91.祭り終盤なのでラストスパート
「美味しかったねー、パパのお料理」
「そうね、美味しかったわね。パーシーもよく食べたわね」
「うん、だって食べやすかったもん! パパ、ごちそうさまっ」
満足いったらしく、パーシーはニコニコしていた。
口元についたソースを、マルセリーナが拭き取ってやる。
今日はお忍びらしく、お付きのメイドもいない。
貴族とはいえ、こういう時は普通の親のようなこともする。
「満足したかい」
子供の舌は正直だ。
屈んで、パーシーと目線を合わせた。
丸い大きな瞳には屈託というものがない。
「うん、すっごく美味しかったっ。オコノミヤキって言うんだね、これ! 表面がぱりっとしていて、中はふわふわなの!」
「良かった、気に入ってもらえたか」
自然と笑みがこぼれる。
そうか、パーシーが言うなら間違いない。
表面がぱりっ――この言葉を聞きたかったんだ。
マルセリーナの方を見る。
食べ終えた棒を持って、あちこちを見渡していた。
「それ貸してくれ。捨てておくから」
「あ、あら、ごめんなさい。ゴミを捨てる場所が見つからなくて」
「こっちでやっとくよ、それくらい」
声を潜めた。
屋台の裏とはいえ、あまり人に見られたくなかったからな。
「じゃ、ぼちぼち」と鉄板に目を向ける。
マルセリーナは頷いた。
「忙しいわね、あなたも」
「全くだ。祭りを楽しむ余裕もないよ」
「その割には生き生きしてるように見えるけど?」
「まあね。食べてくれる人がいるからね」
そうだ。
この言葉が全てだ。
料理は楽しいだけじゃない。
きちんと仕上げようと思えば、労力も時間も使う。
それでも、誰かの「美味しい」の一言が俺の背中を押してくれる。
だから台所に立てる。
「ふふ、あなたらしいわね。今はエミリアさんがあなたの原動力ってことでいい?」
マルセリーナは意味深に笑った。
答えに迷っている間に、彼女はパーシーの手を取る。
そうか、そろそろ時間だな。
「あんまり引き止めても悪いわ。行きましょう、パーシー。夏祭りはまだまだこれからみたいよ」
「うーん、もっとパパとお話したいけど、そうだねっ。パパ、頑張ってー。またねっ!」
「おう、ありがとな。気をつけて見て回れよ」
お互い手を振って、そしてサヨナラ。
さっぱりとした気持ちで、俺は再び屋台に戻る。
心の底の微かなしこりも、いつかは消えてくれるだろう。
その時は、また二人に何か作ってあげられる。
そんな気がした。
† † †
花火の間隔が長くなっている。
人の数がちょっとずつ少なくなっていた。
緩やかに、だが確実に、夏祭りは終わりに近づいている。
エミリアとモニカも、ようやく一息つけそうだ。
「はー、お客さんが減ってきましたねえー。疲れたのですー」
「ほとんど立ちっぱなしでしたからね。すいません、ちょっと失礼します」
エミリアより先に、モニカの方がへたばった。
ほとんど倒れこむように、休憩用の椅子に座り込む。
「はー、疲れたー」とため息をついて、下を向いてしまった。
これは限界かもしれない。
うーん、だがまだ客は来るからなあ。
売り子がいないのは困る。
「仕方ねえ、俺がやるか。二人とも休んでろ、あとはいい。よくやってくれた。おーい、ライアル。お前も手伝え」
「呼んだ? ああ、俺も売り子やるのか。客引きはもういいのかい」
足取り軽く、ライアルが戻ってきた。
こいつも立ちっぱなしだったはずだが、まだまだ元気だ。
もうちょっと働いてもらおう、うん。
「もうその必要もないだろ。祭りも終盤、しかも女の子二人はバテバテ。残ったお好み焼きをさばいて、それで終わりだ」
「了解。おっと、言ってるそばから来たよ。はい、いらっしゃい。お客様、何にいたしますか? 濃厚甘口がお好きであれば、こちらの豚玉。カリッと焼けた豚バラに、キャベツの歯ざわりがマッチする一品です。さっぱりとした大人の味がお望みなら、この明太子じゃこですね。ポン酢しょうゆがビシッと利いて、メリハリのある味になっています。どちらも残り僅かとなっているので、お早めに!」
立て板に水とはこのことか。
ライアルのセールストークが炸裂する。
客の反応は上々だ。
全体的に減ってはいるけど、うちが一人占め状態。
他の屋台から嫉妬されそうだな、これ。
「すいませーん、このスティックオコノミヤキってまだありますかー。豚玉三本っ」
「やたら美味しそうな匂いなんで、たまらないんですけどー。明太子じゃこ二本くださーい」
「勇者様のお料理なら、ぜひ一度食べてみたいでーす。豚玉を二本、明太子じゃこを一本お願いしますっ」
うわ、次々に注文が押し寄せてきやがる。
ありがたいんだが、目が回りそうだ。
なのに、ライアルは涼しい顔だ。
「はい、ただいま! いやあ、お客さんお目が高いですね。今なら一本おまけしちゃいますよ」
「おい、そんな勝手に」
「いいじゃないか、クリス。どうせこれで最後なんだからさ。はい、そちらの可愛いお嬢さんに」
ずいぶんサービスしてるじゃないか。
愛想いいのはいいけど、客を選べよ。
「やだ、こんな素敵なお兄さんから可愛いって言われちゃった……」
「えっ、ちょっと待って。ねえ、何で赤くなってるの!? さっき俺の告白を受け止めてくれたのは嘘だったの!?」
「何よ、早くも彼氏ヅラする気? 嫉妬深い男って、好みじゃないのよね。こっちの黒髪のお兄さんにしちゃおうかなー」
「そ、そんなあー! 待ってくれー、君の言う事なら何でも聞くからっ!」
「はは、大変なことになったね。ほら、もう一本おまけしてあげるよ」
無駄に爽やかな笑顔を見せてるけどさ。
このカップルが別れたら。
ライアル、間違いなくお前のせいだからな。
「やだねえ、イケメンの自覚のない男ってやつは」
「えっ、そんなやついるの?」
「お前みたいな天然のことだよ。ほら、お客さんだぞ」
いつか刺されるぞ、こいつ。
とりあえず、今はこの場を無事に切り抜けるか。
俺も売り子やらなきゃな。
「はい、明太子じゃこ三本ですね。ああ、まだありますから押さないでください」
さっとポン酢しょうゆをかけて、子供の客に渡してあげる。
「ありがとうー、勇者さまー」と礼を言ってくれた。
いやあ、次の世代も捨てたもんじゃないよな。
ライアルはどうだろうか。
横目で見てみると、こっちも頑張っていた。
「はいはい、豚玉二本ですね。えっ、二本! たった二本でいいんですか。あー、もったいない。次いつ食べられるか分からないのに、たったの二本かー。いや、これは参った。えっ、やっぱり四本頼むって? さすがですね、お客様!」
「なあ、お前そんなキャラだっけ?」
おそるおそる聞いてみた。
「いや、意識的に明るくやってるだけだよ。過去を払拭しないと、未来はやってこないって言うからね」
「色々ふっきれすぎだ」
苦笑してしまうだろ。
でもまあ、これでもいいか。
おかげさまで完売御礼達成だ。
口笛一つ、疲れも吹き飛ぶ。
よーし、あとは……そうそう。
背後からの声に振り向く。
「クリス様ー、当然私達の分も残っているんですよねえええええっ!」
「せっかくですから、ご賞味したいんですがががが」
うん、聖女とメイドは空腹らしい。
頑張ったのだから、たっぷり食べさせてあげるとしよう。