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60.カニクリームコロッケを作ろう

 俺は楽しいことが好きだ。

 いや、大抵の人間はそうだと思うが、自覚出来る程度には好きだ。

 人生は一度きりだから、出来る限り楽しみたいと思う。

 そして周りの人にもそうなって欲しいと思っている。


 "飲み会するんだったら、恋の花の一つも咲いた方がいいよな"


 お節介かもしれないけれど、割と本気でそう願う。

 一人でも人生は楽しめる。

 これは否定しないけどさ、二人ならもっと楽しめることもある。

 その可能性を試してみるのは、悪いことじゃないだろうよ。


「クリス様って親切ですよねえ」


「そうか?」


 調理の手を止めないまま、エミリアに答える。

 今はカニクリームコロッケを作っている途中だ。

 フライパンの上では、薄くスライスされた玉ねぎがジュッと音をたてている。

 バターで炒めると、玉ねぎ独特の甘い匂いが引き立つな。


「他人の不幸を願う人はたくさんいますけど、その逆は少ないですねえ」


「ああ、それな。何でだろうな」


 答えながら木べらを回すと、玉ねぎが踊った。

 白っぽさが消えていき、透明感が増している。


「人は他人より優位に立つために、他人の不幸を願うからじゃないですかぁ? 因果な生き物ですよねー」


「聖女のくせにさらっと恐ろしいこと言うね」


「聖女だからこそですよぅ。神殿内でも出世争いや寄付金のごまかしとか、色々見てきましたからー」


「へー、それはそれは」


 ちょっと驚いた。

 火魔石を止めつつ、俺はちらりとエミリアを見る。

「ええ、まあ、それなりに」と言ってから、彼女は気まずそうに視線をそらした。

 聖女には聖女なりの苦労があるらしい。

 うーん、空気が重いな。

 ここは年長者として、何か言ってやるべきか。


「そういう時はだな」


「はい」


「美味いもの食べて美味い酒飲めば、八割がた解決するんだよ」


「素晴らしいのですっ。ちなみに後の二割は?」


「どうしようもないから放っておく」


「どうしようもないんですね」


 返答の代わりに、俺は小麦粉を手に取った。

 ヤオロズからもらったものだ。

 キメの細かい小麦粉を、玉ねぎの上に振りかけていく。

 さらっとした白い粉が、玉ねぎを覆い尽くす。


「そう、頑張っても無理な時は無理だね。人間諦めるのも重要だよ。料理については、俺は諦めないけどさ」


「ふふ、クリス様は本当にお料理好きですねえ。ちなみにこれは何ですかー」


「カニクリームコロッケだ。今回は地球の蟹じゃなくて、ロッククラブ使う」


「カニクリームコロッケッ!?」


「えっ、知ってるの?」


 何だ、この反応。

 俺、コロッケは作ったことないはずだけど。


「知りませんよ、知るわけないじゃないですかー。美味しそうな語感なので、つい胃袋が反応したんですー」


「……あ、そう」


 駄目だ、この聖女。

 早く何とかしないと。

 何となく疲れたので、フライパンの上に視線を移す。

 小麦粉に火が通り、粘り気が出つつある。

 粉っぽさは無くなっているようだ。

 そろそろ次の工程かな。


「ここに牛乳を入れて、ホワイトソースを作る。基本的には、ホワイトシチューのルーと同じものだ。これがコロッケのタネになる」


 エミリアは俺の説明を黙って聞いている。

 こういう素直なところは、この娘の数少ない長所だ。

 短所が多すぎるが、それは言わないことにしよう。


 "だまにならないように、練って練って"


 火魔石を再び点火した。

 牛乳をそこに注ぎ入れていく。

 黄色っぽい小麦粉と玉ねぎが、白い牛乳に飲み込まれた。

 木べらでつついて、粘度を確かめる。

 この時点では、ちょっととろとろ過ぎるかなってくらいでいいんだ。


「わあ、いい匂いですねえ」


「華やかじゃないけど、温もりがある匂いだね。これを煮詰めて、味に深みを出していく」


 話しながらも手は止めない。

 左手でフライパンを持ちながら、右手の木べらでホワイトソースをかき混ぜていく。

 だまが出来ないようにするためだ。

 滑らかな食感を保つためには、ボーッとしていては駄目なんだ。


「そして煮詰まったら、火を止めて」


「もう食べていいんですね」


「違うし! 全然まだ出来てないし! 平皿に移して、自然と冷ますんだよ!」


 ヤオロズによると、本当は冷蔵庫という家電製品を使うそうだ。

 だが、そんな便利なものはない。

 自然冷却によって、粗熱をしっかり取る程度が限界だ。


「ふええ、怒らないでくださいよお。せっかく皆で楽しい飲み会なんですしぃ」


「エミリアさんが食い意地張りすぎるからだろ。ところでモニカさんは?」


「一旦お家に戻ってますねー。着替えてくるんですってー」


「へえ。その辺はちゃんとしてるのな。で、君はそのいつものローブ姿なのかね?」


 今日の飲み会は私的なものだけど、それでもだ。

 一応人を招いてのお食事なので、それなりの服装というものがある。

 調理担当の俺は、いつもの格好でも許される。

 けど、食べる担当のエミリアはそうはいかないのでは。


「えー、一応着替えますよお。それくらいのマナー感覚は持ち合わせてますもの」


「そりゃ良かった」


「何着も同じデザインのローブ持ってますからねー。着替えには事欠かないのですー」


「うん、分かった。聞いた俺が悪かった」


 何となくがっかりだ。

 お洒落とか身だしなみとかを、この子に求めてはいけないらしい。

 化粧もしていないし、年頃の娘としてどうなんだろうか。

 ちょっと心配になる――やめた、俺が心配しても仕方ない。

 調理を進めることにしよう。


「ま、いいや。粗熱取っている間に、別のことをしておく」


「あっ、他にもお料理があるんですねっ。そうかあ、こういう風に時間を無駄にせず作るのですねー」


「うん、複数の料理を作る時は段取りが重要だからな。湯沸かす時間があれば、野菜を切ったり出来るし」


 そう、例えばこんな風にね。

 収納空間から、スカールを引きずり出す。

 黒と銀の表皮がてらりと光り、ギョロっとした目が生々しい。

 この大きな川魚をまな板の上に置いてから、包丁をザッと入れる。

 鱗は取られているので、いきなり三枚おろしからだ。

「わっ、速い!」とエミリアが驚いている間に、スカールの身を切り離していく。


「魚は鮮度が命だ。べたべた触っていると、身が痛む。手早く処理しないと駄目なんだよ」


 話している内に、俺はスカールを切り分け終えた。

 背骨に沿った部分と、胴の左右の部分だ。

 主に必要な箇所は後者だが、前者も無駄にはしない。

 骨から身をこそぎ落とせば、十分使える。


「よし、こんなもんだ。次にこの野菜を適当にカットする」


 俺が取り出した野菜を見て、エミリアは首を傾げた。

「これ、葉野菜ですよねえ? 葉野菜とお魚って、あんまり見ない組み合わせでは?」と聞いてくる。


「普通はね。でもこれがよく合う料理があるのさ。後で食べさせてあげるから、テーブルの準備とか頼むよ。酒はライアルが持ってくるから、グラスも出して」


「分かりましたー、楽しみにしてますー」


 ニコニコしながら、エミリアは台所から出ていった。

 その期待に応えられるように、腕を振るうとしますか。

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