表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/145

77.飲み明かして朝帰り

 傾けたジョッキを元に戻す。

 重さを感じない。

 飲み干したんだから仕方ない。

 炭酸が弱いなと思ったが、これも仕方ない。 

 異世界のビールとは違うのだ。

 向こうでは人工的に炭酸を注入するらしい。

 いや、これは全部ヤオロズの受け売りだけどさ。


「いやあ、たまに外で飲むと美味いねえ。お姉さん、エールおかわりー」


 酒場の女給に注文しながら、空になったジョッキを置いた。

 視線を上げると、一組の男女と目が合った。

 男の方は黒髪黒目。

 女の方は肩まで伸ばした藍色の髪と同色の目。

 二人とも顔見知りだ。


「お前が酒に強いのは知ってるけれど、ピッチ速すぎじゃないか? 大丈夫か、クリス」


「千鳥足になっても知らないですよ?」


「大丈夫だって、これくらい。今日は気疲れしたから、飲みたい気分なんだよ。はー、親子の仲を取り持つって疲れるなあ」


 しみじみ言うと、ライアルとモニカは頬を緩めた。

 やっぱりこの二人を誘ったのは、正解だった。

 家を出たのはいいけれど、正直暇だったのだ。

 家族水入らずの時間を邪魔するのは、気が引ける。

 そうすると飲むしかない。

 夕方まで時間を潰してから、二人に声をかけたという訳だ。


「そりゃまあ、疲れるだろうな。想像しただけで、胃が痛くなりそうだ」


 そう言ってから、ライアルはエールを飲む。

 一時期酒浸りだったと言うだけあって、基本的に強い。

 モニカが相槌をうつ。


「今思うと、エミリア様、ご家族のことをあまり話しませんでした。最初からそんな様子でしたね。でも、そうですか。ご両親に嫌われていると思っていたのですね」


「ああ。でも誤解みたいだけどね。今頃は仲直りしているはずだよ。ま、その煽りで俺は自分の家に帰りづらいわけだが」


「自業自得? いや、ちょっと違うな」


「ライアル様、それはあまりにも可哀想ですよ。せっかくクリス様が頑張ったのに」


「そうだよ、ひでえよ。ほら、お前もそんなちびちびやってないでガツンといけよ」


「ちょっ、からみ酒はよくないと思われ」


「うふふ、いいじゃないですか。ここのお代は、全部クリス様が持ってくださるのですから。あ、すいません。こちらにもエールのおかわりお願いいたします」


「おい、モニカ、ちょっと待て。いつ俺がおごると言った……いや、まあいい。それくらいはおごるさ」


「流石ですね、クリス様っ。よっ、太っ腹!」


「お前、酔うと性格変わるな!?」


「いやあ、楽しいねえ。俺、こんな風に飲むの夢だったんだよなあ。ずっと引け目感じたまま、あの日から引きずってたからさあ。加護を失っても、俺は俺なんだなあ……う、うう」


「ライアル、お前もだ。この前飲み会したばかりだろ!? しかも泣き上戸とか面倒なんだけど!」


 おかしい、おかしい。

 ストレス解消のために飲んでいるのに、逆にストレスが溜まっていく。

 何故だ、何故なんだー!


「ほら、何やってんだよ、クリス。頭抱えてないで、ガツンといけガツンと!」


「どうせ家には帰れないんですし、とことんまで飲んだ方がいいですよ?」


「お前らが原因なんだろ、チクショウ! はー、いいさ、こうなったら限界までいってやらあ」


 勇者の肝臓なめんなよ。

 今日は思い切り羽目はずしてやる。



† † †



「うう、頭が痛い。やっぱり飲みすぎたか?」


 ズキズキと頭が疼く。

 朝陽が目に刺さる。

 二日酔いなんて久しぶりだ。

 体調は最悪、気分は最低。

 後悔先に立たずというが、どうにか誰か教えてくれないものか。


 "それが出来たら、神様なんて用済みなんだよね"


 "ちょっと待って、今話すの無理"


 唐突にヤオロズが話しかけてきたが、何とか断る。

 ただでさえ集中力を使うんだ。

 この頭フラフラの状態では、なおのこと無理だ。


 "ああ、分かった分かった。じゃあ話さなくていいから、聞いてくれ。君の家、こっちじゃなくてあっちだよ"


 無言のまま立ち止まる。

 周囲をよく見ると、見知らぬ街角だ。

 どこかで道を間違えたらしい。

「いやだね、これだから酔っ払いは」と呟く。

 もちろん自戒の念を込めてだけどな。

 仕方ない、引き返すか。


 "もうちょい早く言ってくれよ"


 最後の集中力を振り絞り、ヤオロズに文句を言ってみた。


 "二日酔いの君が悪いんだろ"


 はい、ごもっともです。

 そこで会話を打ち切り、しばし歩く。

 路上の屋台で水を買い、一気に飲み干した。

 そのおかげもあり、どうにか家に辿り着いた。

 足がもつれそうだ、情けない。

 ああ、やっぱり朝陽が目に刺さる。


「ただいまー」


「あ、お帰りなさい、クリス様ー。あれ、なんか酷い顔ですねえ」


「昨日、ライアルとモニカと飲んでたんだよ。というか、そんなことより上手くいったのかい」


 エミリアに聞きながら、俺はソファに倒れ込む。

 あー、ダメだ。

 今日はもう休もう。

 グダグダと考えていると、エミリアが手を伸ばしてきた。

 淡く白い光が、その手を包んでいる。


「全部上手くいきましたよー。クリス様のおかげですー、ありがとうございますー。なのでこれはお礼ですー」


 笑顔と共に光が弾ける。

 ちょっと眩しいけれど、気分が良くなってきた。

「回復呪文か?」と聞くと「はいっ」と即答された。


「普通は解毒に使うんですけどねー。お世話になったから、今日は特別ですー。ありがとうございましたー」


「その顔を見る限り、問題無かったんだな。良かった良かった。これで一件落着か」


 気分が良くなったので、やっとまともに話せる。

「そうですねー、どうにかですけど」というエミリアの声も、ちゃんと聞こえた。

 大した腕だ。

 聖女の回復呪文は伊達じゃない。


「うん、ならいいんだ。仲良くしろよ。親と仲違いしたままなんて、ろくなことないぜ」


「はい、全てクリス様のおかげですっ。あのう、一つ聞いてもいいですかー?」


「何だよ?」


 俺の怪訝な顔も気にせず、エミリアは一歩距離を縮めてきた。

 背は頭一つ俺の方が高いので、自然と見下ろすことになる。

 つまりエミリアは上目遣いだ。


「今度、あの親子丼の作り方教えてくださいー。私、自分で作ってあげたいんですよう。だからお願いしますー」


「ご両親にかい? もちろん教えてやるけど、出来るの?」


「出来るようになるんですよぅ。あ、あとクリス様にも食べさせてあげるのですっ。いつもいつも作ってもらっているのでっ」


「へぇ、それはまた」


 殊勝な心がけだと、最後までは言わなかった。

 自然と笑いがこみ上げる。

 立派じゃないか、うちの聖女様は。

 そう思っていると、エミリアに食いつかれた。


「何ですかー、その笑いはー?」


「いや、何でもない。ただ、そうだな。君は十分いい子だってだけさ。聖女だからってだけじゃなく、エミリア=フォン=ロートという一人の女の子としてもね」


「と、当然なのですよっ。私はロート家の自慢の娘なんですからねっ! どこに出しても恥ずかしくない器量の持ち主なんですー!」


「自分で言うか、それ。ともかく座って。朝ごはんがまだだろ」


「はっ、朝ごはんっ」


 全く、ほんとに全くさ。

 チョロいんだけど、可愛いじゃないか。

 でも良かった。

 聖女が悲しんでいたら、格好つかないからな。

 笑顔は最高の調味料。

 出来ればずっとそのままでいてほしいね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ