62.揚げたてのカニクリームコロッケでスタート
鉄鍋の中は油の海だ。
高温で透明な海の中では、カニクリームコロッケが踊っている。
ロッククラブを使っているけれど、作り方はヤオロズから教えてもらった通り。
何の問題もない。
「わあっ、いい匂いですねえ」
「揚げ物には、他には真似できない香ばしさがある。全ての材料が高温の油でまとめられ、味の一体感が増すんだよ」
エミリアに答えながら、菜箸で揚がったコロッケを引き上げる。
我ながら手慣れたものだ。
勇者なんかより、食堂のおやじの方が向いているのかもしれない。
見慣れない料理だからか、ライアルとモニカもこっちを見つめている。
えっ、出来るまで待つつもりなの?
「先に飲んでろよ。すぐに俺もそっち行くからさ」
「いや、鮮やかな手つきだなと思ってね。お前、いつもこんな感じで料理してるの?」
「そうだよ。これしか趣味ないからな」
「へー、すごいなあ」
お世辞ではなく、ライアルは本当に感心しているらしい。
それはいいのだが、少しはモニカに関心を向けてくれよ。
俺とエミリアが面白が……もとい、気配りしたことが無駄になるだろうが。
いつものメイド服じゃなく、せっかくおめかししているんだから。
"ちゃんとした格好したら、結構いけるじゃないか"
ちらりとモニカを見る。
彼女の体を包むのは、白と黒のツートーンのワンピースドレスだ。
髪もごちゃつかない程度に結ってあり、すっきりしている。
うん、ただのメイドにしておくのは惜しい。
「それに引き換え、こちらの聖女は」
「えー、クリス様、何か言いましたー?」
「何でもないよ。ほら、危ないからどいて」
横にいるエミリアを追い払い、揚がったコロッケを皿に盛る。
「うー、扱いが悪いのですー」と言っているが、無視だ無視。
確かにローブを着替えてはいるが、同じデザインだからな。
ぞろっとしていて、お洒落さは欠片もない。
派手な服、一分の隙もない化粧がいいとは言わない。
だが、たまにはそういう格好もするべきだとは思う。
人は見た目で第一印象が大きく変わるからな。
俺が料理の盛り付けにちょっと気を使うのも、大体同じ理由だ。
味は同じでも、外観が綺麗な方が絶対に美味しく感じる。
"って、今思っても仕方ねえな"
エミリアのお洒落については、今度また考えるか。
それより今は飲み会だ。
最後のコロッケを揚げ終えた。
キツネ色のカニクリームコロッケを、白磁の皿に載せてやる。
これでもかと作ったから、三十個はある。
ちょっとした山のようだ。
「出来たぜ、ほら」
歓声が上がると、俺もちょっと気分はいい。
そのコロッケの皿の横に、もう一皿を並べる。
こちらの皿は、コロッケの皿より一回り大きい。
載せられているものは、生のスカールの身とセロリという野菜だ。
それが順番に並べられ、綺麗な円を描いている。
スカールの身はピンク色を帯びた白身であり、セロリの透明感のある黄緑と映えている。
「こっちはスカールを使ったカルパッチョ。この上から、オリーブオイルをかける」
説明しながら、手元の小さな容器を料理の上で傾けた。
緑色がかった液体が、とろりと流れ落ちる。
少し癖のあるねっとりとした香りが、食卓の上を流れた。
「生のお魚とお野菜のお料理なのですか。初めて見ました」
驚くモニカに目配せすると、ハッとした顔になる。
まだ飲み会は始まってもいないのだ。
俺の"さっさと始めたい"という意志を汲んでくれたらしい。
メイドらしく、全員のワイングラスに酒を手際よく注ぐ。
エミリアもライアルも、にこりと笑顔になった。
よーし、じゃいいかな。
「えー、それじゃあ俺から一言な。たまには皆で美味い料理と酒で親睦を深めよう。異議はないよな?」
「ないでーす」
当然のごとく、エミリアが返答する。
こういう時、ノリが良くて助かるよ。
「よーし、じゃグラスを持って。かんぱーい!」
俺の声に応え、互いのグラスが触れ合う。
チリンと震えるような音、そして皆が酒を口にする音が聞こえた。
え、あれ、エミリアがすでにグラスを空にしているんですけど?
そんなペースで大丈夫か?
「うにゃあ、このライアルさんの白ワインは最高なのですにゃあー。うーん、さすがはクリス様のお友達なのですにゃっ!」
「お前、いきなり酔っ払ってるじゃねえか!」
「エミリア様ですし仕方ないのですよ。あ、ほんとにこのお酒美味しいです。すっきりと辛口で喉越しが良くて。でも最後の一口を飲み終えた後、ほんのりと甘さがあって」
「お、モニカさんは中々酒の味が分かるね」
「あ、ごめんなさい、調子に乗って」
ライアルの反応に、モニカは顔をほんのり赤らめている。
これ、なんかいい雰囲気だな。
自分で仕組んだわけだが、こうも簡単にいくのか。
しっかりとフォローしてやらねば。
頭の片隅でそんな事を考えながら、俺も白ワインを口にする。
ああ、確かにさっぱりとして美味い。
ワインにも色々あるけれど、これは上等なやつだ。
キレのいいさっぱりとした葡萄の風味が、俺を心地よくさせる。
このワインなら、コロッケやカルパッチョともよく合うはずだ。
酒と料理には相性というものがあるからな。
「ほら、飲んでばかりいないでちゃんと食べろよ」
隣のエミリアを促してみた。
いや、その必要も無かった。
俺が勧めるまでもなく、既にカニクリームコロッケを口にしている。
ハグハグとコロッケを食べる様子は、真剣そのものだ。
何回かの咀嚼の後、こくりとその喉が動いた。
「このコロッケ、とても美味しいですねー! サクサクパリパリと揚がった衣の歯触りが最高なのですっ。それに衣の中から、熱の通ったタネがとろりと溶け出してきて」
相変わらず食べることには熱心だ。
口を挟む間もなく、さらにまた一口。
ライアルとモニカもコロッケを取ろうとするが、エミリアの食べっぷりに動きを止めている。
「滑らかな牛乳ベースの風味のタネが、とっても優しい味なのです。そして、その中から弾けるロッククラブの身ときたらっ」
「泥臭さは出来るだけ取ったからな。いけるだろ?」
「いけますねー。新鮮なロッククラブの身が、ぷるっぷるとして美味しいー。ぎゅっと詰め込まれた蟹の旨みが癖になりそうなのですよ」
「軽く塩水で洗っているから、それが良かったんだろうね」
エミリアと俺の会話を聞いてから、ライアルもコロッケを一個取る。
モニカも同様だ。
「クリス、お前、どんな魔法を使ったんだ? この香ばしさと滑らかさの組み合わせは反則だぞ。もう一個もらう」
「はあ、いつもながら素晴らしいですよね。ちょっと熱すぎるかなと思わせておいて、でもとろっと優しい風味が舌でとろけて。ロッククラブも、熱が通ってほぐれた身がたまりません」
うん、つかみはバッチリだ。
腹が空いているので、俺もコロッケを箸で取る。
カリリと揚がった衣に歯を入れた。
口の中で衣が弾ける。
その直後、タネに包まれたロッククラブの食感が舌をとろけさせる。
水の幸の恵みといっても、差し支えないだろう。
我ながらいい出来だ。
満足しながら、次の料理へと視線をやる。
「カルパッチョも食べてみなよ。見慣れたスカールも、こうすれば一味違うぜ?」
「はいっ、これも美味しそうですねぇ」
あ、やっぱりエミリアが一番のりか。