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78.夏の午後はわらびもちです

「暑くなってきたなあ」


「そうですねぇ。夏が来たーって感じですねぇ」


 この会話を今日だけで何度繰り返しただろう。

 うんざりした気分のまま、窓の外を見る。

 午後の陽射しはことさらに強い。

 外出しようという意欲まで焼き殺すかのようだ。


「昨日と全然違いますねえー」


「急に暑くなったからな。慣れたらそこまでじゃないんだろうけどさ」


「こういうの、ギャップ萌えって異世界じゃ言うんでしたっけ?」


「言わないよ。そんな言葉いつ覚えたんだ」


「たまにポロッと口にしてますよー。最初は意味が分からなかったけれど、何となく分かるようになりましたー」


 知らない内に口に出していたようだ。

 気をつけよう。

 妙な知識を身に着けられても困る。

「他では言うなよ、変に思われる」とエミリアに釘を刺す。

 話している内に喉の渇きを覚えた。

 水差しを見ても、中身は空っぽだ。

 思わずため息が出た。


「あ、私、汲んできましょうかー?」


 エミリアが立ち上がりかけたが、それを制した。

 この家には井戸があるので、普段はそこから飲料水を汲んでいる。

 水魔石もあるけれど、日常的に使うには高い。


「俺が行くよ。夕方になる頃、お願いする。ちょっとこの陽射しじゃ、外に出るのもきついだろ」


「はーい。さすがクリス様、優しいー!」


「目眩起こして、井戸に落っこちでもしたら面倒だからな」


「そこまでドジじゃないですよぅ!?」


 両手を振り上げ、エミリアは憤慨している。

 どうだかな、怪しいものだ。

 返事の代わりに、さっさと立ち上がった。

 覚悟を決めて外に出る。


 "うわ、夏だなあ"


 ムッと熱気が押し寄せてくる。

 陽射しが強い。

 夏の盛りには早いものの、昨日とは違う。

 うっすらと汗が滲んできた。


 "早いところ済ませちまおう"


 足早に井戸に近寄る。

 いつもの通り、水桶を井戸に放り込む。

 数瞬の空白の後、ポチャンと水音が響いてきた。

 理由もなくホッとした。

 もしこの井戸が枯れていたらどうしようか――そんな根拠の無い不安がよぎったからだ。


 "人間の体の六、七割は水だってヤオロズから聞いたな"


 ロープを引きながら、ふとそんなことを思い出した。

 最悪でも水と塩があれば、人間は十日間は生存出来るらしい。

 水が重要ということは知ってはいた。

 でも、裏付けのある知識の方がより役に立つ。

 水分補給はそれだけ大事ってことだ。


「よっと」


 水桶を引き上げ、持ってきた(かめ)に中身を注ぐ。

 これを三回繰り返すと、瓶が一杯になった。 

 中を覗く。

 小さく揺れる水面は、視覚から涼しさを伝えてくれた。

 少しましな気分になり、俺は瓶を抱える。

 チャプリという水音に、何かが閃いた。

 そうだ、あれ作ってみようか。

 こんな暑い時にこそ、食べてみたくなるよな。


「エミリアさん、おやつ食べたい?」


 部屋に戻るなり聞いてみた。

 バッと聖女が振り返る。


「食べたいですっ! 何だか暑さでじわじわ消耗するから、糖分補給したいのですよー!」


「分かった、分かった。俺もそう思っていたところだ」


「それで一体どんなおやつを作っていただけるのですかー?」


 もしエミリアが犬だったなら、尻尾をブンブン振っていただろう。

 それくらい分かりやすい反応だ。

 すぐには答えず、ちょっとだけもったいぶる。


「冷たい。プルプルしている。甘い。この三条件を満たすおやつだよ」


「冷たくて、プルプルしていて、甘い? スライムですかー」


「んなわけねえだろ。おやつにスライムとか、聞いたことないぞ」


「えっ、常食している地方があると聞いたことありますけどー」


「そんな馬鹿な」


 スライムとは、半透明のゼリー状の体をした魔物だ。

 確かに冷たいし、プルプルしている。

 だけど、あれ食べられるのか? 

 強酸を吐き出して、金属を溶かすやつだぞ。

 俺はスライムを食べている自分を想像してみた。

 無理だ。

 胃から溶け落ちている無残な姿しか浮かばない。


「あの、クリス様ー。ご気分でも悪いのですかー」


「だ、大丈夫だ。ともかく、作ろうとしているおやつはスライムじゃない」


「良かったのですー。やはり、まともなおやつの方がいいのですよー」


「見た目だけはちょっと似てるかもしれないけどな。わらびもちって言うんだよ」


「わらびもち? もちってことは、あのビヨーンと伸びるもちですかー?」


 エミリアは手を左右に大きく拡げた。

 もちの伸びっぷりを表現したいらしい。

 いちいちジェスチャーしないと、会話出来ないのだろうか。

 表現力があるのか、それともある種のコミュ障か。


「確かにちょっと伸びるけど、原料が違う。色々話すより、実際見たほうが早いだろう」


 そう言って、俺は台所へ向かった。

 わらびもちの主な材料をわらび粉と呼ぶ。

 元々は野生の蕨を採取して、それを精製していた。

 けれど、現在の地球では希少品らしい。

 なので、俺は代替品を使用している。

 収納空間を開き、俺が使うわらび粉を取り出した。

 袋の中身をちょっとだけ出して、エミリアに見せてやる。


「この白い粉がおもちになるんですかー? ずいぶん細かい粉ですねえ」


「これは葛粉(くずこ)って呼ぶんだ。これを練ると、ぷるぷるした食感になる」


 説明を終え、俺は葛粉をボウルに放り込んだ。

 ヤオロズの話を思い出す。

 要はデンプンでありさえすればいい。

 さつまいもやタピオカから抽出したデンプンも、わらび粉になるらしい。

 大半のわらびもちは、実は蕨で出来ているわけじゃないんだな。


「作り方はとても簡単。この葛粉に、水を加える」


 先程汲んできた水はまだ冷たい。

 これをザッと入れ、軽く手で混ぜ合わせた。

 水の量はかなり多めだ。

 むしろほとんど水で出来ているとも言える。

 次に味付けのために、砂糖を入れる。

 今日は普通の上白糖にした。

 一番スタンダードな味付けになる。


「わっ、ほんとにプルプルになってきたのですー」


「まだまだここからだよ。混ぜるだけじゃ、全然プルプル感が足りないんだ」


 話しながら、火魔石を点火した。

 小さめの鍋にボウルの中身を移す。

 とろりとした液体が鍋に沈む。


「これを煮詰めて、一体感を出すんだ。加熱すると、デンプンはプルプルしてくるしな」


「ははあ、なるほどなのですー。あっ、言ってる間にちょっと固まってきましたよー」


「早いだろ? 焦げないように木べらで軽くかき混ぜてっと。適当なところで火を止める」


 材料の状態にもよるが、数分もあれば出来る。

 木べらでつついて感触を確かめた。

 フル、と柔らかく震える。

 よし、いいだろう。

 大きめのガラスの平皿を取り出し、そこにわらびもちを移す。

 半透明をしており、ちょっと不思議な感じだ。

 一見したところ、食べ物っぽくはない。


「確かにスライムっぽいかもしれないな」


 思わず呟くと、コクコクとエミリアが頷いた。


「でも美味しそうなのですよー」


「期待に応えられると思うよ。でだな、これを冷やすんだ。時間がないから収納空間にしまう」


 加護の恩恵ってのは便利だな。

 収納空間を呼び出し、そこに皿を置いておく。

 未だに原理については知らないが、便利なことこの上ない。

 何でも運べるし、何でもしまえるんだから。


「あとは待つだけだ。暑いし、冷たいおやつの方がいいだろ」


「うわあ、楽しみですねえー!」


 エミリアは既にフォークを手にしている。

 おいおい、気が早すぎないか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 蕨粉なので、わらびもち。 葛粉ならば、くずもち。 になるのでは・・・と愚考する次第・・・
2020/03/13 19:10 退会済み
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