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90.意外な来客はもう定番なのかもしれない

 勝負そのものが始まる前に、結果は九割がた決まっている。

 情報収集と事前準備、それに分析が大事だ。

 この点に置いて、俺は今回の屋台勝負には自信があった。

 まず、俺自身が看板として有効だ。

 勇者のネームバリューは伊達じゃない。

 その点では、エミリアも同様に役に立っている。

 俺ほどじゃないにしても、彼女も有名人だからな。


「エミリアさんには礼を言っておくよ。君が店員だと、客の入りが違う」


「うんうん、そうでしょう、そうでしょうねー。可愛い売り子がいれば、一本くらい買ってあげようと思いますよねー」


「調子のるな」


「あうっ!」


 俺のデコピンで、エミリアがのけぞった。

 あんまりドヤ顔だったので、ついやってしまった。

 このドタバタ騒ぎに気がつき、モニカが振り返る。

 顔が引きつっていた。


「何を遊んでいるんですかっ。お客さんがわんさか来てるんですよ! エミリア様、売り子手伝ってくださいっ。クリス様もじゃんじゃん焼いてっ」


「おねーさん、可愛いね。一緒に夏祭り回らない? 君は俺の心の花火だ! なんつって、ハハ」


「すいませんごめんなさいナンパほんとお断りなんですっ、はい、豚玉三本と明太子じゃこ二本お買い上げありがとうございましたあーっ!」


「あ、はい」


 深々とお辞儀したまま、モニカが客にスティックお好み焼きを渡す。

 勢いに押され、客はくるりと反転して去っていく。

 間髪入れず、すぐに別の客が注文してくる。

 確かに悠長にしている暇は無さそうだ。


「はー、モニカ一人でこんなにたくさんのお客さんをー。やっぱりすごいですねえー」


「感心してないで手伝ってくださいっ。はいっ、ご注文は!?」


「あっ、これは私も行かないとまずいですねぇ」


 短い休憩は終わりってわけだ。

 エミリアは売り子に戻り、俺はまた鉄板の前に立つ。

 夏祭り開幕以来、客の列が途切れていない。

 忙しいことこの上ないが、勝利は目前だ。


 "スティックお好み焼きの感想、間違いなく口コミで広まっているな"


 頭の片隅で考えながら、更に豚玉を焼く。

 流石にくたびれてきた。

 手元を見る。

 豚バラはまだある。

 千切りにしたキャベツもまだある。

 よし、これが無くなるまでは手を抜かないぞ。

 気合い入れろ、俺。


「っしゃ、来いやー!」


 気勢を上げ、生地を鉄板に注ぎ込んだ。

 ここが踏ん張りどころだ。

 軍務庁でもどこの庁でも、うちの屋台に勝てると思うなよ。

 ジュウウと生地が音を上げた。

 ゴムべらを手にする。

 いざ巻きに入ろうとした時、声をかけられた。


「おーい、クリス。お客さんだぞ」


 視線を鉄板から上げる。

 ライアルだ。

 あれ、お前客引きしてたんじゃないの? 

 それにこっちに連れてきてもらってもなあ。


「お客さんなら、ちゃんと列に並んでもらってくれよ。何でわざわざ裏に回って……え」


 途中で気がついた。

 ライアルが連れてきたのは、ただの客じゃないことに。

 大人が一人、子供が一人。

 どちらも俺がよく知っている人物だ。

 そして別れた妻と子供を忘れるほど、俺は薄情じゃない。


「あっ、パパだー。変な服着てるねっ」


「あら、ほんと。あなた、服の趣味だけは良かったのに、それさえも無くしたのね」


「久々の挨拶なのにずいぶんだな、おい!?」


 俺が憤慨しても、パーシーもマルセリーナも澄ました顔だ。

 まだ残る気まずさも、祭りの雰囲気がかき消してくれたようだ。

 ついこないだ会ったばかりだな。

 ゴムべら片手に、そんなことを思った。

 

 ちょうどその時、花火が上がった。

 ドゥン、パチパチという音に、多彩な光のシャワーが続く。

 夜の帳が一瞬晴れて、二人の顔が鮮やかに浮かび上がった。

 胸の奥がキュッと縮む。

 誤魔化すように、わざと笑った。


「何だよ、来るなら来るって言えばいいのにさ。特別に招待席くらいは用意したぜ」


「仕方ないでしょ、急に決まったんだから。父も今年は遠慮するつもりだったのよ。でも、陛下に呼ばれたのでは断われなくて」


「ま、そりゃそうだな」


 マルセリーナの父上ことロージア公爵の気持ちも分かる。

 俺に遠慮して、夏祭りの邪魔をしたくなかったのだろう。

 けど国の重鎮ともなると、私情を無視する時もある。

 仕方ないよな。


「うん、それでねー、パーシーねー、ママに頼んだの。せっかくだし、パパに会いたいって!」


「おー、そうかそうか。いい子にしてたか? おっと、ちょっと待ってろ」


 まだ手元の仕事が途中だったな。

 ゴムべらを使い、器用に生地を巻いていく。

 我ながら鮮やかなものだ。

 それが終わると、素早く棒を挿し込む。

 豚玉なので、味付けはお好み焼きソースだ。

 これが無いと物足りないのさ。

 一通り終わったところで、ライアルを見た。


「わざわざ連れてきてくれて、悪いな。気使ってくれたのか」


「別に大したことはしてないよ。じゃ、俺は客引きに戻るから。それでは」


 素っ気ないほど簡潔に言って、ライアルは引いた。

 言葉通り、すぐに客引きに戻ったらしい。

 喧騒を貫いて「おにいさん、どう、オコノミヤキ一本! 可愛い子いるよ!」という声が聞こえてきた。

 ああ、うん。

 間違ってはいない。

 間違ってはいないんだが。


「ねー、パパー。可愛い子って誰のことー? まさかあの食いしん坊のおねーちゃんー?」


「しっ、黙っとけ、パーシー。余計な口きくな」


 恐る恐る様子を見る。

 うん、売り子に忙しいらしく、こちらに気がついていない。

 別に顔合わせてもいいんだけどさ。

 何かと面倒そうじゃん。

 それに今はお仕事中だし。


「食いしん坊のおねーちゃんって、ああ、聖女様のことね。確かに見事な食欲だったわよね」


「お前、それ誉めてないだろ」


「そうね、でもけなしてもいないわ。よく食べてくれる人の方が、あなたにはお似合いだし」


 青い目を瞬かせ、マルセリーナが皮肉っぽく言う。

 でも、これは嫌味でも何でもない。

 それくらいは分かる。


「悪者ぶるには、ちょっと演技力が足りないんじゃないの」


「あら、本音のつもりだけど? 実際、あなたも嫌いじゃないでしょうに」


 最後の言葉をやや抑えたのは、パーシーに遠慮したのだろう。

 幸いなことに、パーシーには聞こえていないようだ。

 じーっとスティックお好み焼きを見ている。

 子供の目にも、美味しそうに映るのだろう。

 分かってるさ、ちゃんとあげるって。


「ほら、パーシーにはこっちな。豚玉って言って、豚肉が入ってるやつ。熱いから気をつけろよ。マルセリーナには、こっちの明太子じゃこだ。さっぱりしているから、大人向けだよ」


「わっ、ありがとうー。これ、何ていうの?」


「変わったお料理ねえ。でもいただくわ。おいくら?」


 パーシーは満面の笑顔なのは当然か。

 マルセリーナが素直に受け取ったのは、ちょっと驚いた。


「お代はいいよ。わざわざ見に来てくれたんだ。おまけにしとくよ」


「わーい、パパ気前いーねー」


「あら、悪いわね、何だか」


「これで金取るほど落ちぶれてねえよ」


 これ以上は野暮と言うものだろう。

「ほら、早くしないと冷めるぞ」と言うと、二人は素直に頷いた。

 パーシーはそのまま豪快にいく。

 マルセリーナはおそるおそるだ。

 そもそもこういう庶民の味は、彼女の好みではないからな。

 挑戦しているだけでも凄い。


「っ、わあ、これ美味しいねえー。皮がパリッとしていて、そこにこの甘いソースが絡んでくるの! パーシー、これだーいすき!」


「もう、この子ったら。お口の周り、こんなに汚して。でもいいわ、後で拭けば。私も一口いただくわね……あら」


 じっと観察している。

 元妻は慎重にスティックお好み焼きを眺めていた。

 ポン酢しょうゆ味は、彼女の意表を突いたらしい。


「このピンク色の食べ物が微かに辛くて、でもそれだけじゃない。プチプチした食感と共に、さっぱりした美味しさがあるわ。そして、このサラッとしたタレがさっぱり感を加速する……いいわね、これ」


「君、庶民の味苦手じゃなかったっけ。嬉しいんだけど、ちょっとびっくりだな」


「食べないこともないわよ。中には美味しいものもあるもの。立ったまま食べるのは、確かに本意じゃないですけれどね」


 若干のためらいは見せつつ、それでも綺麗に食べている。

「旨辛って言うのかしらね。夏バテにも効きそうよ、これ」と感想を漏らした。

 手応えありだな。

 公爵家の人間でも、これだけ食べてくれるんだ。

 味は折り紙付きと考えても、罰は当たらないだろうよ。

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