表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/145

54.丘陵地の皆さんへの差し入れ

「おー、何だか人の住むところっぽくなってきたなあ」


 左右を見渡す。

 再び訪れたペレニア丘陵地は、迅速な工事による開拓が進んでいた。

 思わず「こりゃたまげた」と呟いた。

 せっかくだからとリーリア夫人に誘われ、引っ越しの見学に来てみたんだ。

 ついでに陣中見舞いもするつもりでね。

 ライアルも来ればよかったんだが「面倒くさい」と断られてしまった。

 そこまでする義理は無いってところなのかな。


 澄んだ空気を吸い込む。

 ヒラヒラと数匹の蝶が舞っていて、のどかな風景と名付けたくなった。

 二十日ぶりとは思えないほど、かなり様変わりしているなあ。

 荒れた地面は丁寧にならされているし、近くの川から用水路も引かれていた。

 仮組み段階とはいえ、木製の小屋も建てられつつある。

 仕事が速いね、まったく。


「小規模とはいえ、集落になりますからね。ゆくゆくは正式に村として認定されるようにしたいと思います」


 俺の隣から、軽やかな声がした。

 横目で見ると、やはりリーリア夫人だった。

 野外だからか、男っぼい服装をしている。

 実は結構活動的なのかもしれない。

 その背後には、グランが従っている。


「大したもんですね。全部、貴女(あなた)が?」


「私だけではないですよ。物資については、主人が色々と手配してくれました。それに、グランさんが現場の指揮を取ってくれましたからね」


「そっか。やっぱ元ベテラン冒険者だけあって、こういう時は頼りになるね」


「いえ、私はこれくらいしか出来ないので」


 グランは謙遜するが、俺はそうは思わない。

 慣れない土地への引っ越しだ。

 いくら希望したとはいっても、下流区民の中にはビビる者もいただろう。

 グランは彼らをまとめ、野外での作業に従事させているのだ。

 不測の事態に備えることもあるだろうし、決断力と注意深さが必要となる。

 冒険者のキャリアは、こういう時に有効に働く。


「謙遜しすぎだと思うけれどね、ほんと。あそこ見てみなよ。聖女様なんて足引っ張ってるだけだぞ?」


 俺が指差した方を見て、リーリア夫人とグランは顔を見合わせた。

 二人とも何とも言えない表情をしている。


「いえ、その、まあ、あの聖女と名高いエミリア=フォン=ロート様がいらっしゃるだけで……いらっしゃるだけで……そう、皆士気が高まりますから!」


 どう見てもリーリア夫人は無理をしている――うん、間違いない。


「エミリア様は、はい。ああやってわざと失敗することで、自分を下げて周囲を立てているんですよ。きっと」


 目を逸しながら言っても説得力無いぜ、グラン。

 それにある意味、全くフォローになってないんですが。


「うきゃー! ごめんなさいごめんなさい、桶ひっくり返しちゃいましたああー!」


「ああ、もう! 聖女様はいいから休んでいてください!」


「これで何度目かねえ。ほら、ここに座ってくださいな。今、お水持ってきますから」


「うう、すみません。私、普段はこんなにそそっかしくないんですけど……って、おっとお!?」


 うわー、あの馬鹿やりやがった。

 ローブの裾を踏んで転んで、そのまま用水路に突っ込みやがった。

 派手な水音が上がる。

「だ、大丈夫ですかー!」という誰かの声がそれに続く。

 ずいぶん賑やかだな、おい。


「ちょっと引っ張り上げてくるわ」


 そう言い残して、俺は用水路の方へ歩き出した。

 一応こう見えても婚約者だからな、俺。

 偽装婚約中ということは、この際置いておくことにする。



✝ ✝ ✝



「ぶえっくしいっ!」


 賭けてもいい。

 もし何も知らない子供がこの光景を見たら、聖女に幻滅するということに。

 何せ派手なくしゃみをかまし、おまけに鼻水をすすっているんだぜ。


「間抜け過ぎるぞ、おい」


 呆れながら、俺はエミリアに乾いた布を渡してやる。

「すいませんー」と力なく答えながら、彼女はそれを受け取った。

 栗色の長い髪をゴシゴシこすっている姿は、まるで濡れ鼠のようだ。

 威厳や気品はかけらもない。


「何でそんな歩きにくい服着ているんだよ。野外活動だって分かってるのに」


「ふふん、それはですねえ。このダボッとしたローブこそが聖女の制服だからですぅー」


「もう少し機能性を重視するべきだと思うね」


 規則や伝統が大事だというのは分かる。

 それとは別に、用途に合わせて柔軟にというのも必要ではなかろうか。

 もっとも、ここでエミリアと話しても仕方ないか。

 諦めて、丘陵地へと視線を向けた。

 うん、これなら人が住めそうな感じだ。


「猪共の死体も片付けられたし、無事に引っ越し出来そうだな」


「そうですねえ。近くの村の人が色々手伝ってくれたらしいですねえ」


「ああ、全部リーリア夫人が調整してくれてね。引っ越しが無事完了した後は、そこの村と連絡を取り合うことになるって話だ」


 エミリアに答えながら、俺は内心ではリーリア夫人の賢さに舌を巻いていた。

 下流区民の引っ越しだけではなく、その後の自立まできちんと考えているのだ。

 この分なら、王国の地方行政庁にもきちんと話をつけているのだろう。

 貴族のお嬢さんと侮っていては、痛い目を見そうだな。


「はぁ、凄いですねぇー。そうかあー、引っ越しだけぽーんとしても、その後が続かないですもんねぇー」


「ああ、ただ畑耕していればいいってわけにはいかないからな。他の村との交流や付近の盗賊への警戒などは、どうしても協力し合う必要があるからさ」


「なるほどぉ、勉強になるのですー」


 エミリアはウンウンと頷いているが、ほんとに分かっているのだろうか。

 しかし、俺が心配すべきことは彼女のことじゃない。

 ここにいる人達の旺盛な食欲を満たすことだ。

「ぼちぼち調理に取りかかるから、そこで見てろよ」と声をかけると、途端にパッと笑顔になった。


「待っていましたっ、クリス様ー! よっ、この天下のお料理勇者ー!」


「おだてても何も出ねーぞ」


「バツイチの渋さがたまらないと、街中で噂の勇者さまですからねっ」


「いっぺんしばいたろか、こらああああ!」


 こいつ、絶対俺をおちょくって楽しんでるだろ。 

 ああ、やっぱり連れてくるべきじゃなかったんだ。

 転移呪文で移動出来るし、回復呪文で引っ越し者の支援も出来るから連れてきたけどさ。

 俺のメンタルがガシガシと削られていく……!


「おやまあ、勇者さまと聖女さまは仲がええねえ」


「ほら、人も羨むロイヤルカップルってやつだから」


「高貴な身分同士の年の差カップル……尊い……しゅき……」


「お前ら、こっち見てないで土地耕したりしろよ!? いらんことばっか言ってると、炊き出ししてやらねーぞ!」


 周りの奴らがニヤニヤとしているので、ここは一発喝を入れた。

 勇者たる者、威厳が必要だ。

 たまにはビビらせないと駄目だろ、うん。


「「怒ってる勇者さま、かーわいいですー!」」


「何でそうなるんだよ!」


 もうやだ、誰かほんと助けて。

 死にそう。


「大丈夫ですよう。不慮の事故で亡くなっても、蘇生呪文がありますからねー。聖女の私をなめないでくださいー」


「勝手に殺さないでくれ、頼む」


 しかも大体お前のせいだぞ、エミリア。

 まったくやれやれだ。

 だが、このままでは終わらせない。

 こいつらを一撃で黙らせる切り札が、俺にはある。


「いいのか、お前ら。俺が機嫌損ねたら、飯にありつけないんだが」


 この一言には絶大な威力があった。


「うわあああすいません、勇者さまあああー!」


「ほ、ほんの出来心ですって、えへへ……すいませんほんとすいません!」


「そ、そんな酷いことしないでくださいー! 朝から働きづめで、食事くらいしか楽しみがああー!」


「ふははは、よかろう、愚民ども! この勇者クリストフ=ウィルフォードが、自ら手料理をふるまってやるぞ! 光栄に思え!」


 いやあ、俺もたまにはこれくらい言ってもいいよね。

 身体張ってワイルドボア倒して、彼らが酷い環境から抜け出せるようにしたんだもんね。

 だからリーリア夫人とグランが引いていても、俺は気にしない。

 俺だって人間だ。

 言われっぱなしが気に障る時もあるさ。


「謝りますぅ、謝りますぅ。なのでご飯抜きだけはやめてくださいー。お願いですからぁ」


 エミリアも途端に弱気になった。

 そう、人は美味いものの前には無力なんだよ。

 仕方ないなー、そうまで言うなら作ってやりますか。


「では発表します。今日のメニューは、ワイルドボアを使った豚汁だ」


 ここでしか食べられないスペシャルメニューだ。

 異世界の野外料理の定番、とくと味わえ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ