74.招かれざる客とは言わないでくれ
ちょうどご飯が炊き上がった時、来客が訪れた。
ほぼ予定通りの時間だ。
エミリアが立ち上がりかけるが、俺はそれを制する。
「いい、俺が出るから」
いきなり顔合わせしたら、どんな反応をするか分からないからな。
玄関に出る。
来客は二人。
どちらも俺の顔見知り。
けれども、けして親しいわけじゃない。
ちょっとぎこちない挨拶を交わし、俺は二人を招き入れた。
「いらっしゃいま」
挨拶を途中で止めて、エミリアが固まった。
その目がじっと来客に注がれる。
二人の来客は、その視線を――我が子の視線を受け止めた。
「いらっしゃいませ、ヘンドリックス=フォン=ロート男爵並びにレネッシア=フォン=ロート男爵夫人。ご足労いただき、本当にありがとうございます」
俺の声に、硬直した空気がほどけた。
最初に反応したのは、ヘンドリックス氏だ。
「お招きいただきまして、ありがとうございます。このような機会、中々無いもので」
「勇者様にご招待いただくなんて、末代までの誉れですわ。本当にありがとうございます。エミリアも元気そうね?」
夫に続き、レネッシア夫人も挨拶してくれた。
その微笑は、エミリアへと向けられている。
向けられた方は、まだ固い表情だ。
「何でここにいらっしゃるのですか。お父様、お母様」
「何でって言われると、そうね。馬車でかしらね。流石にこの年齢になると、歩いて来るのはしんどいのよね」
「そうそう、三時間も歩かないと着かないですからねー。いや、違うでしょー! 言葉遊びしてるんじゃなくてー!」
「分かってるわよ」
フフ、とレネッシア夫人が笑う。
内心どうだか知らないが、大したものだ。
夫人もエミリアとは上手くいっていないらしい。
にもかかわらず、それを全く表に出していない。
そんな母親から、エミリアは視線を父親へと移した。
「お父様に聞いた方が早そうです。今日こちらにいらした理由を、私に教えてください」
一言一句、区切りながら。
聖女は問いただす。
答える側も、また丁寧に返した。
「ああ、その様子だと知らされていなかったのか。こちらの勇者様――クリストフ様が、ぜひいらしてくださいと言ってくれたのだよ。この前のような形ではなく、堂々と客として来てほしいとね」
「数日前に、ロート家を訪れたんだよ。国のお届け物のついでに、誘ってみたわけだ」
説明を補足すると、エミリアは眉を寄せた。
顔をしかめながら、俺の方を見る。
「やっぱり仕掛け人はクリス様ですかー。はー、来客が誰かも教えてくれないですものねー。変だなーとは思っていたんですけどー。まさかうちの両親とは予想外でしたー」
「正直に教えたら、逃げ出しそうな気がしたからな。黙っていたことは謝るよ」
「その割には、ずいぶん楽しそうな顔をしてますよねー。何を企んでいるんですかー?」
「何にも? 強いて言うならさ」
そこでわざと言葉を切った。
その場を見渡す。
こういう雰囲気は、ほんとは苦手だ。
でも、自分から言い出したことだしな。
「美味しいものを食べながらなら、親子の仲違いも解けると思っただけだよ。ほら、座って座って。お二人はそちら、エミリアさんはこっちだ」
指示をしながら、台所へ移動する。
フライパンの中身を確かめる。
先に作ったから、やっぱり冷めてるな。
火魔石に点火して、弱火で温めることにした。
熱が伝わり、半熟卵が温かさを取り戻す。
ほぅ、と花が開くように、美味しそうな匂いが漂った。
物珍しさもあるのだろう。
二人の来客は顔をほころばせる。
「風変わりですが、何だか良い匂いですね。お前、これが何か分かるかい?」
「いいえ、分からないわ。玉ねぎが入っていることくらいしかね」
「あ、分かりますか。そう、玉ねぎと鶏肉ですね。それを味付けして、半熟卵で包んでいます」
ちょっと驚いた。
レネッシア夫人が食べ物の匂いに敏感だとはね。
貴族の夫人だと、食べる時の会話の方に夢中だったりするんだ。
「自分で台所に立つこともあるから、それくらいなら分かりますよ。他の貴族のお家と違って、ロート家は大きくないので」
「お恥ずかしい話ですが、家内が言う通りでして。エミリアが小さい時は、よく一緒に台所でお手伝いしていたものです」
「お父様が遊んでくれなかったから、そうするしかなかったんですー」
あーあ。
せっかく父親が歩み寄ろうしたのに、エミリアはすねている。
だいぶこじらせているなあ。
「ほら、すねる前に座って。というか、これ運ぶの手伝ってくれよ。俺がご飯の上によそうからさ。あ、お二人にはスプーンな」
「はい、分かりましたー。それでですねー、一つお願いがあるんですがー」
「何だよ?」
「このお料理の名前、教えてくださいよー。さっきから気になって気になって、仕方ないんですけどー」
エミリアが詰め寄る。
そろそろネタばらししてやるとするか。
「親子丼って言うんだよ」
「おや、こ、どん?」
「そんな不思議な名前じゃないだろ。鶏は卵を産む。その二つを使うから、親子丼って呼ぶんだ」
俺の説明は伝わっているのだろうか。
「おやこ――ですか、なるほどなのです」と呟きながら、エミリアは丼を運んだ。
全部で四つ。
俺とエミリアの分、それに彼女のご両親の分。
彼女の真正面には、二人が座っている。
ぎこちない動作で親子丼を差し出した。
「あの、クリス様が作られたので、美味しいと思いますよー。どんな料理をされても、美味しいものが出てくるのですー」
「ありがとう、エミリア。ああ、いい匂いだね。ほっこりとした卵の優しい匂いだ」
ヘンドリックス氏が顔をほころばせる。
「ほんとに。この下にある白い穀物は、これは何かしら? 麦じゃないですわよね」
レネッシア夫人が俺の方を向いた。
聞かれると思ったさ。
「それは米と言います。麦とは近い種類の穀物ですけど、調理法が違いますね。さて、俺も席に着くかな」
内心ドキドキだが、俺は仕掛け人だ。
あくまでクールに、平静に。
そっと手を合わせて、食前の言葉を口にする。
「いただきます」
箸を手にした。
エミリアも俺の行動に倣う。
ご両親は食前の短い祈りを捧げ、スプーンを手にした。
いやあ、流石に緊張するね。
親子丼は美味そうなのに、この空気は何だろうな。
それでも、どうにかなる。
きっと、どうにかなる。
そう思いながら、俺は最初の一口を口にした。
他の三人も俺に倣う。
「わぁ、これ……とってもふわっとして美味しいですねえー」
エミリアが真っ先に歓声を上げた。
俺の料理を食べ慣れているからだろう。
美味しいものを食べても、すぐに反応してくれる。
その程度には慣れてきているようだ。
エミリアの対面を見てみる。
そこに座るお二人は、見事に固まっている。
パッと見ただけだと、呆けてしまったようにも見えた。
「あの、何かお口に合わなかったですか」
一応聞いてみると、ヘンドリックス氏は首を横に振った。
ひとしきり激しく振った後、驚愕の表情を俺に向ける。
「こ、これは一体何のお料理なのですかっ、勇者様っ。これは私達のような名ばかり貴族には、あまりにもったいない! 甘く柔らかい卵の中に、香ばしい鶏肉の旨味が滲み……っ、ダメだ、言い表せない」
「あなた、しっかりしてくださいな! 私も気を失いそうなのに、ほら。ええ、これは素晴らしいお料理ですわ。半熟卵のとろみがこの白い、米でしたかしら、に絡みついて、優しさと豊かさのハーモニーが……ああ」
「は、はあ、そうですか」
レネッシア夫人まで崩れ落ちかけている。
この反応を見て、俺は確信したね。
ああ、やっぱり親子なんだなって。




