85.簡単に、というわけにはいかないか
二人がお好み焼きを食べ終えるのに、時間はかからなかった。
ライアルは口の周りを綺麗に拭く。
ソースが気になるらしい。
モニカも同様だ。
二人とも満足そうな顔をしている。
「ごちそうさま。いやあ、美味しいね、このお好み焼きって。上にかかった甘めのソースが食べやすいよね」
「ほんとにライアル様の言うとおりですね。具は、キャベツと豚肉ですか? キャベツの野菜独特の甘さに、豚肉の脂が絡むと。こう、何とも言えない幸せを感じます」
「そうだね。いい意味でジャンクな美味しさがあると思った」
ライアルとモニカが感想を伝えてくる。
ある意味、予想通りで想定内だ。
万人受けしやすく、気軽に楽しめる。
それがお好み焼きの良さだと思う。
「よし、二人が納得したなら俺も安心だ。エミリアさんも、美味い美味いと言ってたけどな。三人全員納得したなら、大丈夫だろう」
「え、ええっ。私の舌を信じていなかったのですかー」
「信じてはいるよ。でもエミリアさん、何でも美味しいと言いかねないからなあ。ちょっと心配だったんだよ」
調理する側としてはありがたい話ではある。
だが、この子を基準にすると危険な時もある。
味の守備範囲が広すぎるのだ。
「ぐ、ぐぬぬぬー。だってクリス様のお料理、何でも美味しいじゃないですかぁー」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。今回は、多数の客が相手だろ。念には念を入れたかったんだよ」
エミリアに答えながら、ライアルとモニカをちらっと見た。
試食者は多い方が安心だってことだ。
ライアルが肩をすくめる。
「美味しいものを食べられたので、俺は満足してるよ。これなら、大抵の人は大喜びだろうね。モニカさん、どう思う?」
「そうですね、いいと思います。人を選ばない味ですよね、このお好み焼きって。食べ応えもありますし、特に子供は好きだと思いました」
「もっと尖った味付けも出来るけどな。今回作ったお好み焼きは、一番スタンダードな味付けだ。ここからどうするかなんだよ。それに」
わざと一度言葉を切った。
空の皿を見つめる。
問題はここからなんだ。
「夏祭りには、このままのお好み焼きでは出さない。いや、出せないんだ。最初に話したように、形をスティック状にする。そこが問題なんだよ」
「ああ、スティックお好み焼きって言ってたな。そもそもどんな形なのか、聞いていなかった」
顔をしかめたライアルに、エミリアが説明する。
「ぐるっと巻いたお好み焼きに、横から棒を挿すんですよー。串焼き状態って言えば、分かりやすいですかー。片手で持って食べられるから、その方がいいんですー」
「あ、なるほど。お祭りなら、その方が気分が出るか」
「そう、それに持ちやすいからな」
エミリアの説明を引き取った。
そのまま俺は現時点の段取りを伝える。
「基本的に屋台での調理は俺がやる。皆は接客と呼び込みをしてくれればいい。それだけでも大助かりだ」
「良かった。それでしたら、私もお役に立てそうですね」
「うん。だからさっきのモニカさんの心配は無用なんだ」
調理に比べれば、接客はどうにかなるだろう。
俺としても一人でやるのは心細い。
説明を続ける。
「俺が執行庁に勤務しているのは知っているよな。執行庁の上司から、庁同士で屋台を出し合うことになったと聞いた。公式の勝負じゃないけど、庁の面子がかかっている」
「おー、ということは、私の頑張りも期待されているのですねー」
「と言う割には、気が抜けた返事だね」
俺の反応にも、エミリアはニコニコしている。
「お祭りなんだから、楽しくいきましょうよー。もちろんお手伝いは真剣にやりますけどねー。優勝したら、何か美味しいもの食べさせてくださーい」
「あ、それ、俺も便乗したい。バイト代はいいからさ」
「でしたら、私もよろしいですか。自分だけのけ者になるのは、寂しいので」
ライアルもモニカも望むところは同じらしい。
それくらいならお安い御用だ。
「よーし、じゃあ夏祭りに向けて気合いれるか。勝って美味い酒飲むぞっ!」
俺が手を出すと、皆その上に手を重ねてくれた。
チームワークはバッチリ、まずは一歩リードってところか。
絶対勝ってやるからな。
† † †
気勢を上げたものの、技術が伴わないと意味がない。
その日から、俺はひたすら練習することにした。
スティックお好み焼きは、普通のお好み焼きとは違う。
ゴムべらで巻くという、一種独特の技術が必要になる。
それを完璧に出来なければ、今回の屋台は失敗だ。
"練習あるのみか"
お好み焼きの生地を、気持ち薄めに作る。
小麦粉は少なめに。
つなぎの山芋は多めにだ。
厚めの生地だと巻きにくいから、それを回避するためにね。
粉っぽさがなくなるまで、これを丁寧にかき混ぜた。
ボウルの中で、粉がつなぎと馴染む。
"これを熱したフライパンに注ぐ"
ボウルを傾ける。
とろりと白い生地が流れ落ちた。
油と生地がぶつかり、パチッパチッと小さく音を立てる。
フライパンの上に、生地がすーっと伸びていく。
「綺麗に伸びますねえ」
「だまが出来ないように、ちゃんとかき混ぜたおかげだよ。手を抜くと、でこぼこになる」
エミリアさんに答える。
その間にも、フライパンから目は離さない。
火を使っているんだ。
油断すると怪我をする。
そしてタイミングを見計らい、ゴムべらを差し込んだ。
うん、上手く焼けている。
「このままくるっと巻いてっと」
完璧にとはいかず、多少崩れた。
初回ならこんなものか。
それでも大まかな形はキープした。
丸まったお好み焼きに、上からソースをかける。
甘い匂いが広がった。
「わあ、美味しそうですねぇー」
「まだだよ。ここに棒を挿し込んでと」
エミリアをなだめつつ、仕上げにかかる。
太めの木の棒を横から入れると、出来上がりだ。
一応これで食べられるはずなのだが、まだ安心できない。
「うーん、これ大丈夫かな?」
ゆっくりと持ち上げると、お好み焼きが棒から離れそうになる。
重さに負けたか?
一旦フライパンに置いて、少し考えてみる。
「木の棒をもっと太くしてみてはー?」
「平べったい形にするのはありだと思うけどね。そうだな、今はこれで応急処置だ」
巻きが弱いことが原因だろう。
外側からゴムべらでギュッと押し付けた。
強めに押してやると、うん、いいかも。
エミリアに「持ち上げてみてくれ」と声をかける。
「はーい。お、おおっ、これなら大丈夫ですねー。さっきよりしっかりしてますよー」
「うん、とりあえずはこれでいけるかもな。しかし」
「しかし? これじゃ駄目なんですかー?」
「一々全部ゴムべらで押し付けていたら、時間がかかるだろ。他に手がないか、探してみるよ」
量が数人前なら、これでもいい。
けど、今回は屋台で作る。
手際よくやらなければ、客を待たせることになる。
そんな俺の懸念も知らず、エミリアはお好み焼きにかぶりついていた。
スティック状なので、食べやすそうだ。
「この食べ方、やっぱり串焼きを思わせますねー。一口ごとに温かくて、ほわっとして美味しいのですよー」
「試作版だから、全部食べちゃっていいぜ。味は調整次第でどうにでもなる。今回の問題は作り方だよな」
腕組みして考えてみた。
でも良いアイデアなど、すぐに浮かぶものでもない。
まあいい、まずは形になったことを喜ぶとしよう。
「クリス様も食べますかー。美味しいですよー」
「いいよ。全部食べなよ」
きっと君が食べた方が、お好み焼きも幸せだろうからな。