人でか?」
「うむ。コーラントの海辺の町にいた時じゃ。近くで暴れておって、漁船などの被害が絶えんでのう。討伐クエストが出ていたんで、受注してみたんじゃ」
「受注してみたって、よく一人で引き受けたな。いくら幼龍でも、あのリヴァイアサンだぞ」
リヴァイアサンとは海の魔物だ。
魔物の格としては、最強の部類に入る。
海龍とも呼ばれるように、長い胴体と鱗を持つ。
頭部はいわゆるドラゴン系だ。
はっきりいって強い。
水中で戦えば、俺でも無理だろう。
武装軍船が数隻は必要だ。
こうなると魔物というより災厄だな。
それを単独でとは恐れ入ったね。
「大人ならともかく、子供じゃぞ。とはいえ、妾でも苦戦はしたがな。海面を凍らせて、無理やり動きを封じてやった。あれが出来なければ、負けていたかもしれぬ」
「どれだけ広範囲の海を凍らせたんだ。やっぱお前、とんでもねえな?」
「当たり前じゃろう。加護の力を得ているのは、お主だけじゃないんじゃぞ? ところでクリストフよ。だいぶ歩いたが、お主の家はまだかのう」
フードを持ち上げ、ローロルンが問う。
夏の夕方だ。
むわりとした熱気に、やはり辟易しているらしい。
「心配すんな、あともうちょいだ。あ、そうだ。同居人がいるんだが、よろしくな」
これは最初に言っておくべきだな。
案の定、ローロルンは「ほお、同居人か。女かえ?」と笑った。
どう見ても悪いことを企んでいる笑顔だ。
「ああ、そのまあ、なんだ。婚約者なんだがな」
「婚約!? お主、結婚して子供が産まれたと聞いておったがのう。離婚して、また再婚しようというのか!? ほうほう、なるほどのう」
「なるほどって何だよ」
そう返しつつ、覚悟はしていた。
こいつがこんな顔する時は、大抵良いことはないんだな。
「くく、そんな顔をするな。せっかくのリヴァイアサンじゃ。主の料理で舌鼓を打たせてもらうぞ。もちろん昔話をしながらのう」
「分かったよ。とりあえず、作る方は任せとけ」
色々話すだろうけれど、それはもう覚悟の上さ。
気を取り直し、俺は家路への一歩を踏んだ。