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61.ご挨拶したらコロッケを揚げようか

 ちょうど日が沈む頃、ライアルはやってきた。

 頼んでおいた酒のボトルしか、その手には持っていない。

 街中だからいいものの、こちらが心配するほど軽装だ。


「身軽だな。荷物は?」


「信頼できそうだから、全部宿屋に置いてきた。あ、もう侯爵家からは出たんだ。依頼が終わったから、それ以上いる必要もなくなったし」


「そっか。とりあえず適当にその辺に座っといて」

 

「うん、ありがとう」


 コクリと頷くと、ライアルは部屋を見渡す。

 エミリアとモニカの姿を認めると、きちんと一礼した。

 そういえば、ちゃんと顔を合わせるのはこれが初めてか。

 モニカと初めて会った時は、お互い相手の身元も知らなかったし。


「そちらのメイドさんとは二回目ですけど、改めて。ライアル=ハーケンスです。今日はよろしく」


「初めましてー。エミリア=フォン=ロートですー。一応聖女してまーす」


「ちょっと、エミリア様! あっ、すいません。お会いするのは二度目ですが、モニカ=サイフォンです。どうぞこちらへ」


 三者三様の挨拶だが、一番ダメなのは誰なのかは明らかだ。

 エミリア、子供じゃないんだからさ……右手を挙げて自己紹介するのはやめろよ。

 元気があるのは分かったけど。

 俺がもやもやしている間に、モニカがさっさと場を仕切る。


「それではライアル様はこちらへどうぞ。お荷物は、あ、お酒ですね。お預かりします」


「すいません。ところで席の配置はどのように?」


「僭越ながら、私がお隣です。エミリア様がお向かいに」


「ですっ」


 ですって何だよ。

 Deathかよ、死ぬのかよ!

 コロッケを揚げる準備をしながら、俺は胃が痛くなってきた。

 この状況下でも、ライアルは表情を崩さない。

 いい意味でマイペースだ。


「分かりました。でもいいのかな、綺麗どころに囲まれちゃって」


「安心しろ、すぐ慣れる。というか、今日の主賓はお前だ。女の子に囲まれるくらいの役得はあってもいい」


「ふ、ふふ、私、女の子って年齢でもないですけどね……」


「モニカ、しっかりしてくださーい。あと三年で三十歳だからって、そんなに落ち込まなくてもー」


「追撃かけてどうするんだ、お前は」


 手が空いていたら、ぺちんと後頭部をはたいてやりたかった。

 良かったな、俺がコロッケ作ってる途中で。

「賑やかだね」とライアルは笑った。

 そういえば、こいつと酒飲むのも久しぶりだ。

 討伐依頼の時はそんな暇なかったし。

 昔の記憶を引きずり出しながら聞いてみた。


「ライアル、お前飲める方だったよな?」


「人並みよりはね。というか、数年前までただの呑兵衛だった。酒に溺れて廃人寸前だった」


「すごいですねぇ、それ。私もたまに酔い潰れますけど、中々そこまでは」


「エミリア様、初対面の方の前ではしたないですよ」


 慌ててモニカが注意する。

 確かに現役聖女が酔い潰れていますなんて、外聞がいいものじゃない。

 エミリアもそれに気がついたのか「ほんとにたまにですよっ。週にたったの一、二回っ」とわたわたしている。

 ダメだよ、それ余計に。

 ほら、ライアルがきょとんとした顔になっただろ。


「それ、多いんじゃないですか? そうか、エミリアさんはいける口なんだね」


「えっ、えっ、そんな大していけませんよぉ。二日酔いのまま神殿に出勤したりとかもしてないですよぉ。自分で回復呪文かけられますからー。知ってますかー、解毒の呪文ってアルコールにも効くってこと」


「ああ、分かる分かる。どうしようもない時に、俺ももぐりの治療士にやってもらったことありますから」


「お前、どういう生活してきたんだよ」


 薄々勘付いてはいたけど、ライアルの九年間はかなり荒れたていたようだ。

 通常運転のエミリアは、もう放っておくことにした。

 駄目な子ほど可愛いというが、そんな日が来るのだろうか。

 絶対に来ない気がする。


「クリス様、そんな腐った死体を見るような目をなさらないでくださいっ! あなたしかエミリア様を救ってあげられる方はいないんですからっ!」


「分かっているよ、モニカさん。でも誰か俺を救ってくれ」


 何故まだ一口も飲んでいないのに、こんなに胃痛がするのだろうか。

 駄目だ、こんなことでは。

 気を取り直し、俺はコロッケ作りに専念する。

 こうしている間にも結構進んだ。

 食いしん坊の聖女が、文字通り食いついてくる。


「ところでクリス様ー。カニクリームコロッケはまだなのですかぁー」


「見ての通り、まだ準備中だ。ホワイトソースのタネは丸め終わったから、そこに小麦粉、卵、パン粉の順につける。それが終わったら、油で揚げて出来上がり」


 答えながら、調理している現場を指差す。

 バットと呼ばれる四角い金属の皿を三つ、ずらっと並べておいた。

 それぞれ小麦粉、卵、パン粉用だ。

 小麦粉が下地となり、卵はパン粉をくっつける役を果たす。

 パン粉がつけられたタネは、まるで毛を逆立てた小動物のようにも見える。

「これを揚げると、パン粉がサクサクとするんだよ」とエミリアに説明してやった。


「サクサクですかー、期待しちゃいますねー。あのぉ、私もこのパン粉付けるの手伝っていいですかー」


「あー、そうだな。まだ付けていないやつがここにあるから、お願いしてもいいかな。パン粉まで付けたら、ここに置いてくれよ。揚げるのは俺がやる」


 これくらいは手伝ってもらってもいいだろう。

 エミリアも少しは料理が出来てもいい。

 食べるばかりでは、何のスキルアップにもならない。


「へー、珍しい料理作ってるんだね。昔から料理が好きだったけど、ころっけだっけ、聞いたこともないな」


「ええ、クリス様は色々と珍しいお料理をされるんですよ」


 ライアルに答えながら、モニカがちらりとこちらを見る。

 異世界の料理のことを言ってもいいのか、迷っているのだろう。


「構わないよ。討伐依頼の時に、おにぎり出してやったからさ。ライアルも俺が異世界料理作ることは知っている」


「ああ、あれ美味かったな。塩昆布とおかかだっけ。手で持って食べられるから、野外での食事には向いているよね」


「ええっ、いいなあー。私もクリス様のおにぎり食べたかったのですよー」


「エミリア様はいつも召し上がってるではないですか!」


「そうだぞ。間違いなく、エミリアさんが一番恵まれているんだぜ」


 モニカと俺に突っ込まれると、エミリアも納得せざるを得なかったようだ。

「ですねっ、おにぎりぐらいは我慢するのですー」と笑いながら、コロッケのタネに小麦粉を付けている。

 よしよし、その調子だ。

 俺も早く揚げて食べたいからな。

 他の料理もあるし、楽しい飲み会になりそうだ。

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