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47.九年ぶりの共闘ってのも悪くないね

 ワイルドボアが飛びかかってきた。

 数は二体、正面からだ。

 口からよだれを垂らし、ふごふごと鼻を鳴らしている。

 かわすまでもないと判断して、大剣を自分の前に斜めにかざした。

 幅広の刃を返しているため、ちょっとした盾のようになっている。


「お、結構重いなあ」


 二頭の体重を大剣で受け止めながら、俺は笑った。

 まともにくらったら、かすり傷程度は負うかな。

 そんな感想を抱きながら、力ずくで振り払う。

 わめくなよな、猪ども。

 たかが非力な人間に力比べで負けて悔しいのか? 

 それとも自分達の領域に侵入されたから、それが許せないのか?


 "ま、どっちでもいいか"


 踏み込む。

 一頭を右斜めからの打ち落としでぶった斬り、返す一撃でもう一頭を破壊した。

 これで全滅だ。

 周囲には血臭が漂い、もはや隠しようがない。

 残りのワイルドボアがここへやってくるのも、時間の問題だろう。


「うわ、これはまた派手にやらかしたな」


「俺の戦い方じゃ、こそこそ静かにってのは無理だからな。あー、久しぶりに暴れたら疲れた」


「良く言うよ。お前なら、こんなもん慣らし運転代わりだろうに」


 ライアルが肩をすくめる。

「あれ、見破られていたか」と答えはしたが、ちょっとだけ後ろめたい。

 何故なら俺のこの耐久力は、努力で鍛えあげた能力とは言い切れないからだ。

 言うまでもないが、俺の冒険者ランクも最高位のランク10だ。

 経験を積んだ分だけ身体能力は高いとは、自負しているさ。

 だが、それが更に強化されて上乗せされている。

 それも通常では無い方法でだ。


「ヘスケリオンの加護か。まだ聖狼はお前を見放してはいないんだな」


「どうにかね。別に何もしていないんだけど」


「良かったな、ほんと」


 ライアルの声に、ひっそりと何かが滲む。

 俺はその何かの正体を知らない。

 いや、わざと知らないふりをしていた。

 

 加護とは魔神や神獣による特別な恩恵だ。

 それがあるかないかによって、個人の能力はまるで変わってくる。

 常人とは異なる天才の領域、それが加護を受けた人間が見る世界だ。

 その恩恵を失った男に、俺はどんな言葉をかけてやれるというのか。

 もう十年近くも前のことだが、ライアルはきっとあの日の衝撃を抱えているのに。


「そんな顔するなよ、クリス。闘神の加護を失ったのは、俺の暴走が原因だ。自分以外に責める相手もいないし、自分以外を責める気もない。お前が引け目を覚えることはないよ」


「そう言ってくれるのはありがたいけどさ。こっちもちょっとは考えるんだよ。ほんとはお前が勇者だったのに、いいのかなとか」


 気まずい。

 棚ぼた式に勇者の座についたと言われたら、返す言葉が無いからなあ。

 別に俺が勇者に相応しくないとは言わないけど、経緯が経緯だからなあ。

 自分の中にもやもやが生まれた。

 それを打ち消すために、持っていた大剣を地面に突き刺してみた。

 いや、こんなことしても何にもなりはしないんだけどね。


「いや、勇者はお前だよ。クリストフ=ウィルフォードだけが唯一の勇者だ。ほんとに俺が相応しければ、あんな馬鹿げた真似はしなかっただろう。状況判断力も含めて、俺は勇者に値しなかったのさ」


 だからライアルがそう言ってくれて、救われた気がした。

 昔から引きずっていたものが、ほんのちょっと軽くなる。


「そうなのかな」


「そうだって。考えてみろ、勇者になっても安穏としていたわけじゃないだろ。俺の代わりにパーティーを引っ張って、何とか魔王を倒したんだろうが? 誰もが認める功績だ、お前には勇者を名乗る資格がある」


「まあ、そう言われてみればね」


 一応誉められているんだろうな。

 立ち話も何なので、手近な岩に腰を下ろす。

 少し離れて、ライアルも同じように岩に腰かけた。

 地面に視線をやりながら、黒髪の元勇者は再び口を開く。


「俺に引け目を感じる必要なんかない。もしそんなもん感じているなら、さっさと忘れて捨てちまえ。いいか、勇者の功績ってのはな、世界を救って皆に笑顔を取り戻したことなんだぞ。その張本人が笑顔でなくちゃ、おかしいだろう」


 そんなもんだろうか。

 いや、そうなのかもしれない。

 自分の両の手のひらを見る。

 戦いを重ねたこの手を、俺は誇りに思っていいらしい。

 なるほど。

 俺がこだわっていたことなど、些細なことなのかもしれないな。


「分かった。悪いな、ライアル。まさかお前に気を使われるなんてさ」


「何年前のことをうじうじしてるんだ、お前は。そんなことに悩む暇があるなら、別れた奥さんと子供のことでも考えた方がまだましだろう。もっと自分を大切にしろよ」


「それさあ、フォローしてやろうという気持ちはありがたいんだけど……刺さるなあ」


「離婚してバツイチなんて、今どき珍しくないだろう。俺なんか未婚なんだぞ」


「そりゃそうだが」


 答えながら顔を上げた。

 ライアルと目があった。

 どちらからともなく、小さな笑いが漏れた。


「もったいないな、お前は。その顔なら、寄ってくる女の子なんか山ほどいるだろうによ」


 立ち上がる。

 右手で大剣の柄を握りながら、俺は左手で丘陵地を指差した。

 その方向を目で追いながら、ライアルも立ち上がる。


「俺も色々あったんだよ。自暴自棄になって飲んだくれて、駄目になっていた頃もあったし」


「へえ、今はそうは見えないけどな」


「ある人のおかげで立ち直ったんだ。勇者でなくても、俺には出来ることがある。そのことに気がついたから、俺は今ここにいる」


「そうか」


 ライアルの力強い返答を受け止めながら、大きく息を吸った。

 ライアルも息を整える。

 見える。

 敵だ――さっきより余程多い。


 八十頭もいるかどうかは数えられない。

 いや、ワイルドボアの大群だということが分かれば十分か。

 結構な速度でこちらにやってくるが、無理もない。

 匂い袋の仕掛けに釣られてきたら、まさかの仲間の血臭まで漂っているのだ。

 興奮と怒りで、突進の勢いも増すだろうよ。


「さすがにあの数だと、遠距離攻撃だけじゃどうにもならないだろうね」


 ふぅ、とため息をついてから、ライアルは何やら唱え始めた。

 短い詠唱が終わると共に「召喚(アポート)、第二の魔剣! 妖刀村正!」と叫ぶ。

 知らぬ間に、その右手は細身の片刃剣を握っている。

 ゆるく曲がりながらもその切っ先は鋭く、波打つような波紋が美しい。

 紺糸が巻かれた柄が特徴的だ。


「それ、刀って言うんだろ? 魔剣遣いってのは色々持ってるんだな」


 別に羨ましくなんかないさ。

 俺にはこのゴツくて頼りになる愛剣があるからな。

 両手に軽く力をこめ、上段に振りかざした。


「よく知ってるな」


 ライアルが小さく笑う。

 その間にも、ワイルドボア共は距離を縮めてきた。

 間合いは残り三十歩、そこで大雑把に二手に別れた。

 ふん、獣なりに頭を使うか。


「異世界の神様が教えてくれたのさ。と、それは後にして……行くぜ!」


 飛び出す。

 右へ。

 敵の数が多い時に無闇に退いても、囲まれるだけだ。

 その代わり出鼻をくじいてやる。

 数歩間合いを詰めたところで、一気に剣を振り下ろす。

 剣圧が迸り、大地を真っ二つに引き裂いた。

 土煙が盛大に舞い上がり、何頭かの猪がそれに巻き込まれて吹っ飛ばされる。


「じゃあ、俺はこっちをもらうとするさ。見せてやるよ、刀の奥義ってやつを!」


 ライアルの声。

 それと共に繰り出されるのは、村正なる刀が描く白銀の弧。

 刀身は届かなくても、闘気が編み出した不可視の刃が斬撃となった。

 一閃、残るは血飛沫。

 そして真っ二つになったワイルドボアの死体のみ。


「はっ、やるねえ! 流石はランク10!」


 これなら心配の必要もない。

 自分の戦いに集中出来る。

 ゴアッともブフォッともつかぬ叫びが上がり、ワイルドボアが殺到してきた。

 包囲される寸前か、だがな。


 "それでも(のろ)いんだよ"


 横に跳んだ。

 加護のおかげで、劇的に身体能力は底上げされているんだ。

 俺の敏捷性は人の領域を超えている。

 慌てて猪共はその向きを変えようとするが、俺の一撃の方が先だった。

 力任せの横薙ぎで、ニ頭のワイルドボアを屠る。

 攻撃の直後を狙って一頭が迫るが、これを左の回し蹴りで吹っ飛ばしてやった。

 そう簡単に倒れると思うなよ、腐ってもこっちは勇者なんだからな。


「おいおい、間合いに入られてるじゃないか! 猪ごときにだらしない!」


「うっせえ、これは余裕ってもんだ! お前こそ気をつけろよな!」


 旧友(ライアル)に叫び返しながら、俺は再び大剣を振るった。

https://ncode.syosetu.com/n1986dq/

ライアルの過去はURLから『勇者様は戦力外 ~ごめん、そしてありがとう~』で描かれております。

もしご興味があれば、ご一読を!

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