表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/145

85.簡単に、というわけにはいかないか

 二人がお好み焼きを食べ終えるのに、時間はかからなかった。

 ライアルは口の周りを綺麗に拭く。

 ソースが気になるらしい。

 モニカも同様だ。

 二人とも満足そうな顔をしている。


「ごちそうさま。いやあ、美味しいね、このお好み焼きって。上にかかった甘めのソースが食べやすいよね」


「ほんとにライアル様の言うとおりですね。具は、キャベツと豚肉ですか? キャベツの野菜独特の甘さに、豚肉の脂が絡むと。こう、何とも言えない幸せを感じます」


「そうだね。いい意味でジャンクな美味しさがあると思った」


 ライアルとモニカが感想を伝えてくる。

 ある意味、予想通りで想定内だ。

 万人受けしやすく、気軽に楽しめる。

 それがお好み焼きの良さだと思う。


「よし、二人が納得したなら俺も安心だ。エミリアさんも、美味い美味いと言ってたけどな。三人全員納得したなら、大丈夫だろう」


「え、ええっ。私の舌を信じていなかったのですかー」


「信じてはいるよ。でもエミリアさん、何でも美味しいと言いかねないからなあ。ちょっと心配だったんだよ」


 調理する側としてはありがたい話ではある。

 だが、この子を基準にすると危険な時もある。

 味の守備範囲が広すぎるのだ。


「ぐ、ぐぬぬぬー。だってクリス様のお料理、何でも美味しいじゃないですかぁー」


「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。今回は、多数の客が相手だろ。念には念を入れたかったんだよ」


 エミリアに答えながら、ライアルとモニカをちらっと見た。

 試食者は多い方が安心だってことだ。

 ライアルが肩をすくめる。


「美味しいものを食べられたので、俺は満足してるよ。これなら、大抵の人は大喜びだろうね。モニカさん、どう思う?」


「そうですね、いいと思います。人を選ばない味ですよね、このお好み焼きって。食べ応えもありますし、特に子供は好きだと思いました」


「もっと尖った味付けも出来るけどな。今回作ったお好み焼きは、一番スタンダードな味付けだ。ここからどうするかなんだよ。それに」


 わざと一度言葉を切った。

 空の皿を見つめる。

 問題はここからなんだ。


「夏祭りには、このままのお好み焼きでは出さない。いや、出せないんだ。最初に話したように、形をスティック状にする。そこが問題なんだよ」


「ああ、スティックお好み焼きって言ってたな。そもそもどんな形なのか、聞いていなかった」


 顔をしかめたライアルに、エミリアが説明する。


「ぐるっと巻いたお好み焼きに、横から棒を挿すんですよー。串焼き状態って言えば、分かりやすいですかー。片手で持って食べられるから、その方がいいんですー」


「あ、なるほど。お祭りなら、その方が気分が出るか」


「そう、それに持ちやすいからな」


 エミリアの説明を引き取った。

 そのまま俺は現時点の段取りを伝える。


「基本的に屋台での調理は俺がやる。皆は接客と呼び込みをしてくれればいい。それだけでも大助かりだ」


「良かった。それでしたら、私もお役に立てそうですね」


「うん。だからさっきのモニカさんの心配は無用なんだ」


 調理に比べれば、接客はどうにかなるだろう。

 俺としても一人でやるのは心細い。

 説明を続ける。


「俺が執行庁に勤務しているのは知っているよな。執行庁の上司から、庁同士で屋台を出し合うことになったと聞いた。公式の勝負じゃないけど、庁の面子がかかっている」


「おー、ということは、私の頑張りも期待されているのですねー」


「と言う割には、気が抜けた返事だね」


 俺の反応にも、エミリアはニコニコしている。


「お祭りなんだから、楽しくいきましょうよー。もちろんお手伝いは真剣にやりますけどねー。優勝したら、何か美味しいもの食べさせてくださーい」


「あ、それ、俺も便乗したい。バイト代はいいからさ」


「でしたら、私もよろしいですか。自分だけのけ者になるのは、寂しいので」


 ライアルもモニカも望むところは同じらしい。

 それくらいならお安い御用だ。


「よーし、じゃあ夏祭りに向けて気合いれるか。勝って美味い酒飲むぞっ!」


 俺が手を出すと、皆その上に手を重ねてくれた。

 チームワークはバッチリ、まずは一歩リードってところか。

 絶対勝ってやるからな。



† † †



 気勢を上げたものの、技術が伴わないと意味がない。

 その日から、俺はひたすら練習することにした。

 スティックお好み焼きは、普通のお好み焼きとは違う。

 ゴムべらで巻くという、一種独特の技術が必要になる。

 それを完璧に出来なければ、今回の屋台は失敗だ。


 "練習あるのみか"


 お好み焼きの生地を、気持ち薄めに作る。

 小麦粉は少なめに。

 つなぎの山芋は多めにだ。

 厚めの生地だと巻きにくいから、それを回避するためにね。

 粉っぽさがなくなるまで、これを丁寧にかき混ぜた。

 ボウルの中で、粉がつなぎと馴染む。


 "これを熱したフライパンに注ぐ"


 ボウルを傾ける。

 とろりと白い生地が流れ落ちた。

 油と生地がぶつかり、パチッパチッと小さく音を立てる。

 フライパンの上に、生地がすーっと伸びていく。


「綺麗に伸びますねえ」


「だまが出来ないように、ちゃんとかき混ぜたおかげだよ。手を抜くと、でこぼこになる」


 エミリアさんに答える。

 その間にも、フライパンから目は離さない。

 火を使っているんだ。

 油断すると怪我をする。

 そしてタイミングを見計らい、ゴムべらを差し込んだ。

 うん、上手く焼けている。


「このままくるっと巻いてっと」


 完璧にとはいかず、多少崩れた。

 初回ならこんなものか。

 それでも大まかな形はキープした。

 丸まったお好み焼きに、上からソースをかける。

 甘い匂いが広がった。


「わあ、美味しそうですねぇー」


「まだだよ。ここに棒を挿し込んでと」


 エミリアをなだめつつ、仕上げにかかる。

 太めの木の棒を横から入れると、出来上がりだ。

 一応これで食べられるはずなのだが、まだ安心できない。


「うーん、これ大丈夫かな?」


 ゆっくりと持ち上げると、お好み焼きが棒から離れそうになる。

 重さに負けたか? 

 一旦フライパンに置いて、少し考えてみる。


「木の棒をもっと太くしてみてはー?」


「平べったい形にするのはありだと思うけどね。そうだな、今はこれで応急処置だ」


 巻きが弱いことが原因だろう。  

 外側からゴムべらでギュッと押し付けた。

 強めに押してやると、うん、いいかも。

 エミリアに「持ち上げてみてくれ」と声をかける。


「はーい。お、おおっ、これなら大丈夫ですねー。さっきよりしっかりしてますよー」


「うん、とりあえずはこれでいけるかもな。しかし」


「しかし? これじゃ駄目なんですかー?」


「一々全部ゴムべらで押し付けていたら、時間がかかるだろ。他に手がないか、探してみるよ」


 量が数人前なら、これでもいい。

 けど、今回は屋台で作る。

 手際よくやらなければ、客を待たせることになる。

 そんな俺の懸念も知らず、エミリアはお好み焼きにかぶりついていた。

 スティック状なので、食べやすそうだ。


「この食べ方、やっぱり串焼きを思わせますねー。一口ごとに温かくて、ほわっとして美味しいのですよー」


「試作版だから、全部食べちゃっていいぜ。味は調整次第でどうにでもなる。今回の問題は作り方だよな」


 腕組みして考えてみた。

 でも良いアイデアなど、すぐに浮かぶものでもない。

 まあいい、まずは形になったことを喜ぶとしよう。


「クリス様も食べますかー。美味しいですよー」


「いいよ。全部食べなよ」


 きっと君が食べた方が、お好み焼きも幸せだろうからな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ