48.多勢に無勢なんて言わないさ
時にばらばらに、時に背中合わせになりながら俺とライアルは戦闘を続けていく。
比較的に開けた場所であり、その点は俺達に有利に働いていた。
なんせ相手は猪だ。
人間より背が低いので、低木や窪地があると視界から外れる危険性がある。
そういう意味でも、グランに誘いだしてもらって正解だったってわけだ。
「しっかし、次から次へとよくきやがる!」
寄せては引き、引いては寄せ、ワイルドボア共は波状攻撃を繰り出してくる。
低重心の突進は、意外に防御しづらいものだ。
そうそう簡単には崩されないとはいえ、足腰を踏ん張る必要がある。
ほら、今もまた三頭まとめてきやがった。
「押し倒されるなよ、泥だらけになるからな」
「そいつは洗濯が大変だよなあ!」
ライアルに軽口を叩きながら、大剣でワイルドボアを食い止める。
振り切った後だったので、斬撃を繰り出す暇は無かったんだ。
真正面からの芸の無い突撃――だが、この重量で三頭分となると油断は出来ないな。
靴の踵がジリッと地面に押し込まれ、一瞬焦った。
"ちっ、だったらちょっと本気出してやるか"
ゴフゴフというワイルドボア共の唸り声が聞こえる。
耳障りだと思いつつ、上半身と腕に力を込めた。
下半身の乱れを、上半身で無理やり跳ね返してやる。
「残念でした、おとといきやがれ」と吐き捨てながら、目の前の獣の体重を押し戻した。
知性が無いはずの眼に、恐怖が浮かんだように見えた。
「悪いなあ。お前らが相手にしているのはさ」
更に一歩、二歩と踏み出した。
ブゴゴッと何かに怯んだような叫びは無視した。
「人類最強の勇者様だ。そこらの人間と一緒にするなよ!」
はね飛ばし、ワイルドボア共を宙に舞わせた。
グシャリと無様に落下した直後、地面すれすれの水平斬りで三頭まとめて撫で切った。
正確には、切ったというよりぶった切ったに近い。
弾け飛んだ猪の死体を見れば、受けたダメージのでかさは一目瞭然だろう。
「一丁あがり」
「よく自分で人類最強とか言えるな。恥ずかしくないのか、クリス」
「様式美だ、細かいこと言うなよ。それより、そっちは大丈夫なんだろうな?」
「当然だろう。腐っても、俺もランク10だぞ」
「だよな」
それでもちょっとだけ心配なので、ちらちらとライアルを確認する。
さっきまで右手の村正だけだったのに、今は違う。
左手の近くに、銀色に輝く複数の小剣が舞っている。
なるほど、変形の二刀流か。
「流石にこう数が多いと、一刀じゃ足りなくてね。行かせてもらうぞ」
ライアルの左手が動く。
それに応え、小剣があいつの周囲を旋回し始めた。
周囲のワイルドボアは警戒していたようだが、それも長くは続かない。
左右に二頭ずつ別れて、ライアルへと飛びかかってくる。
それを回避もせず、ライアルは涼しい顔で迎え撃つ。
「護剣結界」
その指示が、六本の小剣を動かした。
白銀驟雨のように一直線に飛ばすわけじゃない。
この技は防御用だ。
まるで回遊魚のように、小剣の群れがたゆたう。
ざっとそれが一列に並び、そしてワイルドボアの足元へと滑り込んだ。
土埃、そしてまたもや上がる獣の叫び。
小剣は銀の軌跡を地から空へと編み上げ、そこに血飛沫の赤が舞う。
「自動迎撃式なんだ、悪いな」
いや、お前全然悪いと思っていないだろ。
突進の速度が鈍ったのをいいことに、ワイルドボアへ躊躇いなく村正で切りつけているんですけど。
「相変わらず技巧派だな」と呟きながら、俺は自分の持ち分に集中する。
まったく神経使うよな。
獣ならではのスタミナで、縦横無尽に暴れてくるんだからさ。
一撃で倒し損ねた奴も、またすぐに向かってくる。
「めんどくせえな。とはいえ、こっちから仕掛けた喧嘩だ」
大剣を構え直す。
黒土の地面を革長靴で踏みしめる。
いいだろう、とことんまでつき合ってやる。
その覚悟と共に、また一頭をぶっ倒した。
剣術もひったくれもない、ただの真正面からの一撃だ。
これで押しつぶすようにして、叩き切ってやった。
べしゃっと変な音を立てながら、そのワイルドボアが崩れ落ちていく。
「推して参らせてもらうぜ。覚悟しやがれ!」
この群れと戦い初めて、既に一時間は経過しているだろうか。
持久戦の覚悟はある、問題ない。
もう半分は片付けたから、残りは四十頭くらいか。
先に全滅させた群れと合わせれば、概算で六十頭は倒したことになる。
ここからが本番という思いが、俺の闘争心に火を点けた。
待つのももどかしくなり、自分から突っかける。
"軍の思惑なんか知るか"
ちらりと思い出した事を、俺は振り切る。
貴族間の勢力争いなんか、知ったことじゃない。
そんな面倒くさいこと、願い下げだ。
"下流社会の住人達の苦労も、俺にはよく分からねえ"
それに近い生活は味わったけど、今は違う。
だからその人達の苦労は分からない。
自力で這い上がれよと突き放すことも出来るし、ちょっとだけそう思ったのも事実だ。
可哀想だなと思いつつも、俺も全部の人間を救うことは出来ない。
勇者とはいっても、俺の体は一つしかない。
万能ってわけにはいかない。
"だから、俺がここにいるのは"
右か。
ぎりぎりまで鍛え上げられた視神経が、黒い大きな獣を捉えた。
死角から飛び込もうって腹積もりか。
偶然かもしれないが、いい仕掛けじゃないか。
だが相手が悪かったな。
右斜め下からの逆袈裟で迎撃する。
圧倒的な攻撃力に粉砕され、そのワイルドボアが砕け散った。
その死体を更に蹴散らして、俺は怯んだ別の一頭を叩きのめす。
剣圧のせいか、それがべしゃりと潰れた。
確認する必要すらない。即死だ。
"ただ、あいつと共に戦う為なんだろうな"
俺からつかず離れず、ライアルもワイルドボアの群れを追い散らしている。
息を切らしてはいるが、まだまだ動けそうだ。
ほら、今も白銀驟雨で何頭かを足止めしながら、村正を振るっている。
一撃必殺の刃が通り、ワイルドボアがバッサリと切り倒された。
「腕は錆びちゃいないようだな」
背中越しに声をかけた。
「当たり前だ。誰に向かって言っているんだよ?」
「決まってるだろ。俺の唯一無二の戦友にだよ」
数瞬だけ返事が遅れた。
まず断末魔の叫びが上がり、それからライアルが口を開いた。
敵は待ってはくれないらしい。
いいんだ、俺も一頭片付けたところだったし。
「はっ、昔の話だろ。離脱した元勇者には、そんなもの――」
「いるだろ、ライアル。お前は嫌かもしれないけどさ」
会話の合間に大剣を振るい、寄ってくるワイルドボアを叩きのめした。
あと何匹いやがるんだよ、まったく。
だが、こいつらのおかげでライアルと話す機会があるとも言えるよな。
「――俺はずっとお前の戦友だったつもりだよ」
「……そうか」
呟くような返答に、俺は無言のままだった。
言葉はもう十分だ。
だから、あとはこの剣で見せてやろう。
ライアルの後を継ぎ、魔王を倒したこの大剣の一振りで!
「吹っ飛べえええ!」
大地ごと真っ二つに叩き割る。
これまでで最大の剣圧が、複数のワイルドボアを引き裂いた。
群れが乱れた。
よし、今ならこのまま圧倒出来る――何?
「ちっ!」
上体を振り、鋭い一撃を回避した。
猪の牙や噛み付きによる攻撃じゃない。
ある一頭の陰から忍ばせた、長尺武器による攻撃だ。
"人間、いや、そうか"
反射的に大剣を引き、第二撃を弾き飛ばす。
それに合わせて、周囲のワイルドボアがその場から下がった。
黒い獣の群れの中から、何かが前に進み出てくる。
二足歩行だ。
その毛むくじゃらの太い腕には、ごつい斧槍が握られている。
俺より頭二つはでかい。
「おい、クリス。こいつが親玉か?」
「多分な。猪獣人だろうよ」
返答の間も視線は逸らさなかった。
なるほど、少しは出来るようだ。
顔は猪そっくりで、二本の牙が突き出している。
だが、斧槍の構えも足さばきも中々のものだ。
俺が動かないでいると、相手の方から口を開いた。
ゴロゴロと唸るような声が響く。
「よくも儂の群れをここまで殺ってくれたものダナ、人間。無事では帰さぬゾ……!」
「ふん、わりと喋れるじゃねえか」
俺が怯むと思っているのか、このクソ猪共のボスは。
大剣を軽く振るい、血糊をざっくりと風に飛ばしてやった。
ライアルはというと「任せておくよ」とあっさり俺に場を譲っている。
ちゃっかりしてるよな。
「おう、任された。周りのワイルドボアだけ、手出ししないように頼むぜ?」
「了解。やっちまえよ、クリス」
「フン、言われなくてもさ」
タン、と軽くステップを踏む。
猪獣人もじり、と間合いを詰めてきた。
俺と奴の視線が交錯する。
「これで決着つけてやるよ」