65.酒の肴とお茶漬けで締めようか
酒を飲んだ時に、何か食べたくなる時がある。
それは酒の肴と呼ばれるものだったり、ご飯ものだったりする。
俺が作ろうとしている二品が、ちょうどそれにあてはまる。
「すぐ出来るからちょっと待ってろ」
食材をまな板の上に出しながら、声をかける。
調理中に、これ以上ちょっかいかけられたくはない。
俺にとっては大事な時間だ。
"ヤオロズが酒の肴には最適と言っていたな"
短時間で作れる上に、塩気が利いているらしい。
大体どんな酒にも合うとは、あいつの感想だ。
その言葉を信じて、手を動かす。
並べた食材は、あさり、白菜キムチの二つ。
その横には料理酒のボトル。
まず、あさりを鍋に放り込む。
貝殻はついたままで、まだ口は閉じている。
白や茶色、黒が殻を彩るあさりが、鍋にカラリと転がった。
砂抜きは事前に終えているから、口当たりも大丈夫だろう。
あれをやってないと、噛むとジャリジャリするからな。
「貝のお料理ですかー?」
「何だ、もう目覚めたのか」
ちょっと驚いた。
食卓から身を起こして、エミリアがこちらを見ているのだ。
寝ていると思っていただけに、意表をつかれた。
「ふふふ、クリス様がお料理作るなら、見なきゃ損ですからねー。酔いもすっかり覚めましたし、準備万端なのですっ」
「あ、そう」
「ちょっ、冷たくないですかー!? こんなに楽しみにしているのにー!」
「あー、分かった、分かった。ちゃんと食べさせてやるから、静かにしてくれ」
こうして話している間にも、さっさと調理を進めていく。
白菜キムチを一口大に切ると、甘辛い匂いが漂った。
「その赤っぽい何かがかかった野菜は?」とライアルが聞いてくる。
「白菜キムチと言うんだ。漬物――と言っても分からないか、ピクルスみたいなものだな。野菜を保存出来るように、特製の調味料に漬け込んだものだよ」
「へえ、それも異世界の食材なんだよな。赤っぽく見えるけど、野菜自体は白いのかな」
「ああ、赤いのは唐辛子をベースにした調味料だよ。ちょっと辛いけど、そのまま食べるわけじゃない。安心してくれ」
俺の説明を聞いて、モニカも興味を持ったらしい。
遠慮気味に「どんなお料理になるのでしょうか」と呟いた。
「それはお楽しみってことで。ほら、そう言ってる間にも出来上がりそうだ」
白菜キムチも鍋に放り込む。
火魔石を点火してから、すぐに料理酒を中に注ぐ。
ジュッと軽い音がして、あさりが鍋の底で跳ねた。
酒の風味が、潮を帯びたあさりの匂いを引き立たせる。
うん、この胃に直接くるような……キュッとくる匂いはいいな。
「調理自体は、ほとんどこれで終わりなんだよ。簡単だろ?」
そう、あとは鍋の蓋をして待つだけだ。
酒の肴だからね。
あんまり凝った手順踏むより、さくさく出来た方がいい。
火加減にだけ気をつけながら、じっと待つ。
数分待っていると、ほらきた。
いくつかのあさりが口を開き始めた。
パカッと開いた口から、黄色みを帯びた貝の身が見える。
程よく酒で蒸されたせいか、さっきより潮の匂いが濃い気がする。
「よし、これで終わり」
火を止め、鍋の中身を二、三回かき混ぜた。
味のムラを防ぐためだ。
これをそれぞれの器に盛る。
こういう料理だと、小鉢のような器がいい。
あさりが割とかさばるから、少し深さがある方が映える。
「うわぁ、美味しそうな匂いですねー。ちょっと辛そうだけれど、食欲をぴりっと刺激してきますー」
「あさりのキムチ和え、いっちょあがりだ。先に食べててくれ。俺はもう一品作る」
「え、でもせっかくですからクリス様もご一緒に」
「それこそ言っている間に出来るんだよ」
そう、締めの料理だからな。
飲み会の締めと言えば、ご飯ものだ。
いや、ヤオロズから聞いた異世界の話だけどね。
"大体ご飯ものが多いなあ。あと、麺類で締める人もいるね"と、いつだったか聞いたことがある。
「この残ったスカールを使うんだ」
話しながら包丁を握る。
まな板の上には、スカールの残骸が乗っていた。
三枚おろしにして、左右の身はカルパッチョにしたからな。
残っている部分は、中骨とその周りの身だけだ。
「え、それ食べる箇所あるのか?」
ライアルが怪訝そうな顔をする。
普段料理をしない人には、確かにそう見えるかもね。
だが、これでも十分使えるんだよ。
「この中骨に残ったこの部分をだな。包丁でこそぎ落とす」
いわゆる魚のアラと呼ばれる部分だ。
えらやヒレ、骨の周りの身をアラと呼び、普通の切り身とは区別する。
箇所が箇所なので、ちゃんとした料理には出来ない。
だけどそれも調理の仕方次第だ。
メインは無理でも、サブ的な料理には十分使える。
「わっ、クリス様上手なのですー。包丁の先で、骨の周りの身を綺麗に落としてるー」
「器用ですね!」
「大剣振り回すだけじゃなくて、包丁さばきまで一流か」
「そんな驚くことないだろ。俺がいつもどれだけ料理しているんだよ」
そう、何だって経験次第だ。
そうこうしている間に、スカールのアラを骨からかき集めた。
まな板の端に寄せて、分量を目分量で測る。
うん、これくらいあれば使えるな。
一つ頷き、湯を沸かす。
そして棚から日本茶の缶を取り出した。
「あれ、お茶淹れるんですかー?」
「ああ、この料理に使うんだよ」
「お料理に?」
エミリアは首を傾げている。
無理もない、今までお茶を使った料理は作っていない。
モニカもライアルも顔を見合わせている。
まあ、見てなって。
湯を沸かし、ティーポットの中の茶葉に注いだ。
あまり濃すぎない程度に淹れておこう。
「まずはご飯をそれぞれの器によそう」
本当はお茶碗という食器を使うのだが、こちらの世界にはない。
代わりに、スープ用の深めの器を使うことにした。
白く柔らかいご飯を、適量取り分けていく。
熱い湯気が立ち上ると、こちらの心まで暖かくなりそうだ。
「その上に、スカールのアラを乗せる。そして、この日本茶を注いでっと」
「わっ、何だか美味しそうですね!」
「魚の身が白っぽくなったな」
モニカは顔をほころばせ、ライアルはじっと観察している。
性格の違いが出ていて、ちょっと面白い。
一番何か言いそうな聖女さまは、どうしたかって?
「うう〜、早く食べたいのですよぅ」
平常運転だった。
お預けするのもかわいそうだな。
「ほら、これで締めだ」と言って、少量のワサビと醤油をかけた。
お茶の綺麗な緑色の中に、さらりと醤油の濃い茶色がにじむ。
その中に白っぽくなったスカールの身が、ほろほろこぼれた。
よし、いい感じだね。
「スカールのアラのお茶漬け出来上がりだ。猫舌の人は冷めてからどうぞ」
めちゃくちゃ簡単だけど、これこそ飲みの締めには最適だろ。