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59.魚介類を調達します

 身分が高い人間は、普通は自ら買い物などしない。

 自分で言うのも何だが、俺も勇者なので身分は相当高い方に当たる。

 こうして買い物かごを持っているだけでもおかしいのだ。

 当初は市場の一般客から「なんで勇者さまがいるの?」と奇異な目を向けられたもんだ。


「あ、勇者さまだー。こんにちはー」


「ご機嫌いかがっすかー。今日はシーキャベツが入荷したっすよ」


「いつもごひいきにしてもらってます! サービスしておきますよ!」


 今はこうして、普通に声をかけてくれるけどな。

 いやあ、市井の人々に人気があるってのは気分がいいね。


「聖女さまとご一緒じゃないんですかー。お二人がご一緒にいるところ、見たいのです!」


「そこはほら、どのみちご結婚されるのだから。わかるだろ、お前も?」


「あ、そっかー! 一人でぷらぷら出来るのも、今の内だけってことですねー! ゆっくりしていってくださいー!」


「お、おう……」


 どこぞのカップルに声をかけられ、俺はたじろいだ。

 エミリアと同居するようになってから、こういうことが増えた。

 自業自得とはいえ、顔が引きつりそうになる。

 どうしよう、ほんと。


 "いや、待て待て。今はそうじゃなくて、目の前の買い物だろ"


 意識的に動揺をねじ伏せ、俺は立ち止まった。

 いつの間にか、よく通う魚屋に着いていたんだ。

 すぐに店主が気がつき、こちらにすっ飛んでくる。


「らっしゃい、勇者さま! 今日はどんな魚をお求めで?」


「ちょっと考え中だ。いつもながら威勢がいいね」


「ははっ、こちとらそれだけが取り柄みたいなもんですから。あと二十年は魚屋やっていたいんでね!」


 店主はニカッといい笑顔を見せた。

 髪は薄くなっているが、体格は俺よりもいい。

 この分なら二十年は余裕だろう。


「長生きしてくれよ。大将の魚の目利きを頼りにしているんだからな」


「勇者さまに頼りにされるたあ、光栄だ」


 会話を交わしながら、俺は店頭を眺める。

 藁の上に、色々な魚や貝が並べられている。

 どちらかといえば川魚が多い。

 この王都は内陸に位置するので、海の魚は中々入ってこないからだ。

「どれにしようかな」と呟きながら、ザッと見渡してみた。

 青や銀、時には黒といった寒色系の鱗をさらし、魚達がごろりと横たわっている。

 その中に異彩を放つものを見つけた。


「あれ、ロッククラブか?」


 俺が指差したのは、ぱっと見れば岩そのものだ。

 ゴツリとした灰色の岩は、拳大より一回り大きい。

 けれどよく見れば違うと分かる。

 ここは魚屋だ。

 つまり、これも立派な魚介類ってこと。

 よく見れば岩には関節があるし、一対の大きなハサミもついている。


「ええ、今朝入荷したばかりのロッククラブです。もしよければ、甲羅は外してお渡ししますよ!」


「ロッククラブね、うん。じゃあ二匹くれ。あと、そこのスカールを一尾。そう、それ、そこの大きいやつ」


 ピンときたので、他にも頼むことにした。

 スカールは、川魚には珍しく脂が乗っている。

 頭がやたら大きいため、見た目はちょっと変だ。

 けれども調理の方法次第では、相当に美味い。


「こちらですね。鱗はどうされますか?」


「全部取ってくれ。あ、三枚おろしは自分でやるからいいよ」


「承知いたしやした。いやー、勇者さまは本当に料理が好きなんですな! ところでどう調理されるおつもりですか?」


 買った二つを紙に包みながら、店主が聞いてきた。

 俺が珍しい料理の仕方をするので、興味があるらしい。

 隠すことでもないので教えてやる。


「ロッククラブはクリームコロッケにして、スカールはカルパッチョかな。クリームコロッケというのはだな。まず、小麦粉と牛乳で作ったタネに具をまとめる。それに衣をつけて、高温の油で揚げる料理なんだよ」


 実際はもっと色々必要だが、全部説明すると長い。

 一気に省略して、カルパッチョの説明に移る。

 こっちはもっと簡単だ。


「生の魚を薄くスライスして、同じように薄切りにした野菜と合わせる。そこにタレかソースをかけたのが、カルパッチョだ」


「その、クリームコロッケとカルパッチョという料理を一言で表現すると」


 期待に満ちた目で聞かれたので、ちょっともったいぶらせてもらった。


「うーん、そうだな。クリームコロッケがさくふわで、カルパッチョがまったりしゃきっかな」


「さくふわとまったりしゃきっ、ですとっ」


「悪いが、想像だけで胃を満足させてくれ」


「出来るわけないじゃありませんか……」


 あっ、店主がその場に崩れ落ちてしまった。

 そんなにがっかりするなよ。

 全員に食べさせてやるわけにはいかないんだしさー。

 しかし、このまま帰るのも薄情だな。

 声だけでもかけておくか。


「諦めろよ、大将。今日は旧友を呼んでの飲み会なんだ。また今度、何か余ったら持ってきてやるからさ」


「うう、すみやせん、勇者さま。ありがとうございます。ところで旧友ってえと、どなたなんですかい?」


「元勇者のライアル=ハーケンスって覚えてるか? そいつとうちの聖女とメイドで、楽しい飲み会」


「ほおー、実に華やかでいいですな。こちらは魚とかあちゃんの顔しか見てないんで」


 ハッハと魚屋の大将は笑っていたが、すぐにその笑い声は止まった。

 何者かが背後から大将の耳を引っ張ったのだ。

 ひょいと大将の肩越しに、勝ち気そうな若い女の顔が覗く。


「何言ってんだい、あんた! こんな出来た妻の顔を毎日見られて、何が不満なんだい! 文句あんなら別れるよ!」


「いでっ、いででででっ、ごめんごめんよかあちゃん! ただの物の弾みでっ!」


 ああ、口は災いの元ってのは本当だな。

 涙目で謝る大将を見ながら「じゃ、俺はこれで」と立ち去ることにした。

 夫婦喧嘩は犬も食わないってのは、過去の経験で知ってるしさ。


「毎度ありがとうございましたー、勇者さまー! ほら、あんたも見送るんだよ!」


「いでっ、あ、ありがとうございやした!」


「声が小さいんだよ! やり直しっ!」


「ありがとうございやしたあああ!!」


「よーし、よく出来たっ。それでこそ、あたしが惚れた男だっ」


 おお。

 何だかんだ言いながら、出来た奥さんじゃないか。

 蹴りを入れていたのは、ちょっと怖かったけどな。

 末永く仲良くやりなよ、お二人さん。



✝ ✝ ✝



 帰宅してすぐ、俺はたらいに水を張った。

 そこにロッククラブとスカールを放り込む。

 調理直前までこうしておこう。

 新鮮さを保つには、これが一番だ。

 それから庭に出てみると、エミリアとモニカがいた。

 ちょうど洗濯が終わったところらしい。

 俺の濡れたシャツをはためかせながら、モニカが丁寧に物干しざおにかけている。


「今帰った。ありがとう、どうしても手がそっちまで回らなくてな」


「いいえ、とんでもありません。本来、こういう洗濯こそメイドの仕事ですから」


 ハキハキとした返事と共に、モニカは笑った。

 ちょっと地味だが、いい子だと思うんだよな。

 誰かいい人見つけてやった方が……あ。


「おーい、エミリアさーん」


「何ですかぁ、クリス様ー」


 ぼーっと見ているだけの聖女を呼び寄せた。

 何も考えてないんだろうな、こいつ。

 果たして俺の考えに賛成してくれるだろうか。

 なるべく小声で話しかけてみる。


「モニカって今、交際相手いないよな?」


「いないですねぇ。いたら、私絶対気がついてますからねぇ」


 えっ、絶対見逃しそうなんですが。

 いや、それは言ってはいけない。

 余計な考えを振り払う。


「あのさ、モニカにさりげなくライアルを紹介したいんだが。どう思う?」


「いいと思いますよー。モニカ、引っ込み思案なところあるのでー。周囲が盛り上げていかないとですっ」


「あの、何をそこでコソコソと?」


「何でもない、何でもない。今日の飲み会のメニューについて話していただけだ」


 あぶねえ、急にモニカが振り返るから焦ったぜ。

 こういうのはさ、秘密裏に企むから面白いんだよ。

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