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6.あるメイドと休日の朝

 モニカ=サイフォンは地味な女だ。

 肩の少し下まで届く真っ直ぐな髪は藍色で、瞳もほぼ同色だ。

 いつも静かな表情をしていることが、彼女の地味さに拍車をかける。

 仕えているエミリアに「モニカはもっと笑ったら、絶対可愛らしいのですよ!」と言われたことがある。

 多分単なる励ましだろう。

 自分が可愛いわけがない。


「ありがとうございます。慰めと分かっていても嬉しいものです。私はこれが地の顔ですから、お気になさらないでくださいませ」


 そう答えたら、エミリアは何故か憤慨した。

 理由が分からず、モニカは首をかしげた。

 はて、自分は何かおかしなことを言ったであろうか。



 "結局、あの時の話はウヤムヤになったままでしたね"


 早足で歩きながら、モニカは記憶の蓋を閉じる。

 着ている服は、いつもの黒いメイド服だ。

 足首まであるスカートの裾を翻し、モニカはピンと背筋を伸ばす。

 平均的な女性より、頭一つ背が高い。

 スタイルは悪くないと自分でも思うが、間違いなく可愛い方ではないだろう。

 二十七歳になる独身女性にとって、それは過ぎた誉め言葉だ。


 カツン、とローヒールの最後の一歩を鳴らし、モニカは立ち止まった。

 彼女の目の前にあるのは、一軒の家だ。

 普通の木造二階建てのその家に、モニカは既に何度か入ったことがある。

 合鍵を託されているのだ。


 "しかし今日は週末です。勝手に入るのは気が引けます"


 扉の向こうには、確かに人の気配がある。

 留守という訳ではないだろう。

「クリス様、エミリア様。モニカです」と声をかけながら、軽く扉をノックしてみた。

 返事はない。

 まだ寝ているのかもしれない。

 その場合、後で来た方が良いのだろうか? 

 数秒思考して、その選択肢を否定した。


 "お昼前ですし、起きていただきましょう。それにお二人共、急病で倒れているという万が一の場合もございます"


 モニカは合理的な女である。

 方針を定めると行動は速かった。

 ポケットから取り出した合い鍵を、ためらいなくドアの鍵穴に差し込む。

 くるりと回せば、呆気なく錠は開いた。

「失礼いたします」と一声かけて、さっと屋内に踏み込んだ。


 キィ、と床板が鳴った。

 人の気配はあるが、誰も出てこない。

 寝ているのか、病気なのか。

 その疑問はあっさりと解けた。


「……なるほど。週末を前にして、家で飲んでいてそのまま寝落ちしたと」


 床に転がった酒瓶から、それは間違いないだろう。

 視線を部屋の奥へとやれば、ソファに転がっている一人の男を見つけた。

 さらさらとした銀髪が特徴的だが、突っ伏しているため顔は見えない。

 時折身じろぎしているが、まだちゃんと起きてはいないようだ。


 このまま寝かせてはよくない。

 せめて一度起きてもらい、着替えくらいはしてもらおう。

 このままでは洗濯や掃除も出来ない。

 意を決して声をかけた。


「クリス様、起きてくださいまし。モニカ=サイフォンでございます」


「んあ?」


 頼りない返事と共に、勇者――クリストフ=ウィルフォードが薄っすらと目を開けた。

 深い青の双眼が瞬き、モニカを捉える。


「おはようございます、クリス様。私がお分かりになりますか?」


「うん、分かるけど何でここにいるの?」


「いつも通り参っただけでございます。お二人の気配はしてもお返事がないので、勝手に入らせていただきました」


「おー、そういうことか。悪い、ちょっと寝坊しちゃったみたいだな」


 ちょっとだろうか。

 日の出から四時間は経過している。

 いくら休みの日とはいっても、ものには限度というものがある。

 クリストフがこの調子なら、エミリアもまだベッドの中だろう。

 それを思うと、モニカは軽い頭痛を覚えた。


「とにかく起きて、今着ている服をさっさと脱いでくださいまし。洗濯いたしますから!」


「えっ、昼間から脱げだなんて積極的だな……俺、ちょっとそういうのは」


「何をおっしゃっているのですか!?」


「冗談だよ、怒るなよ」


 がしがしと髪をかきながら、クリストフは大きく伸びをした。

 手のかかる人である。

 この人が世界を救った勇者かと思うと、ちょっと、いや、かなり幻滅だ。

 しかし今は他にもやることがある。


「エミリア様も! いい加減起きないと怒りますよ!」


 そしてモニカの矛先は、二階の聖女へと向かった。



† † †



 いやあ、ちょっと寝すぎちまったな。

 いくら週末とはいっても、いい大人が昼前まで寝ちまっちゃダメだよな。

 反省しよう、うん。


「お二人ともいい大人なのですから、もう少しきちんとしていただかないと。皆に顔向けが出来ないのではないですか?」


 手早く部屋のあれやこれやを片付けながら、モニカが苦言を呈してきた。

 これが嫌味なら反発しようもあるが、悲しそうに言うだけに反論も出来ない。

 うん、全面的に俺たちが悪いな。

 反省しよう。


「「すいませんでした反省してますごめんなさいもうしません反省したからもういいですかモニカさん」」


 着替えを済ませたエミリアと俺は、声を揃えて反省した。

 完璧だろ、これ。

 あれ、でもモニカの様子がおかしいぞ。


「誠意が全然感じられないんですけどおっ!?」


「え、何で怒るの」


「ダメですよぉ、モニカー。可愛い顔が台無しなのですー」


 おかしいなあ、俺としてはこれ以上ないほどの反省をしたつもりなんだけど。

 何でモニカは目を吊り上げてるんだろう。

 エミリアも首を傾げているから、本気で理解出来ていないようだ。

 他人の気持ちを推し量るってのは難しいので、これ以上考えても仕方がない。

 もっと建設的なことを考えることにする。

 そう、例えば料理のこととかな。


「まあいいや、この件はこれで終わり。俺たちはきちんと起きて反省した。モニカさんはこれ以上怒って可愛い顔を台無しにする必要はない。だから飯にしよう。オッケー?」


「さすがクリス様なのですぅ。わーい、ご飯なのですー」


「は、え、ええ、分かりました。もうそれでいいです」


 よし、モニカの怒りも解けた。

 エミリアはいつも通り単純だ。

 この聖女がちょろいのは、この一週間でよく分かっている。

 ちゃんとご飯さえ与えればご機嫌だ。

 こう言うと、犬か猫のようで流石にあれだが事実だしな。

 あと、いつまでも勇者様と呼ばれるのもあれなので、名前で呼んでもらうことにした。

 その方が気兼ねがなくて済む。


 "さて、そうすると何作るかが問題だな"


 台所に向かう。

 もう昼前か。

 朝昼兼用だと、ちょっとボリュームがあって尚且つこざっぱりした料理がいいだろう。

 よし、それならあれでいこう。


「今から作るからちょっと待ってろ。そうだ、モニカさんも食べるだろ?」


「え、いえ、その私はお二人とご一緒出来るような立場では」


「えー、モニカも一緒に食べていけばいいじゃない。クリス様の手料理、すごく美味しいんだからー」


 ナイスフォローだ、エミリア。


「二人分作るのも三人分作るのも同じだからさ。試してみなよ、味の方は保証するから」


「……分かりました。ご馳走になります」


 観念したように、モニカも食卓についた。

 よしよし、いい子だ。

 メイドってのは、時には力仕事もするからな。

 休日にさえ、こうしてうちの掃除や洗濯をしてくれてるんだ。

 飯くらいお安いもんだよ。


「じゃ、取り掛かるとするか」


「ところで何を作るんですかー」


「出来るまで待てよ、と言いたいところだが教えてやるよ。バゲットってパンを使ったサンドイッチを二種類。こんな晴れた休日にはピッタリの軽食だ」


 エミリアに答えながら、俺は食料を貯蔵している棚を漁る。

 異世界の食材を幾つか使わなきゃ、これは作れない。

 バゲット、生ハム、アボカド、レモンが必要だ。

 玉ねぎ、チーズ、岩塩は、こちらの世界のもので十分だろう。

 まずは食材をより分けた。

 組み合わせとしては、生ハム、玉ねぎ、岩塩で一つ。

 アボカド、チーズ、レモンでもう一つだ。


 "どっちから作っても似たようなもんだな"


 所詮サンドイッチだし、あんまり作業効率は考えなくていいか。

 ん、けどまあ、玉ねぎのスライスからやるとしよう。

 生のままじゃちょっと辛いから、炒めて甘みを引き出してやる。

 アボカドはどうしようか?


 "皮剥いて、薄くスライスか。あるいはすり潰してペーストか"


 少し迷ったけど、ペーストにすることにした。

 二人ともアボカドは初めてだろうし、食べやすい方がいいだろう。

 愛用の白いエプロンをして、包丁を手に取る。

 眠気が消えて、代わりにやる気が沸いてくる。

 いいねえ、この瞬間は。

 食材と向かい合う楽しさって、特別なもんがあるよな。

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