94.祭りの終わり、そしてあの人の噂
屋台勝負の結果を知らされたのは、翌日のことだった。
ゼリックさんの笑みを見て、俺は内心ホッとしたね。
「その表情だけで結果は分かりますね」
「ええ、クリス様のお察しどおりです。執行庁の圧勝ですよ。これを見てください」
ゼリックさんが懐から一枚の紙を取り出した。
各屋台ごとの評価点がそこに記してある。
なるほど、そういう基準を使ったんだな。
「これ、どうやって調べたんです?」
「会場の出口調査で、一般客をランダムに捕まえました。好きな屋台を三つ挙げてもらい、それを集計した結果ですね」
「へえ。そういう方法だったんだ。そして、うちの屋台は圧勝と」
余裕ぶってみたが、実はちょっと危なかったかもな。
売上で比べるなら、うちの屋台が間違いなく一番だった。
でもこの方法だと、あくまで美味かどうかがポイントになる。
他の屋台を挙げる人が多ければ、そこまでだ。
そんな俺の内心はともかく、ゼリックさんは上機嫌だ。
「はっはっ、そうですな! あのスティックお好み焼きは大評判でしたよ。こちらの用紙を見てください。票とは別に、何人かからコメントをもらいました」
「おー、ちょっと借りますね」
差し出された用紙の束を受け取る。
貴重なお客さんの声が、そこには並んでいた。
どれどれ、うちの屋台の分は……あったあった。
「勇者さまが直々に料理とか、話題性だけだろと思っていました。けれども実際に食べてみると、本当に美味しかったです。珍しさもあり、気がついたら食べ終わっていました。ありがとうございます――か」
「他にも色々ありますな。八十歳を超える祖母に食べさせたら、急にシャキッと立ち上がりました。何が入っているんですか! 教えてください、勇者様! だそうですよ。滋養強壮効果でもあるんですか?」
「そんなもんねえよ。流石に盛りすぎだろ、それは。客が喜んでくれたなら、俺は満足だけどさ」
ゼリックさんと話しながら、俺は用紙をめくっていく。
ほとんどが好意的な意見だった。
それ以外の意見も、ちょっとした注文くらいだ。
種類がもっとあった方がいいとかな。
「万人受けするってのは狙い通りか」と呟き、次の一枚をめくった。
意表を突かれたね。
そこに書かれた文字は、見覚えのある文字だったから。
『本当に美味しかったー! やっぱりパパのお料理、パーシーすごく好き! パパ、頑張ってね!』
『食べやすくて良かったです。異世界のお料理って、色々あるのね。遠くから応援しています。それではまた』
子供っぽい丸っこい文字と、流麗な大人っぽい文字だ。
俺は何度もその短いコメントを眺める。
まったく、直接顔も合わせたのにさ。
一々全部書かなくてもいいのに。
こんなことまでしてくれなくてもさ……分かってるって。
「ゼリックさん、この用紙だけもらってもいいかな」
「どうぞ、ご自由に。クリス様にはその権利があります」
そう答えてから、ゼリックさんは少し視線を外した。
ためらいがちに口を開く。
「よりを戻されるなら、それもまた一興ですよ。聖女様のことは、こちらで何とかしましょう」
「いや、それはいいよ」
即答した。
ちょっと考えてから、俺はその用紙を丁寧に折り畳む。
エミリアの笑顔を何故か自然と思い出していた。
「多分、一種の郷愁だろ。離れているからこそ、仲良く出来るんじゃないかな。そんな気がする」
「そうですか」
「多分だけどね」
その一言で会話と感傷を断ち切る。
家族ってのは難しい。
過去のいざこざを考えれば、よりを戻すのは気が進まない。
人の相性というのは、そうは変わるもんじゃないし。
けれども、そうだな。
せめてパーシーが成人するまでは、俺もまだ父親なんだろう。
そう思うと、ちょっと気が楽になった。
ゼリックさんから離れ、自分の席に着く。
"難しいねえ、別れた家族っていうのは"
羽根ペンを手にしながら、そんなことを考えた。
家族、家族か。
そもそも家族って何だろうな。
答えが無いと分かりつつ、密かに自問する。
それでもやっぱり答えは見つからない。
「なあ、君にとって家族って何?」
ふと気になり、部下を捕まえて聞いてみた。
お祭り好きの女性部下は、ハッとした顔を向ける。
「家族ですかっ。どこにいても、互いを思いやれる関係ですかねっ。私の場合なら、祭りを愛する心があれば皆家族ですけど。今日からあなたも仲間入りってやつです!」
「はあ、なるほどね」
「あ、あれ、笑わないんですね、クリス様。てっきり馬鹿だなあお前はって言われるかと」
「そんなこと言わねえよ。いいこと聞いた、ありがとな」
実は後半の祭り云々は聞いちゃいないけどさ。
「いえ、お役に立てたなら光栄です! ところでクリス様、噂レベルの情報なのですがっ」
「ん、何だ。もったいぶらずに言ってみろよ」
うながしながら椅子に座り直す。
俺と視線を合わせ、部下も背筋を伸ばした。
「はっ、それでは。今回の夏祭りには、コーラント王国からの使者もいらっしゃいました。その使者の一人が私の親族なので、聞く機会があったのですね」
「うん、続けて」
「ローロルン=ミスティッカ様をコーラントで見かけたらしいんですよ。ふらりとどこかに消えたので、現在地は不明なんですけど」
「ローロルンを?」
ちょっとびっくりした。
あいつ、ちゃんと生きていたのか。
ワイルドボア討伐の時、ライアルと思い出話をしたっけな。
あの魔術オタクの変人エルフ、元気にしてたのかよ。
「ええ、コーラントでも驚いたみたいですよ。冒険者ギルドに顔を出されて、依頼こなしてサヨナラだったと」
「あいつまだそんなことしてるのか」
「え、不自然なんですか?」
どう答えるべきかなあ。
慎重に口を開く。
「いや、あいつそもそもそんなにやる気もないからさ。確かに魔王討伐のためにパーティーも組んだよ。でも自分の魔術実験をしたかったてのが本音だったし」
「それはまた変わった方ですね」
「依頼受注か。どうしても金が必要だったのか、あるいは」
「あるいは?」
「暇で暇で仕方なかったかだな」
そう、あいつはそういう女だ。
実力は確かだが、気まぐれであてにしづらい。
ローロルンか。
懐かしくはあるけど、うん。
「とりあえず元気にしてるっぽいな。ありがとう、それさえ分かればいいよ」
「いえいえ、ちょっとした噂ですから。あの、クリス様は会いたいとか思わないんですか?」
「ローロルンにか? 別にそんなには。色々面倒だしね」
エルフで美人だからといって、性格がまともとは限らない。
思い出は思い出として、お互いの人生を尊重しよう。
元気でいろよ、そして出来れば会いたくはないかな。
† † †
おーい、そこの娘さん。
こんなとこで何しとるんだね。
ん? 見て分からんかのう。
行き倒れておるんじゃよ。
ほう、行き倒れて……あの、大丈夫かの?
大丈夫なわけなかろう。
迷子になった挙げ句、とことん空腹なんじゃ。
そこでな、人間の男。
妾を助けてくれんかの。
お、おおっ、あんたエルフじゃったか。
そういやその尖った耳、間違いねえ。
本物のエルフじゃあ。
んふふ、そうよ、そうとも。
エルフが珍しいかえ。
ならば助けよ。
その荷馬車の後ろでよい。
ちょいと近くの町まで乗せてくれ。
礼ははずむぞ。
んー、それならお安い御用だ。
ささ、乗った乗った。
細っこいエルフ娘一人くらいなら、大したことねえ。
ところでお前さん、名前は?
名乗るほどの者では、なーんてもったいぶることはせんよ。
妾の名はローロルン=ミスティッカ。
むかーし、勇者クリストフ=ウィルフォードと共に戦った魔術師じゃよ。