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41.答えはもう決まっているんだ

 確信があったわけじゃない。

 覚えのある気配とはいえ、ライアルと最後に話したのは九年も前の話だ。

 半信半疑のまま、かまをかけてみたというのが本音ってところ。

 だが、どうやら賭けは俺の勝ちらしい。

「簡単に見破られてしまうものだね」という声と共に、扉が開く。


「久しぶりだな、ライアル」


 古い戦友を前にして、さしもの俺も緊張はするらしい。

 落ち着けよ、と自分に言い聞かせながら、ライアル=ハーケンスを観察してみる。

 黒い髪も、同色の目も変わっていない。

 左目が長い前髪で隠れているのも、昔のままだ。

 着用している簡素な白いシャツの袖は短く、そのため右腕の痣が見えた。

 黒い十字架――ライアルに課された加護剥奪の烙印だ。


「気になるか、これ」


 ライアルがフッと微笑を漏らす。

 その反応で気がついた。

 馬鹿か、俺は。

 嫌な部分を、惨めな過去をまじまじと見てしまうとは。


「済まん。不注意だった」


「いいよ、隠していない俺も悪いから。それよりさ」


 黒い右目が動き、リーリア夫人を捉えた。

「あっさり見つかってしまいましたね」とのたまいながら、彼女はソファの左側に身を寄せた。

 スペースが空く。


「どうぞ、ライアルさん。お座りになってください。さてと、こうなってしまっては勇者様に説明が必要ですよね」


「当然だろ。音信不通だったこいつと、どこでどう知り合う機会があったんだ」


 意図せず口調がきつくなる。

 それに悪びれる様子も無く、リーリア夫人はニコリと笑った。


「ほんとに偶然なんです。グランさんは元冒険者で経験も豊富なので、冒険者ギルドに顔が利くんですね。冒険者の中でしか伝わらない情報や噂も、全部彼が拾ってくれます。その中の一つに、ライアルさんに関するものがありました」


 チラ、と彼女が視線を向けると、ライアルが「心得た」とその言葉を継いだ。


「昔話は長くなるから端折(はしょ)るよ。南のコーラント王国をぐるりと回って、一週間前にこちらに戻ってきたんだ。冒険者ギルドに挨拶だけして、今後どうしようか考えながらプラプラしていたところを」


 スッ、とその黒い右目が動いた。

 視線のリレーを受けて、グラン=ハースが口を開く。


「ギルド職員からの情報を受けて、私の方から声をかけさせてもらいました。ワイルドボアの件に備えて、腕の立つ方が必要でしたから。話を聞かせていただくと、ライアル様は特に何も予定はないとのこと」


「生き急いでないからね。高等遊民ってやつかな」


 あいの手を入れるように、ライアルが肩をすくめた。

 その表情には気負いや自嘲といったものはない。

「死ぬまでのほほんと暮らせる程度には、財産あるもんな」と思わず言ってしまった。

 別に自分が宮仕えしてるから、ライアルをひがんだわけじゃないぞ。


「うん、王国からもらった報酬があるし。過去のクエストで貯めた財産と合わせたら、一生ぶらぶらしていても大丈夫」


「そう言っている割には、隠居する気も無さそうだけどね」


 嫌味ではない。

 ほんとにだらだらするなら、体も心も緩む。

 だがライアルを見る限り、そうした傾向は無い。

 細かい技量までは測れない。

 だが、一線に立つだけの気迫が――まだこの優男には宿っている。


「話を続けさせてもらいますね」とリーリア夫人が割り込んできたので、俺は彼女に向き直った。

 昔話は今は不要だ。


「グランさんにライアル様を連れてきていただき、私の方から先程の話をしました。断られるかなと覚悟はしていたんです。でも、条件付きで了承していただけまして」


「俺と組むのであれば、受けてもいいってことですか」


「はい。ライアル様曰く、勇者様は男気があるからちゃんと頼めば聞いてくれるよと。勇者様へ依頼しようと決めた理由の一つは、間違いなくライアル様の言葉です」


「一つということは、もう一つある?」


「はい」


 俺の目を真っ直ぐに見据えながら、リーリア=エバーグリーンは姿勢を正した。

 気後れしている様子は微塵もない。

 大したものだと感心しながら「どうぞ」と促してみる。


「先日の炊き出しの際、グランさんが勇者様の振る舞いを報告してくれました。貧民窟の人々にも、分け隔てなく接していたと。お仕事とはいえ、立派だと思いました。もし差別していたなら、絶対にそれは所作の端々ににじみ出ますから。けれども、勇者様にはそうした様子は微塵も無かった」


「え……ああ、そう」


 決まりが悪い。

 カレーを作るのに夢中で、周りの人のことまで目に入ってませんでした――なんて言える雰囲気では無くなった。

 そんな俺の気持ちなど気づかないまま、リーリア夫人は熱心に語りかけてくる。


「私、思ったのです。この話を受けていただけるのは、勇者様しかいないと! あの勇名高きクリストフ=ウィルフォードならば、今も心に大志を抱いており、恵まれぬ人々の為に剣を振るってくれるはずだと! ライアル様がここにいらっしゃるのも、それもまた追い風だと思いました! 心よりお願いします、勇者様っ!」


「リーリア」


 ちょっと驚いた。

 リーリアの熱弁を冷ますかのように、グランがそれを遮ったからだ。

 呼び捨てって凄いな、おい。

 ただの使用人じゃなかったのか。


「すいません、つい熱くなってしまいました。ええと、そういうことなのです。依頼ということになりますから、恐れながら報酬もきちんと考えてはいます。是非ご検討していただけないでしょうか?」


 落ち着いたらしく、リーリア夫人はぺこりと頭を下げた。

 その隣では、かつての戦友が沈黙を保っている。

 受けてもいいかと思う気持ちが半分、面倒だなという気持ちが半分だ。

 自分の中の揺れる気持ちをもて遊ぶように、俺は大きく息を吐く。


「ライアル。もし俺がこの話を受けないと言ったら、お前どうする?」


「そうなることは予想はしてないけれど、一人でもやるよ。どうにかなると思ってるしね」


 間髪入れない返答だった。

 その目に暗く黒い炎が宿っている。

「本気か? いくらワイルドボアとはいえ、百体だぞ」と俺が聞いても、その炎は全く揺らがない。


「別にいいよ、勝てると思ってるしさ。それに勝てる勝てないという話じゃないんだ」


「どういうことだ?」


「俺が他に出来ることなんて無い。加護を失った俺は、ただのランク10の魔剣遣いだ。立ち塞がる敵を切り倒すしか能がない。だから、どちらにせよ俺はこの依頼を受けるね。剣を持たない俺には、生きている資格がない」


「……そうか」


 ライアルの言葉を噛みしめる。

 苦く重く、それが腹の内に沈む。

 ただ独り、加護も勇者の立場も失ってから、こいつがどんな道を歩んできたのか。

 どんな覚悟でここにいるのか。

 俺には想像さえ出来ない。


 "なら、今の俺に出来ることは"


 自問――ふん、答えは最初から決まってるさ。

 じっと待っていたリーリア夫人の方を向く。


「この依頼、受けるよ。俺とライアルの二人がいるなら、どんだけ魔物がいようと問題ないさ。安心してくれ」


「あ、ありがとうございます! あの、無茶な依頼なのに引き受けていただいてっ、本当にありがとうございますっ!」


 パッと顔を輝かせながら、リーリア夫人が何度も何度もおじぎする。

 それに倣ったかのように、グランも立ったまま深々と一礼した。

 いいさ、やってやるよ。

 でも、言っておかなきゃいけないことがある。


「それでだ、一応タダ働きはしない主義なんでね。報酬のことについて話したいんだけど」


「あ、そうですよね。もちろんそれなりの金額をご用意させていただいて――」


「それは別にいい。全部ライアルにあげてくれ」


「おい、ちょっと」


 ライアルがパッと顔を上げる。

 それを手で押しとどめながら、俺は話を続けた。


「その代わり、倒したワイルドボアについては俺が権利を所有する。それでいいかな?」


「え? ええ、それは別に構いませんけれども。そんなことでいいんですか?」


「ええ、構わないです。上質の猪肉が手に入るなら、それで十分なので」


「はあ……」


 リーリア夫人、世の中には金より大事なものがあるのさ。

 調理しがいのある食材がごろごろしてるなら、俺にはその方が嬉しいからね。

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