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79.きな粉と黒蜜、どちらにしますか

 もういい頃合いだろう。

 収納空間をオープンして、俺はわらびもちを取り出した。

 うん、いい感じに冷えている。

 生暖かいままだと正直まずいのだ。

 というか、この季節にそんなおやつはイヤだ。


「これを適当な大きさに切ります」


「良かったですー。これをガブッといくのかと思いましたー」


「犬じゃあるまいし、そんなことするか」


 エミリアをいなしながら、包丁をわらびもちに入れる。

 固まりのまま冷やしたので、結構大きいんだ。

 俺の両手に余るくらいはある。


「お、おおっ。中まで半透明なんですねっ。やはりこれはスライムー!」


「見た目だけなら、確かにそう思えるな。ほれ、触感もこの通り」


 エミリアの反応にはもう慣れた。

 軽く指でつつくと、わらびもちはプルプルと揺れた。

 ちょっと固めか? 

 いや、こんなものかな。

 上手く出来たと思う。


「いい感じだね。それでだ、きな粉と黒蜜を用意しました。どっちで食べる?」


「きな粉と黒蜜? それをかけて食べるのですかぁ?」


「わらびもちって、このままだとほとんど甘くないんだよ。普通は上に何かかけて食べる」


「うーん、どっちも初めてなのですよ。せっかくだから、両方トライしますー」


 右拳を握り込み、エミリアは言い放つ。

 食べ物に好奇心旺盛なのは、いいことだ。

「両方ね。じゃあ、この小皿に出しておくから」と言って、俺はその二つを取り出した。

 砂のような黄色い細かい粉がきなこ。

 名前の通り、黒に近いダークブラウンの蜜が黒蜜だ。

 甘い匂いに惹かれたのか、エミリアの目が輝いた。


「わっ、これ美味しそうですねえー。うーん、どっちにしようかなあ。じゃ、まずはきな粉で!」


「粒子が細かいから気をつけろ。わずかな息でも吹っ飛ぶぞ」


「はーい。サラサラしてますねえ」


 エミリアの言う通り、きな粉はとても軽くサラサラしている。

 最初見た時は、砂かと思ったね。

 きな粉によってわらびもちにも、ようやく彩りらしいものが出てきた。

 白みを帯びた半透明に、温かい黄色が加わる。

「楽しげな色ですねー」とエミリアが言うのも分かる。


「俺は黒蜜にするわ。じゃ、遠慮なくどうぞ」


「ありがとうございますー。ではお言葉に甘えてー」


 言うが早いか、エミリアはフォークをわらびもちに突っ込んだ。

 数個まとめて、口に運ぶ。

 俺は黙ってその様子を観察する。

 今回はどんな反応をしてくれるのか。

 見ていて飽きないんだよな、この子。


「ふわぁ、これなんですかぁ。食べたことのない感触なのですよー」


「当たり前だろう、今回が作るの初めてなんだから」


「いえいえ、そうじゃなくてですっ。今まで味わった他のどんなお料理とも、全然違うのですー! 口に入れると、まず舌の上でふにっと潰れてー。あ、何これすごく柔らかいと思っていると! 弾力が限界を迎えて、ぷちんとちぎれてっ」


「あ、はい」


 毎度ながら、エミリアの表現力には感心する。

 俺が圧倒されている間にも、彼女は話し続けた。


「甘さもちょうどイイのですよぅ。ほんのりと甘いわらびもちに、きな粉がサクッと軽い甘さを足してくれてー。この二つ、すごく合いますねー。わらびもちのむにむにした食感がベースなんですがー、きな粉がそこに! あるかなしかのつぶつぶ感を添えて、いいアクセントになっているのですー」


「そこまで味わってくれたら、作った甲斐があるってもんだ。わらびもち自体は、デンプンに過ぎないからな。そこに何をかけるかで、結構味が変わるんだよね」


 あ、そうだ。

 俺もそろそろ食べよう。

 黒蜜が入った小皿を取り、わらびもちにかけた。

 わらびもちの柔肌を、ねっとりとした黒蜜が覆っていく。

 こうしてみると、ずいぶん官能的なおやつだな。

 柔らかくて瑞々しいというのは、女性的な美の条件だと思うし。


 "見ていても仕方ないか"


 フォークを入れた。

 つるんとした表面が震え、そこに黒蜜がかかっている。

 いかにも涼しそうな見た目、さてお味はどうかな。


「いやあ、自分で作っておいて何だけどさ」


 感動に打ち震えながら、俺は左手で目頭を抑えた。

 何だ、これは。

 前に作ったのは何年も前だから、ずいぶん新鮮に感じる。

 まず口の中に、冷たさが伝わってくる。

 拒絶するような嫌な冷たさではない。

 熱を和らげてくれる、あくまで優しい冷たさだ。

 口にした瞬間、暑さをふっと忘れられる。

 癖になりそうだ。

 

 そしてこの食べごたえはどうだろう。

 指で触った時はプルプルしたけど、食べるとまた違う。

 ムニュと潰れる。

 一度熱が加わったデンプン独特の食感だ。

 他にこういう食感の食べ物はない。

 面白いね。


 "一口ごとに黒蜜が絡んでくる"


 なるべくゆっくり味わう。

 見た目の通り、黒蜜はコクがある。

 黒砂糖を煮詰めて作ると、ヤオロズからは聞いた。

 普通の砂糖よりもコクと癖がある。

 そのまま食べれば、ちょっと重い甘さだろう。

 けれど、わらびもちにかけるとちょうどいい。

 わらびもち自体には、ほのかな甘さしかないない。

 そこに黒蜜がしっかりした甘さを加えてくる。


「一口ごとに、わらびもちと黒蜜が溶け合ってくるな。優しい甘さがたまらないね」


 俺の呟きに、エミリアがぴくっと反応する。

 その目は真剣そのものだ。


「ふ、ふふ、クリス様ご自身がそうおっしゃるのですかー。私も黒蜜に挑戦してみますよー。いいですかあ?」


「もちろん。そうだ、せっかくだからいいこと教えてやるよ。きな粉かけたまま、そこに黒蜜加えてみなよ。異なる二重の風味で、わらびもちを隅々まで楽しめるから」


「な、なんという恐ろしいことを言うのですかー! そんなこと言われたら、やらずにはおれないのですー!」


 期待とある種の恐怖に、聖女は顔をひきつらせている。

 俺の勧める食べ方が、絶対いけると確信しているのだろう。

 だが、それをやっていいのか。

 いいものなのか。

 禁断の果実は、いつだって犠牲を要求してくる。


「うふふふ、黒蜜をーきな粉の上にかけてー、わらびもちいただきまーすー」


 いや、そんなことをためらう女じゃなかったな。

 気がついた時には、エミリアは俺の勧めに従っていた。

「ほどほどにな」という俺の言葉は、果たして聞こえていただろうか。


 パクリと聖女はわらびもちを口にした。

 一瞬、食卓が静かになる。

 エミリアが表情を失くしていた。

 その唇がふるふると震え、そっと開かれる。


「こんなもの食べたら、二度と忘れられるわけがないのですー! きな粉の軽い甘さも、黒蜜のコクのある甘さも、どっちも素晴らしいっ。はぁ、わらびもちって美味しいですねえ。癖になりそうなのですよー」


「そりゃ良かった。いや、ちょっと驚いたよ」


「え、何がですかー?」


 エミリアはキョトンとこちらを見ている。

 さらっと答えた。


「いや、きな粉黒蜜わらびもち食べたら、失神すると思ってたからさ。強くなったなあ」


「これでも必死に耐えてるんですよぉ! 失神したら、二口目が食べられないからー!」


「よく頑張ったね」


 人の悪い笑いを浮かべ、俺はエミリアをいなした。

 手元のわらびもちを、もう一つ食べてみる。

 優しく、そしてどこか素朴な甘さは冷たさを伴っている。

 これを励みにして、夏を乗り切れますようにってな。

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