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81.屋台には何を出そうか

 夏祭りまであと一ヶ月はある。

 メニューを急いで決める必要はない。

 それでも油断は出来ない。

 俺も屋台は初めてだからだ。

 勇者が屋台の店主をするなど、恐らく前代未聞だろう。

 客はびっくりするだろうな。


 "余興とはいえ、負けるのは面白くないよなあ"


 椅子の背もたれに寄りかかる。

 職場の天井が視界に入った。

 余興だから気楽にとは言われた。

 でも、屋台を出すのは各庁だ。

 王国の政治機関である庁は、もちろん他の庁との協調もする。

 だが、それと同じくらい対抗心もある。

 他の庁に負けないよう、きちんと仕事をしよう――その競争心が国を支えている部分も確かにあるんだ。

 ちょっとした余興でも、組織の威信がかかることには変わりない。


 "ゼリックさんが馬鹿にされるのは、ちっと面白くねえし"


 出来る上司であり、友人だ。

 彼には世話になっている。

 魔王討伐後、俺はある意味危険人物だった。

 なんせ勇者だ。国民からの絶大な人気があった。

 い、いや、今も人気あるよ? 

 いじられることの方が多いけどさ。

 ともかくだ、人気者って妬まれることも多かったんだよ。

 王国乗っ取りでも企んでるんじゃないかとかさ。

 そういうあらぬ噂のもみ消しをやってくれたのが、ゼリックさんだった。


「クリス様、何をお考えなんですか?」


「ん、ああ、ちょっとね。ゼリックさんから宿題が出てね」


 年下の女性部下に答える。

 半ば俺の助手だ。

 よく気がつくし、重宝している。

 彼女からお茶を受け取りながら、説明を付け足す。


「今度の夏祭りにね、屋台を各庁で出すんだよ。そこで俺が屋台料理を作るよう、頼まれたってわけ」


「えっ、ほんとですかっ! つまり、クリス様のお料理をいただくチャンスがあるんですねっ!」


「おいおい、食べるより先に手伝ってくれよ。屋台の設営とか、場所取りとかもあるんだからさ」


 思わずぼやいてしまった。

 期待してくれるのはいい。

 でも、何でもかんでも一人でやるのは勘弁だ。


「がってん承知だ! こう見えてもねえ、あたいは祭りにかけちゃ、一家言ある女だよっ。じいちゃんの代から、夏祭りのたびに呼ばれてきたんだ!」


「君、そんなキャラだったっけ」


「引かねえでくださいよ、クリス様っ。クリス様の屋台料理が食えるなら本望だ。あたいの全力をもって、精一杯やらしていただきやす!」


「あ、ああ、分かった。よろしく頼む」


 人手が確保できたのはいいけどさ。

 何だろう、この疲労感は。

 俺の周りには、まともな人はいないのだろうか。

 もっとも身近な同居人は、食欲魔人の聖女だし。

 いや、今考えることじゃないな。

 まずは俺がやるべきことを片付けよう。

 つまり、いつもの書類仕事だ。

 俺がペンを手にすると、部下はやっと通常状態に戻ってくれた。


「提出期限が迫っているのは、これとこれですね。あ、そちらの案件は会計庁との打ち合わせが必須です。私がセッティングします」


「分かった。君、普段はすごくまともだよな」


「ええ、自分でもそう思います。お祭りと聞くと……聞くと……血が騒いで、うっ、頭が……痛い」


「分かった、分かったから普通にしていてくれ。これ以上、俺の面倒を増やすな」


 まともって何だろうね?

 ほんと、誰か教えてほしいよ。



† † †



 "ある意味、あんたが一番まともかもしれないな"


 "どうかしたのかい、クリス"


 精神を集中させて、俺はその声を聞き取る。

 耳ではなく、心で直接受け止めた。

 場所は、いつもの地下の隠し部屋だ。

 ランタンの炎が、ゆらゆらと部屋を照らし出している。


 "いや、こちらの話だ。それでだ、ヤオロズ。ちょっと相談があるんだよ"


 "ほう。君が改まって頼むとは、珍しいね。一体どういう用件かな"


 ヤオロズの声は淡々と心に響く。

 男とも女ともつかない、中性的な声だ。

 鎮静効果でもあるのか、聞いている内にスッと気分が良くなった。

 口も滑らかになる。


 "今度、夏祭りで屋台をやることになったんだ。一般客も招いての催しだ。どんな料理が屋台に合うのか、俺はいまいち詳しくない。相談に乗ってほしいんだよ"


 "ははあ、屋台か。それはまた面白いことを"


 "うん。面白いんだけど、責任重大なんだよ。各庁ごとに屋台を出すから、メンツがかかってくるんだよね"


 以前、こちらの世界の事情をヤオロズには話してある。

 そのおかげだろう。

 俺の短い言葉だけで、ヤオロズは察してくれたようだ。

 声の調子に同情が混じる。


 "組織間の見栄が面倒なのは、どこの世界でも同じか。余興とはいっても、手は抜けないということだろうね。大方、君の上司に頼まれたのかな?"


 "ほぼ正解。さすが神様、話が早い"


 "長生きしてるから、これくらいは察するよ。話を元に戻そうか。屋台で何を作るのか、クリスはまだ決めていないんだね"


 "今日聞いたばかりだからな。食卓に出す料理はそれなりに知っているよ。でも、屋台は客の回転が早い。当然、客が好む料理も違うはずなんだよな"


 整理するために、わざわざここまで俺は口にする。

 屋台では、食卓や椅子がない。

 つまり客は立って、あるいは歩きながら食べる。

 片手で食べられる串焼きなどが人気になるのは、至極当然のことだろう。


 "そう、その通りだね。地球における屋台にも色々あるんだ。場所によっては、店の前に簡易的な椅子を置く屋台もある。そういうケースなら、普通の食事と同じメニューでも大丈夫だ。ただ、君の話だとそうではなさそうだね"


 "座るような場所の余裕はないな。一般客も参加出来る区域だから、ごった返すのは避けられない"


 "ふむ、そうかい。それなら片手で持って食べられるものがいいね。スティック状の食べ物なら、立っていても食べやすいから"


 "そうだよな。でもそうなると、串焼き系しか思いつかないんだ。どこも似たりよったりになると、面白くない"


 スティック状の食べ物は、そんなに種類がない。

 以前見た地球のお祭りでも、焼き鳥や焼きトウモロコシくらいだった。

 確かに定番商品には、定番商品の良さはある。

 あるのだが、インパクトはない。


 客が両手が使えるなら、もっと色々作れるのにな。

 焼きそばもたこ焼きも、食べる時は両手が必要だ。

 それを覚悟で作ってもいいけど、まずは考える方が先だ。

 とりあえず、思いつくまま並べてみよう。


 "スティック状というと、あとは団子か? うーん、ピンとこないなあ。りんご飴もお菓子だし、パンチにかけるし"


 "よく覚えているねえ"


 "当たり前だろ。俺から見れば、珍しいことこの上ない風景だったんだよ。確か盆踊りって言うんだっけ?"


 "そうそう。君のところのお祭りも、あんな感じかい?"


 "いや、ちょっと違う。専門の魔術師による花火はあるけど、そちらよりは地味だし"


 その代わり、王族による挨拶やパレードがある。

 夏の貴重な娯楽なので、皆楽しみにしているんだ。

 うーん、しかし何作ろうか。

 俺が悩んでいると、ヤオロズの言葉が届いた。


 "お好み焼きはどうかな"


 "え、あれ確かに祭りの定番だけどさ。両手使うだろ? ちょっと難しいんじゃないか"


 俺の疑問に対し、ヤオロズはくすりと笑ったようだった。

 何だ、もしかして秘策があるのか?


 "ふふ、クリス。地球にはね、スティック状のお好み焼きもあるんだよ。こういう機会にはピッタリだと思うけど?"


 "へえ、確かにそれは試してみたいね。さすが神様"


 やっぱり相談してみるもんだな。

 よし、早速見せてもらうか。

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