表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/145

51.報告を終えたら、いよいよ調理だ

 執行庁に登庁すると、皆から声をかけられた。

 表向きはただの地方出張ということにしていたので、皆何も知らない。

 普通に「お帰りなさい、勇者さま」とねぎらってくれる。

 知らないということも時には重要なんだよな。


「ただいまー」


 ほら、ただ笑って返事しておけばいいんだし。

 全部話すと面倒だ。

 俺とリーリア夫人のつながりを、出来れば知られたくはない。

 特定の人にあまり肩入れしたくないのさ。

 とはいえ、事情を全部知っている人もいるけれどね。


「お帰りなさい、そしてお疲れ様でした。首尾はどうでしたか……と聞くまでもありませんな」


「ただいま戻りました。楽勝だよ、楽勝」


「それは何より。お怪我も無さそうですね」


 俺の上司ことゼリック=フォン=ボルタニカは微笑を漏らす。

 今日は珍しく片眼鏡をかけており、右目はクリスタルのレンズの向こう側だ。

「お洒落ですね、それ」と俺が言うと、満更でもなさそうな表情になった。


「たまの気分転換ですよ。それに年を取ると目が疲れるんでね」


「そりゃ難儀なことで。お大事に」


 形式上は上司だが、実質は友人関係に近い。

 とはいえ報告すべきことはあるので、本題に入る。


「エバーグリーン侯爵夫人の依頼は完了。ワイルドボアの群れは壊滅状態。ペレニア丘陵地に誰が引っ越そうとも、問題なしだ。侯爵夫人にはその旨連絡済み、以上です」


「ふむ、流石です。ライアル様は?」


「ちょっと疲れたみたいだが、外傷は無かったね。技の冴えは相変わらずだ」


 俺が簡潔に答えると、ゼリックさんは頷いた。

 その顔はどこか和やかだ。


「良かったですね。九年ぶりに共闘できて、わだかまりも解けましたか」


「――ああ、そんなところだな」


 この人に嘘や隠し事は出来ないな。

 密かに心配していてくれたみたいだし。

 前髪をかき上げながら、俺は補足する。


「怪我の功名じゃないけど、今回の件があって良かったと思っているよ。ライアルと話せなかったら、気まずいままだったかもしれないし」


 本心からそう思った。

 それが伝わったのだろう、ゼリックさんが穏やかに答える。


「何よりです。後悔したままというのは、あまり良いものではないですからね。そうですか、ライアル様もお元気ですか」


「うん。またパーティー組むような機会は無いと思うし、その方がいいけどさ。ちょっと懐かしかったね。ところで副宰相、頼みたいことが」


「分かっております。軍への牽制でしょう? せっかくクリス様が奪還した丘陵地だ、横槍など入れさせませんよ」


「察しが良くて助かる。そっち方面は頼んだ」


 つまりだ。

 今回、ペレニア丘陵地から魔物を駆逐したんだけれど。

 その件が故意に誤報道される恐れがあるってことだ。

 俺――クリストフ=ウィルフォードへの依頼主は王国軍だというようにね。

 エバーグリーン侯爵の名声につながらないように、そのくらいの情報操作はしてくるだろう。

 そんな俺の懸念を察したのだろう。

 ゼリックさんがため息をつく。


「噂でも流せば、少しは効果はありますからね。政治とはイヤなものです」


「その中を生き抜いてきたのが、ゼリックさんだろ。いいんだぜ、俺の活躍を執行庁の功績にしても」


「いや、そんなことはしませんよ」


 肩をすくめてはいるが、どうだか。

 とはいうものの、俺としてはもう出来ることはない。

 あとは個人的な興味を満たすとしよう。


「帰ってきて早速なんですが、今日早退させてもらっていいですか? ちょっと用事があってですね」


「ん? 別にいいですが、どんな用事ですか」


「新鮮な猪肉が手に入ったので、あれやこれやと」


 人の悪い笑いを浮かべてやると、ゼリックさんは「ふふ、仕方ない」と同じような顔になった。

 確かニホンでやっている時代劇だと「そちも悪よのう」と言う場面だ。

 椅子から立ち上がりながら、俺は窓の方を向く。

 ダメ押ししておこう。


「作ったらおすそ分けするので、それで何とか」


「承認しましょう。家内も喜びます」


「よろしく」


 円滑な人間関係ってのは、料理で築き上げられる。

 今日もそれを実感しながら、俺は大きく伸びをした。

 窓から射し込む光は優しく、そして暖かい。



✝ ✝ ✝



 帰宅して驚いた。

 何故かって、すでにエミリアが帰っていたからだ。

 期待に目をキラキラさせながら、俺へ詰め寄ってくる。


「お帰りなさいお帰りなさい、クリス様ー! 今日は一体何を作っていただけるのですかあああ!」


「落ち着け、手洗ったら作るから」


「それじゃ答えになっていないのですよぅー。あまりにもクリス様のお料理が楽しみで、仕事が手につかなくってですねぇ! 定時前に帰ってきちゃいました!」


 職務放棄かよ。

 聖女が食欲に負けて早退とか、一般人に知られたくないねえ。

 とはいえ、俺も実は悪い気はしない。

 自分の料理を心待ちにしてくれるのは、やはり素直に嬉しいからさ。


「分かったよ、仕方ないな」


「とか言って、ほんとは照れているんじゃないですか。うふふ、クリス様ってばー」


「調子乗ってると作ってやらねーぞ?」


 ちょっとイラッときたんでね。

「はうっ!? す、すいませんっ!」と、エミリアはビビって引き下がっていった。

 躾のいい犬を見ているようだ……チョロいんだがちょっと悲しい。

 いや、この際それは置いておこう。


「ちょっと時間かかるから待ってろ」


 それだけ言い残し、俺は台所に立った。

 袖をまくり、エプロンを着ける。

 使い慣れた包丁を確かめ、まな板を準備する。

 よし、やりますか。

 まずは食材を取り出そう。


「よいしょっと」


「う、うわあっ!? なななんですか、その大きな肉の塊はー!」


 肉を収納空間から取り出した途端、エミリアは悲鳴を上げた。

 最低限のカットだけしているので、まだ骨もついたままだ。

 びっくりするのも無理はないか。


「びびるなよ、ワイルドボアに決まってるだろうが。これが目当てで依頼受けたようなもんだ」


「い、いえ、それはそうですけどぉ。いきなりこんな大きなお肉が出てきたんで」


「確かに見た目は生々しいな。でも、これが普通なんだぜ? いつも肉屋で買っている肉ってのは、ほんとに綺麗に処理された段階だ。こっちの状態の方が、より自然なんだよ」


 会話しつつ、俺はワイルドボアの肉から骨を外す。

 ちょっとしたコツはあるものの、基本は力づくだ。

 角煮に使うのはバラ肉なので、あばら骨が肉にくっついている。

 それを外し、毛が付いたままの皮にも包丁を入れていく。

 肉に野性味が残るのはいい。

 だが猪の毛が口に入れば、食感が悪いし下手したら刺さる。

 だから丁寧に処理しておく必要があった。


「ほんとは現地でここまでやっておきたかったんだが、そんな暇もなかったしな。ラフに食べられる部位だけ切り取る、それが限界だった」


「はー、なるほどなのですー。あっ、脂身の部分が見えてきましたねー」


 エミリアの言う通り、白い脂身が皮の下から顔を覗かせる。

 脂身はうっすらと黄色がかっていた。

 うん、火を入れれば適度に溶けてくるだろう。

 角煮に限らず、脂のコクが無いと料理に奥深さが出ない。


 "ちょっと多いけど、十人前くらい作ってみるか"


 大きな豚バラを一口大に切り分けながら、分量を決める。

 最初は五人前くらいでいいと思っていたが、ちょっとずつ作るのも面倒だ。

 調理用に確保したワイルドボアは、五頭分ある。

 けちけちせずに使ってやろう。


「じゃ、まずはこの豚肉に軽く火を通して」


 加熱したフライパンに、切った豚肉を全部乗せた。

 ジュ、ジュと音を立てながら、肉が香ばしい匂いを上げる。

 さーて、まずは表面に焼き色がつくまでだな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ