87.生焼けをどうにかしたいんだよ
今まで料理で苦労したことはほとんどない。
大体の料理は、数回練習すれば覚えられた。
しかしだ。
今回だけは、苦戦していると言わざるを得ない。
「うーん、どうしても出来にムラがある」
「えー、けどこれくらいなら食べられますよー。気にしすぎじゃないですかー?」
俺がぼやくと、エミリアになだめられた。
彼女の前には、十本近いスティックお好み焼きがある。
これはさっき俺が焼いたもの。
使ったのは屋台の鉄板だ。
火力はきちんと調節していたし、注意はしていたとは思う。
だが期待していた出来には及ばない。
「それで客が満足してくれるとは思えないね。見ろよ、これ」
そう言って、俺は全てのお好み焼きをばらす。
何本かの中身には、火が通りきっていない。
食べられなくはないさ。
けど、これだと食感が悪い。
「あー、はい。ちょっとねっとり感があったのですよー。それでも気になりませんでしたがー」
「一本一本丁寧にやるなら、こうはならないんだけどね。これだけいっぺんに焼くとなると、目が行き届かない」
「落ち込まないでください、クリス様ー。絶対どうにかなりますって」
「落ち込んでねえよ。考え込んでるだけだ」
とはいうものの、八方塞がりだ。
小さくため息をつき、俺は芝生に寝転がった。
夏祭りの会場なので、綺麗に芝生が整えられている。
夏の盛りだ。
緑もまた瑞々しい。
"これでお好み焼きの悩みさえなけりゃ、言うことないんだがなあ"
大の字になったまま、天を仰いだ。
空が高い。
このまま寝てしまおうか。
いや、日焼けで死にそうになるな。
でもすぐに起きるのも、何だか面倒だ。
ぐだぐだと迷っていると、エミリアに声をかけられた。
「クリス様でも悩むことあるんですねー。珍しいですー」
「そうか? 普段は表に出さないだけだよ」
「そうなんですかー。例えばどんなことで悩んでいるんですー?」
エミリアも芝生の上に腰を下ろす。
俺から少し離れた場所だ。
腕二本分の距離があっても、会話には支障ない。
「そうだなあ。将来どうしようかなとか、パーシーのこととかかな。不確定なことばかりで、悩むだけ無駄っぽいけど」
「はぁ、真面目ですねぇ。私は今日の晩ご飯についていつも考えてますがー」
「エミリアさんは平和で羨ましいよ」
「ふふふ、ありがとうございますっ」
「いや、誉めてないから」
俺とエミリアの会話は、いつも通り軽い。
その軽さの裏で、俺はちょっとだけ悩んでいる。
偽装婚約という関係は、いつまで続くのだろう。
同居してそろそろ四ヶ月か。
結構長く続いているが、このままとはいかないな。
"この子との関係も、悩みのたねの一つなんだよなあ"
顔を傾けると、エミリアの横顔が見えた。
おでこから鼻までのラインが、すっと整っている。
風が吹き、長い栗色の髪を揺らす。
その横顔が隠れる。
風が止むと、また彼女の顔が覗いた。
綺麗な顔をしていると、理由もなく思った。
「なあ、エミリアさんさ」
「はい、何ですかー?」
間延びした声が聞こえた。
いつも聞いている声だ。
そしていつかは離れていく声なのだろう。
「いや、何でもない。そろそろ起きるか」
自分の中の戸惑いに、俺は知らないふりをする。
気がついても、きっとどうしようもないから。
そのまま立ち上がる。
休憩はここまでだ。
「スティックお好み焼きの弱点を、もう一度考えてみよう」
「はーい」
エミリアは鉄板の向こう側に回り込む。
鉄板を挟んで、俺達はお好み焼きへ視線を落とした。
こちらを向いている側は、ちゃんと焼けている。
問題は内側――棒の周りだ。
「ゴムべらで巻くこと自体は、今は問題ない。大量に作っても、今の俺なら失敗しない」
「そうですねえ。私が見ていても、全部ちゃんと出来ていると思いますよー」
「そうだよな。前は崩れやすかったけど、今はそれもないし。軽くゴムべらで押せば、棒からは外れなくなった」
「ええ、もうそこは完璧ですよねー。一度にたくさん焼いても、全部出来ているのですー。だから、解決すべき問題は一つですねー」
「そう、スティックお好み焼きの唯一の問題点だな。鉄板で焼くことのない側の生焼けか」
答えつつ、じっとスティックお好み焼きを見る。
通常のお好み焼きなら、こんなことにはならない。
片面を焼いたらひっくり返し、両面を焼くからだ。
だが、スティックお好み焼きの場合は片面しか焼かない。
巻く際に内側になる方は、直接鉄板に触れないのだ。
「何回も検討したけど、あえてそっちも焼く方がいいのかな。いや、でもそれをやると巻きにくいんだよな」
「焼くとどうしても固くなりますからねえ。考えた結果、片面だけ焼く方がいいって決めましたし」
「そうなんだよな。地球でも、これは片面しか焼いてなかったはずなんだよ。どうやって解決していたんだろう」
「生焼けのリスク覚悟で食べていたのではー?」
エミリアが無邪気に言う。
その可能性は、俺もちらっと考えた。
だが、これは小さな子供も好む料理だ。
半生の小麦粉はお腹を壊しやすい。
低リスクとはいえ、そんな真似をするとは思えない。
「さすがにないだろう。多分、焼くための技術が違うんだよ。向こうは機械を使っているから、もっと均一に火が通るんだろう」
「はあ、そうなんですかー。うーん、技術力の差かぁ。それじゃ、どうこう出来るものじゃないですよねー」
「そこを工夫で埋めたいんだよな」
無いものねだりは良くない。
ヤオロズが見せてくれた光景を思い出す。
確か、IHクッキングヒーターを使っていた。
電気の力で高熱を発生させる機械だ。
多分あれなら、温度調節も容易なはず。
片面焼きでも、最後まで火が通る一定の温度を保てる。
「巻いた後でも焼くことが出来れば、問題は解決するんだが」
無理は承知だ。
それでも言うだけ言ってみる。
どこかに手がかりは無いか。
「ええっ、それって内側からってことですよねー? 無理ですよお、棒が燃えるわけじゃないですしー」
「だよな……待った、エミリアさん、何て言った?」
「え? 棒が燃えるわけじゃないと言ったのですー。あれ、クリス様?」
「思いついたかもしれない」
脳裏に閃くものがあった。
そうだ。
片面しか焼けないから、生焼けの部分がある。
でも何らかの形で、熱をもう片面に伝えられればどうだ。
棒、木の棒。
鉄じゃない、直接は熱することは無理だ。
だが、間接的になら。
「試してみる価値はあるか。ありがと、エミリアさん」
「え、え、え? 何だかよく分からないですが、お役に立ったのですねー」
「そうだね。少なくともヒントにはなったよ」
突破口は見えてきた。
後は実証するだけだね。