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64.飲み会も盛り上がってまいりました

 俺は勇者ではあっても、聖人君子じゃない。

 だから他人が羽目をはずしても、よほどのことでなければ怒らない。


「みんな〜、飲んでましゅかですぅ〜」


 けどさ、物には限度ってものがあるんだよ。 

 俺の隣では、エミリアがくだをまいている。

 この聖女の酒癖の悪さはいかがなものか。

 一言物申してもいいよね?


「おい、ちょっと」


「飲んでましゅかあ〜、クリス様ぁ〜?」


「いや、だからその」


「飲んでましゅかあ〜!?」


「え、ええまあ」


「よーし、クリス様のちょっといいとこみてみたいー! ほら、ぐっといってぇ〜」


 ダメだ、こいつ……早く何とかしないと。

 グイグイと酒を勧められ、俺も飲まざるを得なかった。

 酒は好きだが、これはちょっとどうなんだよ? 

 あー、確かヤオロズが言ってたなあ。

 アルコールハラスメントって言うんだっけ? 


「エミリア様、飲み過ぎですよっ」


「んにゃ〜、だって私、美味しいもの食べながら飲むの、楽しくって」


 モニカが慌てて止めに入ると、エミリアはにへらと笑った。

 まだあどけなさが残る笑顔が、唐突に視界から消える。

「ふぎっ!」という謎の声が響き、ガツンという音が続いた。

 何のことはない。

 エミリアが食卓に突っ伏しただけだ。

 これほど酔いつぶれながらも、皿はちゃんと避けている。

 さすがは食に生きる女だな、と変なところで感心する。

 いや、それはどうでもいいか。


「おい、何かすごい音したけど大丈夫か? この子、生きてる?」


「大丈夫だ、ほっとけ。怪我しても自業自得だ。しょっちゅう扉に頭ぶつけてる」


 俺の返事に、ライアルは「へぇ」と顔を引きつらせている。

 別に聖女様のファンではないだろうけど、それでもこれはあんまりだよな。

 モニカの方を向いて「エミリアさんに仕えるって大変なんだね」と同情している始末だ。


「え、え、まあ、はい。いえっ、そんなことないですよっ! こ、こう見えてもエミリア様にもたくさんいいところがありますからっ!」


「具体的にどういうところが」


「え、えーと、そう、よく食べるところ!? 食べ物を無駄にしないって、いいことだと思いますっ」


 こう、なんだ。

 必死でフォローしているのは分かるんだけれどさ。

 それ、まったく聖女らしくないよね!?

 俺がそう思いながら見守っていると、ライアルが笑い声を上げた。


「ハ、ハハッ、いやまったくその通りですよね。何でも美味しそうに食べるって、うん、すごいことですよ。そうだなあ、うん」


「ですよね、ですよねっ。良かったあー、エミリア様の数少ない長所を認めてくれる方がいて。あとですね、人付き合いもいいんですよ。美味しいものさえあれば、どんな人とでも仲良く出来ますから!」


「それ、常に腹減らしているってことじゃないのか?」


 おっと、つい横から口を挟んじまった。

 いやあ、あらゆる意味で突っ込みどころ満載だったからな。

 残ったカニクリームコロッケを一口食べつつ、モニカは視線をさ迷わせている。

 どう言おうか考えているらしい。

 彼女の藍色の目が、エミリアの姿を映していた。


「えー、はい。普通の人よりは、お腹減らしているかもですね。でもちゃんと理由があるんですよ。エミリア様、回復呪文を使われるじゃないですか? あの呪文を連発すると、すごく疲れるらしいんです」


「なるほど、それでか」


「ああ、回復や治癒系統の呪文はそういうリスクあるよな。自分自身の体に負荷がかかる」


 俺もライアルも納得する。

 精神の集中と魔力の消耗を、食べ物で補給するわけか。

 ちょっと変わった症状だけど、理解は出来るな。


「それでも食べること自体が好きというのは、間違いないですけれどね。特にクリス様と一緒に住むようになってからは、そんな気がします」


「へー、そうなんだ」


 モニカの言葉にも、俺はいまいちピンと来ない。

 当たり前だけど、以前のエミリアを知らないからだ。

 横目で見れば、まだエミリアは突っ伏している。

 長い栗色の髪が、ふわりと頬にかかっていた。

 そう言えば、俺はこの子の何を知っているというのだろう? 

 年は二十一歳で職業は聖女。

 髪は栗色で、目は緑色。

 実家は下級貴族のロート家。

 よく食べてよく笑う。

 それくらいしか知らない。

 エミリアについての俺の知識は、それで全部だ。


「おい、クリス。ボーッとしているけど、気分でも悪いのか」


「え、いや」


 ライアルに返事をする。

 おかしいな、ちょっと飲み過ぎたか。

 モニカに頼んで冷たい水をもらう。

 一息に飲み干すと、少し落ち着いた気がした。

 よし、これでいい。

 そういえば、ライアルに聞いておきたいことがあったんだ。


「あのさ、ライアル。この前のワイルドボア討伐の時、魔剣を召喚していただろ?」


「当たり前だろ。俺、魔剣遣いだもの」


「そうだよな。それでさ、小剣とあの細い曲刀――日本刀だっけ――を使ってたろ。あれ以外に、もう一つ無かったっけ」


「ん、よく覚えてるな。あるよ。取っておきの第三の魔剣がね」


 微笑と共にライアルは答え、カルパッチョをひと切れフォークで突き刺す。

 もう生魚にも抵抗は無いらしい。

 きちんと食べ終えてから、説明を補足してくれた。


「あれは扱いが難しいから、呼び出さなかったんだよ。よっぽどの強敵以外には使いたくない」


「そう言われて思い出した。というか、お前が魔剣呼び出していたのってさ、俺と出会った直後くらいじゃないか?」


 そこまで言った時、しまったと思った。

 ライアルの戦技スキルの変更に触れれば、どうしてもあの事を意識させてしまう。

 闘神グアリオアッテ、そしてその加護の喪失だ。

 そんな俺の気まずさを察知したのか、ライアルはゆっくりと首を横に振る。


「そのことはもういいよ、クリス。ワイルドボア討伐の時にも言ったと思うけどな」


「そうだな、悪い」


 俺がバツが悪そうにしていると、モニカが酌をしてくれた。

 何て気の利くいい子なんだろう。

 こういう女の子こそ、幸せになってほしいものだ。


「ありがとう、悪いな」


「いえいえ、いつもエミリア様がお世話になっていますから」


「モニカさんて立派だよな。それに引き換え、この聖女さまは」


 比べてはいけないと思いつつ、これはなあ。

「飲んでましゅか〜、ムニャムニャ」という寝言はあんまりだろう。

 それを聞いて、ライアルは肩をすくめている。


「今は寝かせておいてあげよう。しかしさ、クリス。お前、この聖女さまと婚約しているんだなあ。頑張れよ、うん」


「何だよ、その生暖かい視線は……いや、言いたいことは分からなくもないけど」


「ふふ、二度目の結婚式まで時間あるんだろ。お前、もうちょっと独身を楽しんだら? 俺とパーティー組んでいた時も、結構もてていたくせに」


「えっ、その話お聞きしたいですね。過酷な魔王討伐の傍らで、束の間のロマンスを楽しんでいたのですね。ふふ、クリス様は夜の勇者さまでもありましたと」


「何だよ、その夜の勇者さまって!? 俺の過去を改変するなよ、ちくしょう!」


 くそお、モニカまで俺を裏切るとは。

 いい子だと思ったのにさ。

 しかもこのタイミングで、エミリアが寝言まじりで「うひゃあ、夜の勇者さまは〜女の子を料理するのもお上手〜、すぴー」なんて冷やかしてきたんですけど。


「あー、もういい。こんなところにいられるか! 俺は台所にこもる!」


 有言実行、さっさと俺は台所に移動した。

 せっかくの機会だから、もう二品作ってやる。

 その間に熱くなった頭を冷やそう、そうしよう。

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