80.夏祭りで屋台勝負だと?
わらびもちも数日くらいなら日保ちする。
せっかくなので、おすそ分けすることにした。
作った翌日、職場に持っていった。
ゼリックさんに見せると、怪訝そうな顔をされた。
「これは一体何ですかな、クリス様?」
「見てのとおり、お菓子ですけど」
「お菓子!? この半透明のスライムめいたものが? 悪い冗談でしょう」
「やだねえ、年を取ると頭が固くなってさ。食べ物は見た目じゃないって。ほら、一口いってみなよ」
「人は見た目が九割ですがね」
ぼやきつつ、ゼリックさんはわらびもちを受け取る。
俺の料理スキルをよく知っていても、すぐに食べようとはしない。
それでも好奇心が勝ったのか、こわごわと一口つまむ。
途端にその灰色の目が見開かれた。
「面白い味ですな、これは。冷たく、柔らかく、何とも例えようのない。いつもの異世界のお菓子ですか?」
「いつもの異世界って言うと、変な響きだな。ま、いいか。その通りです。わらびもちと言って、暑くなってきた時に食べます。昨日作ったんだよ」
「ふむふむ。しかし、もう少し甘くてもいいかもしれないですね。このままでも十分美味しいが」
その反応は織り込み済みだ。
何もかけないまま、差し出したのだから。
「じゃ、これを上から」と言いながら、俺はきな粉と黒蜜を差し出した。
二種類の甘い匂いが、ふわりと漂う。
「これをかけて食べると。ほう、面白い」
疑う余地もなく、ゼリックさんは素直に受け取る。
両方をわらびもちにかけ、一つ口にした。
驚くぞ、きっと。
内心でニヤニヤしながら、俺はじっと反応を待った。
果たして結果は。
「参りました」
「あっけないっすね、副宰相ともあろうお人が」
ちょっと意地悪してやる。
「いやあ、これは禁断のお菓子ですよ」と、ゼリックさんは重々しく言った。
顔の前で手を組み、深々と頷く。
「食べた感じからして、バターや小麦粉は一切使っていない。牛乳やチーズなどもね。とてもあっさりとして、なめらかな舌触りだ。暑さで疲れた日には、こういうお菓子が好ましい」
「そうでしょう、そうでしょう」
俺も単純なので、誉められると嬉しい。
行いを認められるのは、やはりいいものだ。
「ケーキやパイなどの焼き菓子とは、また違う領域のお菓子ですな。こんなものもあるとは、異世界恐るべしです」
「そうですねえ。こういうものが食べられて良かったと、俺は思いますよ。異世界さまさまです」
答えながら、俺は記憶をさかのぼった。
脳裏には、ヤオロズが展開した情景が広がる。
地球というのは、本当にこちらの世界とは違う。
新たな食材、珍しい料理、優れた技術がそこにはある。
知ることが出来て、本当に良かったと思うよ。
ヤオロズさまさまだな。
そんなことを思っていると、ゼリックさんに礼を言われた。
「いや、朝から良いものをいただきました。どうもありがとうございます」
「お口に合ったようで、何よりです。それじゃ、一日頑張りますか」
幸先のいい一日になりそうだ。
いい気分に浸ったまま、自分の席に戻りかけた。
でも、俺は足を止めざるを得なかった。
じろりと視線を上司に向ける。
「その顔、何か頼みたいことでもあるって感じですよね?」
そうだ。
ゼリックさんがこういう顔をする時は、要注意だ。
さっきまでと表情が違う。
完全に仕事モードの顔だ。
お互いの視線がぶつかる。
沈黙したまま、ゼリックさんは片眼鏡をかけた。
彼の目つきが真剣さを増した。
「やはり、クリス様にしか頼めそうもないですね」
何をとは、俺は聞かない。
この人がこういう目をする時は、黙って聞くべきなんだ。
直立不動でいると、第二の言葉が降ってきた。
「夏祭りの件は、クリス様もご存知でしょうな」
「え、ええ、はい。先週に正式な開催日が決まりましたよね。それが何か」
毎年この王都で行われる公式行事の一つだ。
エシェルバネス王国が主催で開くため、規模は大きく格式も高い。
南方に位置するコーラント王国からも、招待客がやってくる。
つまりこのお祭りは、夏の風物詩というだけじゃない。
二国間の友好を保つ上でも、重要ってわけだ。
「そうですね。夏祭りの運営形式についても、会議で確認されました。例年通りの形式で、今年も行う。それが一番綻びがなく、無理がない。その最終確認を取るだけのはずだったのですがね」
「つまり、そうじゃないってことですか」
「お察しの通り。会議が終わる間際、軍務庁の代表が挙手しましてね。せっかくの夏祭りなので、各庁ごとに屋台を出そうと言い出したのですよ。一般人も参加できる区域に屋台を出し、屋台料理を振る舞ってはどうかとね」
「へえ、それ面白そうですね」
この時、俺は半ば話の先が読めていた。
同時に覚悟もしていた。
俺の思考をなぞるように、ゼリックさんは話す。
「たかが屋台ですが、手を抜くのもまずい。ここはやはり、クリス様に頑張っていただきたいと願うばかり」
「やっぱりそうですか。うーん、あの」
「何でしょう」
「これ、正式な試合なんですか? それともあの屋台の客が多かったとか、そういう緩い感じ?」
引き受けてもいいが、確認だけはしておきたい。
例えばだ。
この屋台勝負の結果によって、来期の各庁の予算が左右されるとしよう。
そうなれば、もはやお祭りを楽しむ余裕もない。
俺のこの真剣さが伝わったのだろう。
ゼリックさんも、真面目に答える。
「いや、厳正な勝負ではないです。というより、まだどんな形式にするかは未定ですね」
「というと、そもそも勝負自体無いかもしれない?」
「一般客も来ますからな。あっても、どこの屋台が美味しかったかを投票するくらいではないかと。軍務庁も思いつきで発言していましたしね。特に賞罰も無いでしょう。祭りの余興ですな」
「それ聞いて、ちょっと安心したよ。審査員が出てくるコンクールだったら、準備が大変だ」
ホッとした。
ついでに襟を緩める。
ゼリックさんは片眼鏡をかけ直す。
「なので、気楽にしてもらって結構です。食材や費用、機材はこちらで準備します。祭りに相応しい楽しい料理が一番でしょうね」
「了解。だったら、俺も気楽に全力でやらしてもらうぜ。屋台なんて初めてだから、腕を振るういい機会だ」
「さすが頼もしい。これならうちが勝ったも同然ですか」
「そこまでは言わないけどね」
話を打ち切り、俺は席を立つ。
夏祭りの屋台か。
よく町中で串焼きなどの屋台を見かける。
美味そうな匂いが漂うと、つい財布の紐も緩むよな。
うん、そうだな。
皆で美味しく楽しめる屋台が、こんな機会には相応しいだろうね。