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89.第二のスティックお好み焼き

「クリス様ー、お客さんが来ますねえー」


「来ますじゃなくて接客してくれええ!」


「エミリア様っ、手伝ってくださーい」


 のほほんとしたエミリアの呟きに、俺とモニカが突っ込む。

 祭りの雰囲気にあてられてか、あるいは匂いにつられてか。

 ともかく、一般客の何割かは屋台の方に流れてきた。

 戦闘開始だ。


「じゃあ俺が誘導するから、よろしく」


 片手を挙げ、ライアルが離れる。

 すぐに「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。勇者クリストフ=ウィルフォードの屋台はこちらだよ。名料理人でもある彼の屋台だ、一口試して損は無いよ!」という口上が聞こえてきた。

 口達者だな、おい。


「ライアル様、すごいですねえ。私なら絶対途中で舌噛んじゃいますよー」


「滑舌いいですよね」


 二人の会話は放置して、俺はお好み焼きに取りかかる。

 客寄せ用の何本かなど、あっという間に無くなるだろう。

 ここからしばらくは、俺はお好み焼き作りに集中だ。

 用意しておいたボウルを手に取る。

 まずはスタンダードな豚玉からだ。

 具は一口大にカットした豚バラと、刻みキャベツ。

 上にかけるのは、甘口のお好み焼きソースだ。

 まずは万人受けするタイプの味を提供しよう。


 "さあて、いきますか"


 無言のまま、自分自身に語りかけた。

 ボウルを傾け、生地を広げる。

 薄黄色の生地がとろりと広がっていく。

 パチッ、パチパチッと音が弾けた。

 小麦粉で出来た生地は薄く、すぐに香ばしい匂いが立ち込める。

 心配していたが、火魔石の火力調節も良好なようだ。


「豚玉入りまーす。あ、もうここにあったー」


「エミリア様っ、ちゃんと手元見てください!」


 頼む、モニカ。

 そいつの制御は任せた。

 俺はそっちまでは手が回らない。


「あれ、あの女の子、聖女様じゃないの? 屋台の売り子されてるんだ」


「本物なのかしら。だってあの聖女様よ、わざわざ屋台の売り子とかしないでしょ」


 そこの客、ヒソヒソ声でも聞こえてるよ。

 ほら、エミリアがわざわざ説明し始めた。


「いえいえ、本物ですよー。いやあ、クリス様が手伝ってくれって言うんですよねー。婚約者としては、ここは一肌脱がなくてはとー。いえっ、本当に脱ぐわけじゃないですよっ、物の例えですー。脱いでも割とすごいと自分では思ってますけどっ」


「アホですか、あなたはっ!」


 あっ、モニカがどついた。

 パコーンといい音が上がり、エミリアがつんのめっている。

「痛いのですぅー」という聖女の涙声に続いて「はしたないと思わないのですか、もうっ」というメイドの叱責が聞こえてきた。

 そりゃ注意もするよな。


「あはは、この屋台面白いですね。せっかくだから、この奇妙な串を二人前ください」


「ありがとうございまーす」


 おお、初売上だ。

 エミリアもちゃんと笑顔だし、これならいけるかも。

 いや、絶対いける。

 手元に視線を引き戻す。

 鉄板に触れた片面を見る。

 大丈夫、ちゃんと焼けている。

 ゴムべらを使い、手元から素早く巻いた。

 この数週間の練習の成果だ。

 明らかに上手くなっている。


 "あとはこの工夫が効を奏してくれれば"


 祈りながら、横から木の串を挿し込んだ。

 ジュッと小さな音があがる。

 高熱が触れた証拠だ。

 よし、ここで軽く上からゴムべらで押してっと。


「出来た。よし、これならいけるな」


 ちょっと嬉しい。

 練習では出来ていたから、もちろん自信はあったけどな。

 でも本番となると、また違う。

 よし、あとはひたすらこれを繰り返すだけだ。


「クリス様、お客様が列を作っていますよ。どんどん焼いてもらっていいですか?」


「望むところだ」


 モニカに答えながらも、手を止めない。

 一人前作って終わりなら楽だが、今回はそうじゃない。

 時間との戦いだ。

 ボウルから生地が流れる。

 鉄板から油が弾け、またもやバチッと音が上がる。

 そしてまたゴムべらで巻き、棒を挿す。

 ほとんど無意識でも出来るくらい、体が動きを覚えている。


「注文受けた分は全部さばく。ありったけのスティックお好み焼きを売ってくれ。売って売って売りまくれ」


 檄を飛ばした。

 熱い。

 ほぼ浴衣の袖はたくし上げているが、それでも熱い。

 鉄板から立ち上る熱が、空気を介して伝わる。

 冷水を一口飲む。

 これ以上の暇はないので、すぐにまた鉄板の前に立つ。


「もう一種類あるから、そっちも焼く。豚玉と合わせて、それも売って。料金同じでいい」


「はーい、分かりましたー」


「承知いたしましたっ」


 エミリアとモニカの返答は早い。

 小気味いいね。

 こういうテンポのいい会話は好きだ。

 その反応に気を良くし、俺は新たなお好み焼きに取りかかる。

 基本は地球で見たやつと同じ。

 少しだけ、俺なりにアレンジしてみた。


 "ちりめんじゃこと明太子だけでも、結構いけるとは思うんだけどさ"


 あの組み合わせなら、さっぱりした風味になる。

 明太子の辛さが利いて、大人っぽい味になるはずだ。

 そこをもっと強調して、豚玉とは全く別の味を考えた。

 収納空間をオープン、まず取り出したのは長細い緑の葉だ。

 白い茎がすらりと伸びている。

 見た目はまるで棒のよう。

 そしてツンと辛みを帯びた香り。

 うん、これでいい。


 "この長ネギをまずはみじん切りにして"


 緑の葉の部分も、白い茎の部分も全部細かく刻む。

 あまり大きいと、熱が通りきらない。

 さらっと辛みの風味だけ残したい。

 歯ごたえもわずかに残ればそれでいい。

 刻み終えたネギは、全てボウルに。

 ここで全ての具を生地にぐるっと巻き込んでと。


 "焼き出してからは、同じ手順なんだ"


 だから考える必要もない。

 鉄板の上の生地を見る。

 明太子のピンクが鮮やかに映える。

 長ネギの濃い緑によって、更に引き立っていた。

 ちりめんじゃこは透明に近い白色だ。

 うん、配色からいってもバランスがいいね。


 豚玉と同じ手順で、要領よく焼いていく。

 棒を挿した。

 またジュッと小さな音がする。

 満足しながら、俺は味付けにかかる。

 この明太子じゃこには、甘いソースは使わない。

 狙う顧客は大人だ。

 豚玉とは全く違う味にする。


 はけを容器に突っ込み、サッとお好み焼きに走らせた。

 さらっとした調味料がかかる。

 お好み焼きの表面に上手く染み込んでくれよ。

 仕上げにパラパラとかつお節をかけてやる。

 トッピングとしてはこれで十分だ。


「おおっ、これが第二のスティックお好み焼きなのですかー! 何だか爽やかな匂いがしますー!」


「あら、ほんとですね。微かな酸味を予感させるこれは……柑橘系の何かですか。豚玉とはまた違った味の予感ですね」


 エミリアとモニカの反応に、客がどよめいている。

 そこにふわりと夜風が匂いを運ぶ。

 お好み焼きソースの甘い匂いとは、明らかに違う匂いだ。

 だが、これはこれで食欲をそそってくれる。


「あの、その新しい種類のオコノミヤキを一本いただけないですかっ。それも美味しそうですね!」


 ノリのいい客がまずは一本。

 それに釣られるかのように、何人かの客が更に追加注文だ。

 反応は上々、あとは食べた客の口コミに期待だ。

 心の中で小さくガッツポーズして、俺は呟く。


「ポン酢醤油をタレにした、さっぱり風味のスティックお好み焼きだ。豚玉のこってりとはまた違って当たり前さ。両方味わっていきな」


 つまり、ここからが本番ってこと。

 異世界の料理の奥深さなめんなよ。

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